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第一章:魔王軍誕生
光を追い求めて(7)
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王立魔法研究所の集合知により【流星魔法】の正体が明らかになっていく。
世辞と根回しで進む貴族の会議とは違って、同じ方向を目指して進む会議はとても居心地が良かった。白熱する議論から衝突が生まれても、ただの見解の相違であり実に健全な喧嘩だった。
ロゼは専門的な議論から一歩身を引いて、魔法としてではなく『流星事変』として昨夜の出来事を見詰め直していた。
擬似的儀式魔法――複数人よる同時並行の魔法発動によって一つの魔法を形作る方法は、王国の認識しない凄腕の魔術師を二人以上は擁する謎の組織を示唆した。
果たして彼らは何のために、あれほどの派手な魔法を発動したのだろうか。
今まで身を潜めていられたのだから穏便な接触もできた筈だ。
それとも相手は未知の魔術師であるという認識こそが間違いで、これまで行動を起こしていなかった各国や各組織の魔術師達が動き出した――そんな可能性も無視してはいけないかもしれない。
ロゼは顔を上げてますます盛り上がる研究者の議論を眺めた。
「ふふっ」
思わず笑い声が漏れてしまった。
城下町をお忍びで回った時に、新しい玩具にはしゃぐ子どもたちを目にしたがそれと同じ顔をしている。
黒板の前では椅子に座っていられなかった室長達が掴み掛かる勢いで議論を交わしている。見習いの研究者や助手は、早口で流れていく貴重な教えを必死に書き取っていた。
運動不足の研究者に比べて、一回り大きい体を持つダグラスは遠目でもよく目立つ。
普段の紳士的な振る舞いを忘れて、声も身振り手振りも大きくなっていた。
そんな彼が何か発見したのか声を張り上げた。
「この魔法陣には明らかに必要な術式が欠けている!」
ダグラスは説明のためにチョークを手に取ったが、隙間なく描き込まれた黒板の前でチョークの先を彷徨わせることになった。
「ふっ、随分と夢中になっていたらしい。二枚目と入れ替えよう」
上下式黒板は両端にスライダーが取り付けてあり、非力な者でも動かせるようになっている。しかし、ダグラスは筋肉に物を言わせて、難解な術式や覚え書きで一杯になった黒板を持ち上げて、まっさらな二枚目の黒板と上下を入れ替えてみせた。
「相変わらず頼りになる馬鹿力だ。本当に研究者なのかと疑ってしまうよ」
「植物研究は土いじりで体が鍛えられる。おすすめだぞ」
「……キミね、皮肉のつもりで言ったのだからそんな笑顔で……ああいい、キミの発見をウチにさっさと聞かせてくれ」
ダグラスの筋肉自慢に皮肉は通じず、レナーテはげんなりと力なく手を振った。
「物質化に関連した術式が組み込まれていないのだ」
「複雑で見落としているのではなくて? 未観測部分だってこれだけあるんだから無理はないわよ」
「それこそ未知の理論なら分からないが、物質化の特性上、魔法陣全体に術式は描かれなくてはならない。その痕跡が見当たらないのだ」
ダグラスはロゼを含めて理解の追い付いていない者達に向けて、初歩的な部分から説明を始めた。
「物質化とは魔素を一時的に物質に作り変える術式だ。土属性系統では基盤になっている。魔素から物質化した土――専門用語では魔化土と呼ぶが、これは術者にとっては魔力の塊であり同時に物質的な土の塊になる。その魔化土を操り自然の土を取り込んで魔法に必要な不足分を補うのだ。魔素の物質化だけで土を用意するのと、自然の土だけを使用する場合では、方向性は正反対だが消費する魔力どちらも効果に対して過剰になる」
ロゼは絵の具を想像した。
筆先を水に浸すと、絵の具の色で水は染まっていく。
例えとして魔法的な正しさは分からないが、つまりは少ない魔力でより大きな物を操るという理解でいいのだろう。
