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第一章:魔王軍誕生

光を追い求めて(8)

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  ダグラスの機転で会議は解散となった。
 既得権益派の第一研究室は早々に退室していた。政治の臭いを嗅ぎ取った彼らは、この場に残っていてもこれ以上の情報を得られないと察したのだ。
 研究派の者達は興奮冷めやらぬ様子で議論を交わしながら退室していった。食堂に繋がる方向とは正反対の廊下を曲がっていくのが見えたので、恐らく向かう先は研究室でこのまま休憩もそこそこに議論を続けるのだろう。
 やがて会議室にはロゼの目配せを送った相手だけが残った。

「さて、防諜に適した部屋はありますか」
「第九研究室であれば会議中に侵入か盗み聞きをされない限り、助手の魔法で漏洩は防げます」
「情報漏洩も自分の失敗と認識すれば片付けの対象になるって本当に便利な魔法やな」

 アルフレッドとレナーテの会話に、リーサは得意気な顔になったような気がした。

「それでは移動しましょうか」

 リーサが先頭を歩き第九研究室の扉を開いた。
 後続を招き入れようと背中で扉を支えようとして、リーサの傾いた身体がそのまま床に倒れ込んだ。肩が勢い良くぶつかって扉前の本棚が大きく揺れる。ぎゅうぎゅうに詰まっていた本が雪崩を起こして、床に突っ伏したリーサを呑み込んだ。

「ぐべっ!」

 本の山からくぐもった悲鳴が聞こえた。
 背中から扉までの目測を誤ったのか、足元を滑らせたのか、原因は分からないが本日二度目の光景が繰り広げられていた。
 会議室での活躍が帳消しになるわけではないが、こんな姿を何度も見せられるとなんとも言えない気分になる。

「…………リーサくん、大丈夫かね」

 ダグラスが腰を落として重なった本をどかしていくと、墓場から這い出すアンデットのように本の隙間から手が突き出した。
 ロゼは両手で掴んでリーサの体を引っ張り上げた。

「王女殿下、お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「いいえ、どこも怪我がないようであれば何よりです」

 リーサは助け起こされると、ここまでが一つの流れであると示すように無詠唱で発動した【片付け魔法】が散らかった部屋を元の状態に戻していく。

「適当に空いている席に腰掛けてくれ」

 アルフレッドはロゼに来客用のまともな椅子を用意したがが、他のメンバーは雑に扱っていた。限られた人の目しかない場所では、礼儀作法や決まり事に頓着する者はおらず、それぞれに気に入った場所に腰掛けた。

「姫様、探知魔法で念入りに探りましたが盗聴の気配はありません。二重の結界を用意したので侵入されれば事前に察知できます」
「ありがとうございます、アルフレッド主任」

 ロゼはばらばらに座った顔触れを見回した。

 第九研究室・室長及び主任研究員アルフレッド・ローウェル。
 第五研究室・室長及び主任研究員ダグラス・エンバード。
 第二研究室・室長及びフィルギヤ商会副代表レナーテ・フィルギヤ。
 第九研究室・助手リーサ・リンステッド。
 そして、ルベリスタ王国第三王女ロザリンド・エル・ルベリスタ。

「これまで兄や姉の背に隠れ続けてきました。私は知恵も、魔法も、財力も、人脈も……何も持ちません。それでも呼び掛けに応えてくださった皆様に示せるのは、ただ誠実であることだけです」

 後に歴史家が語るには、この時こそが、これまで政治に関わらなかった第三王女が派閥を立ち上げた瞬間だった。
 結成の場に立ち会った五人は王国が転換期を迎える中で重要な役割を果たすことになるが――今はまだ打算や下心、忠誠と各々の理由で繋がるだけの不器用な協力関係だった。


    *


「見えないだけできっと時間は限られています。早速ですが、中断した会議の続きを始めましょう」

 ロゼは黒板に描かれた【流星魔法】の魔法陣を見詰める。
 第九研究室の黒板には昨夜時点で目視で観測された部分だけが描き込まれていた。穴だらけで謎に満ちた正体は、午前中の会議で集合知を前に既知の塊であると明かされたが、政治的なアプローチはまだ進められていなかった。

「まず第一の目的は既に果たされたんじゃない」

 レナーテが口端を引き裂くように嗤った。

「つまりは選別ってところやね」
「選別、ですか」
「愚者には示威行為となり、知者には招待状となる」
「……招待状」
「まあ挑発かもしれへんけど」

 レナーテは軽い口調で付け加えた。
 人目を気にする必要がなくなったのか、先程から形ばかりは整えていた口調がすっかり崩れていた。
 挨拶を交わした際に耳打ちされた時は似たような言葉遣いだったので、これが素の口調なのかもしれない。

「いずれにしろ存在を大々的に主張する目的があったのは間違いない」

 アルフレッドはロゼに目を合わせて言葉を続けた。

「姫様、術者は高度な魔法知識だけでなく、政治的手腕を持ち合わせていると考えられます。既存の魔法理論だけで力と知恵を示しました。そしてそれは同時に一切の手札を晒していないとも言えます」

 ダグラスが深く頷いた。

「既知の理論を自在に操れる者が、独自の研究を進めていないなどと考えるのは楽観的に過ぎますな。固有魔法も間違いなく扱えることでしょう」

 二人は接触は慎重を期すべきだと遠回しに伝えてきた。
 レナーテの示した可能性から、ロゼが何をしようとしているのか見抜いているのだろう。
 招待状と言われて、不思議と腑に落ちていた。
 まるで光を追い求める道が示されたような気がしたのだ。

「確かに危険は伴います」

 ロゼは窓の方に手を伸ばして、マルクト丘陵の方角を示した。

「ですが他の誰よりも早く現地で調べたくありませんか?」

 探究心をくすぐる言葉に四人の研究者は正直だった。
 アルフレッドは顔を手の平で覆い隠し、ダグラスは瞼を閉じて体を震わせて、レナーテは堂々と笑い、リーサは変わらず氷の微笑を浮かべる。

「ロザリンド王女殿下、何故なにゆえに此度は表舞台に立とうと考えたのか――どうか臣に秘めた御心をお聞かせください」

 王室への忠誠心が随一であるダグラスの問い掛けは、ロゼの誠実を試すのではなく身を案じているようだった。
 ロゼは胸に手を当てて瞼を閉じた。
 ずっと王国を憂う気持ちはあった。今になってそれを表に出すのは王族として失格なのは理解している。
 それでも見付けた希望を無視することはできなかった。

「私は【流星魔法】に王国を救う光を見出しました。ただの予感で、儚い光ですが……王国の未来を左右するものだと感じたのです」

 精一杯に威厳を引き出すように意識して言葉を紡いだ。
 ダグラスは片膝を突いて深く頭を下げた。
 もう誰もロゼを止めようとはしなかった。
 レナーテがぱちんと手を打ち合わせた。

「興が乗ったから情報提供。冒険者ギルドがマルクト丘陵の生態系を定期的に調査しているんやけど、実はちょうど向かっているところだったらしいで?」
「未開拓地域への調査依頼……優秀なパーティなら観測を期待できますね」
「優秀だからこそ【流星魔法】に巻き込まれてるかもしれへんけど」
「……そのパーティの名前は分かりますか?」

 レナーテの口にしたパーティ名はロゼの聞き覚えがあるものだった。

「上級に成り立ての『燈火』というパーティや」
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