「物質化について復習したところで【流星魔法】に戻ろう。物質化を組み込まない場合は肝心の夜空から降らせる流星が存在しないことになる。一からすべて創造すれば必要魔力は天文学的数字となるだろう」
アルフレッドは黙考の末に口を開いた。
「たとえば転移ならばどうだ? 必要な岩を魔法発動時に引き寄せる」
「一から創造するよりも安くは済むが、観測された岩の数と大きさを考えれば、やはり厳しいだろう。実質的に不可能だ」
リーサの手が挙がった。
自然と誰もが期待の視線を送る。
「術者は予め岩を集めたのではないでしょうか」
「…………えっ?」
レナーテがぽかんと口を開けたまま固まった。
他の研究者も似たりよったりの反応だ。
リーサは冷静に言葉を続けた。
「とても馬鹿げているように聞こえるかもしれませんが、不可能な条件を省けば自ずと同様の結論が出るかと思います。岩はどこから現れたのか。いいえ、事前に用意していたのです。この方法なら集めていた大量の岩を空中の魔法陣に引き寄せ、あるいは転移させて降らせるだけになります」
「それは……なんというか、集めた岩をぶつけた方がいいのではないか?」
戸惑うダグラスの言葉に、リーサは首を横に振った。
「目的が攻撃であれば正しいのでしょう」
「リーサちゃんは、別の目的があると考えるのね」
意味深に笑うレナーテの言葉に、リーサは首を縦に振った。
「私達のように魔法の知識を持ったものだけが真実に迫れます。【流星魔法】そのものがメッセージとは考えらませんか」
「その方向で詰めていこうか……さて、諸君、すっかり時間を忘れていただろう? もう既に昼食の時間だ。ここまで情報を整理する必要もある。この場は一度解散するのはどうだろうか」
ダグラスの声に時計を確認すれば、思い出したような空腹感に襲われる。
緊張の糸が途切れる中で、ロゼは無理矢理に会議を中断したダグラスに感謝した。
昼食も食べたかった――というのではもちろんない。
リーサの一言で、既に【流星魔法】は魔法から政治に舞台を移したのだ。
これ以上は、迂闊に情報を広めたくはなかった。
世辞と根回しで進む貴族の会議とは違って、同じ方向を目指して進む会議はとても居心地が良かった。白熱する議論から衝突が生まれても、ただの見解の相違であり実に健全な喧嘩だった。
ロゼは専門的な議論から一歩身を引いて、魔法としてではなく『流星事変』として昨夜の出来事を見詰め直していた。
擬似的儀式魔法――複数人よる同時並行の魔法発動によって一つの魔法を形作る方法は、王国の認識しない凄腕の魔術師を二人以上は擁する謎の組織を示唆した。
果たして彼らは何のために、あれほどの派手な魔法を発動したのだろうか。
今まで身を潜めていられたのだから穏便な接触もできた筈だ。
それとも相手は未知の魔術師であるという認識こそが間違いで、これまで行動を起こしていなかった各国や各組織の魔術師達が動き出した――そんな可能性も無視してはいけないかもしれない。
ロゼは顔を上げてますます盛り上がる研究者の議論を眺めた。
「ふふっ」
思わず笑い声が漏れてしまった。
城下町をお忍びで回った時に、新しい玩具にはしゃぐ子どもたちを目にしたがそれと同じ顔をしている。
黒板の前では椅子に座っていられなかった室長達が掴み掛かる勢いで議論を交わしている。見習いの研究者や助手は、早口で流れていく貴重な教えを必死に書き取っていた。
運動不足の研究者に比べて、一回り大きい体を持つダグラスは遠目でもよく目立つ。
普段の紳士的な振る舞いを忘れて、声も身振り手振りも大きくなっていた。
そんな彼が何か発見したのか声を張り上げた。
「この魔法陣には明らかに必要な術式が欠けている!」
ダグラスは説明のためにチョークを手に取ったが、隙間なく描き込まれた黒板の前でチョークの先を彷徨わせることになった。
「ふっ、随分と夢中になっていたらしい。二枚目と入れ替えよう」
上下式黒板は両端にスライダーが取り付けてあり、非力な者でも動かせるようになっている。しかし、ダグラスは筋肉に物を言わせて、難解な術式や覚え書きで一杯になった黒板を持ち上げて、まっさらな二枚目の黒板と上下を入れ替えてみせた。
「相変わらず頼りになる馬鹿力だ。本当に研究者なのかと疑ってしまうよ」
「植物研究は土いじりで体が鍛えられる。おすすめだぞ」
「……キミね、皮肉のつもりで言ったのだからそんな笑顔で……ああいい、キミの発見をウチにさっさと聞かせてくれ」
ダグラスの筋肉自慢に皮肉は通じず、レナーテはげんなりと力なく手を振った。
「物質化に関連した術式が組み込まれていないのだ」
「複雑で見落としているのではなくて? 未観測部分だってこれだけあるんだから無理はないわよ」
「それこそ未知の理論なら分からないが、物質化の特性上、魔法陣全体に術式は描かれなくてはならない。その痕跡が見当たらないのだ」
ダグラスはロゼを含めて理解の追い付いていない者達に向けて、初歩的な部分から説明を始めた。
「物質化とは魔素を一時的に物質に作り変える術式だ。土属性系統では基盤になっている。魔素から物質化した土――専門用語では魔化土と呼ぶが、これは術者にとっては魔力の塊であり同時に物質的な土の塊になる。その魔化土を操り自然の土を取り込んで魔法に必要な不足分を補うのだ。魔素の物質化だけで土を用意するのと、自然の土だけを使用する場合では、方向性は正反対だが消費する魔力どちらも効果に対して過剰になる」
ロゼは絵の具を想像した。
筆先を水に浸すと、絵の具の色で水は染まっていく。
例えとして魔法的な正しさは分からないが、つまりは少ない魔力でより大きな物を操るという理解でいいのだろう。
「物質化について復習したところで【流星魔法】に戻ろう。物質化を組み込まない場合は肝心の夜空から降らせる流星が存在しないことになる。一からすべて創造すれば必要魔力は天文学的数字となるだろう」
アルフレッドは黙考の末に口を開いた。
「たとえば転移ならばどうだ? 必要な岩を魔法発動時に引き寄せる」
「一から創造するよりも安くは済むが、観測された岩の数と大きさを考えれば、やはり厳しいだろう。実質的に不可能だ」
リーサの手が挙がった。
自然と誰もが期待の視線を送る。
「術者は予め岩を集めたのではないでしょうか」
「…………えっ?」
レナーテがぽかんと口を開けたまま固まった。
他の研究者も似たりよったりの反応だ。
リーサは冷静に言葉を続けた。
「とても馬鹿げているように聞こえるかもしれませんが、不可能な条件を省けば自ずと同様の結論が出るかと思います。岩はどこから現れたのか。いいえ、事前に用意していたのです。この方法なら集めていた大量の岩を空中の魔法陣に引き寄せ、あるいは転移させて降らせるだけになります」
「それは……なんというか、集めた岩をぶつけた方がいいのではないか?」
戸惑うダグラスの言葉に、リーサは首を横に振った。
「目的が攻撃であれば正しいのでしょう」
「リーサちゃんは、別の目的があると考えるのね」
意味深に笑うレナーテの言葉に、リーサは首を縦に振った。
「私達のように魔法の知識を持ったものだけが真実に迫れます。【流星魔法】そのものがメッセージとは考えらませんか」
「その方向で詰めていこうか……さて、諸君、すっかり時間を忘れていただろう? もう既に昼食の時間だ。ここまで情報を整理する必要もある。この場は一度解散するのはどうだろうか」
ダグラスの声に時計を確認すれば、思い出したような空腹感に襲われる。
緊張の糸が途切れる中で、ロゼは無理矢理に会議を中断したダグラスに感謝した。
昼食も食べたかった――というのではもちろんない。
リーサの一言で、既に【流星魔法】は魔法から政治に舞台を移したのだ。
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