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第一章:魔王軍誕生

光を追い求めて(5)

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 第九研究室の示した見解は、他の研究室が昨晩から今朝に至るまで議論を重ねてきた結果をすべて吹き飛ばす内容だった。
 各室長は確かな知識と知性を持ち合わせているので、新進気鋭の研究者であるアルフレッドが的外れな分析するとは思えず、そこに研究助手であるリーサの発想が加われば、もはや前提条件として確定して良いのではないかと判断していた。
 機嫌を良くしたレナーテから、ロゼは各室長の見解の解説とリーサの特異性について説明を受けて、議論に加われずとも大体の流れを理解することができた。

「リーサちゃんはね、王女殿下も察している通り抜けているところは多いけれど……分析力と発想力については誰もが認めるところなの。ウチも欲しくて欲しくて何度も誘っているのに振られちゃってるわ。ローウェルはあの子に一体どんな餌も与えているのやら」

 リーサは先入観や前例に囚われない。
 あるべき形を見極める能力がずば抜けている。

 本人が【片付け魔法】として雑に扱っている固有魔法の現象も「あるべき形に戻す」という見方もできる。
 時間にすれば数時間の付き合いとはいえ、どうして優秀な研究者であるアルフレッドは失敗ばかりのリーサを助手に選んだのか不思議に思っていたが、やはりあらゆるマイナス要因を覆す才能を持っていたのだ。

 知識と知性、そして研究成果をすべてとする生え抜きの研究派の中で『氷の微笑』が成り立つのは、単なる優しさやからかいではなく、認めるべき優秀な研究者の顔を立てるためだった。
 現在も研究者から畏怖の視線を送られながら、素知らぬ顔で議事進行を務めている。形ばかりの愛想笑いは、それでもやはり美しかった。

「第一研究室を除き、全研究室の見解が出揃いました。まとめるとどれも観測結果に対する表面上の情報性だけであり、アルフィ主任の前提に基づいて議論を進むべきだと判断しますが、いかがでしょうか」
「第五研究室は賛成する。元より門外漢の分野であり納得のできる説明もあった。他の芽を探し出すよりも可能性は高いと考える」

 ダグラスは率先としてアルフレッドの見解を支持した。

「同じく第二研究室も賛成よ」

 レナーテはすぐさま同調する。言葉は少ないが興奮を隠し切れていなかった。
 遥か遠くの夜空に浮かび上がった謎にようやく手が届いて、しかもそれを地上に引きずり落とせる糸口まで掴んだとなれば無理もない。

 他の室長も続いていき、発言権を放棄した第一研究室以外の同意を得られたことで議論を進める上で二点の前提条件が設けられた。
 リーサの角張った癖字によってアルフレッドの文章が上書きされる。

 ――【流星魔法】は既存の魔法理論により構築されている。
 ――【流星魔法】は儀式魔法によって発動できない。

 元の記述とほぼ同様の意味だったが、より厳密な記述になっていた。
 アルフレッドが立ち上がり、二つ目の「儀式魔法によって発動できない」という文章に下線を引いた。

「これは基礎魔術の魔術式についてつい最近解明されたばかりの理論が関係している。研究者はプリエナス共和国の者なので……王国との政治的な絡みを考えれば、この中に知らない者が居るのも仕方のない話だ」

 王族の一人としてロゼにとって耳の痛い話だ。
 ルベリスタ王国の南方と国境が接しているプリエナス共和国とは緊張状態にある。その理由の大部分が王国自体の腐敗に起因しており、共和国の最高議会が貧困に喘ぐ王国領土の民を救うために併合支配を目論んでいる――という噂がまことしやかに語られている。もちろん共和国は表立っては否定しているが噂はむしろ広がるばかりであり、共和国を歓迎する声も国内で出始めている始末だ。

 アルフレッドの咳払いに、ロゼの意識は会議室に戻ってきた。
 今は目の前の会議に集中しなくてはと気を引き締め直す。

「驚くべきことに基礎魔術に共通して魔法陣の中心に描かれている正方形は術式安定化という効果だけでなく、「儀式魔法による発動を不可」とする効果も組み込まれていたのだ」
「あの論文ね。興味深い内容だったわ。こればっかり頭で考えるより見せた方が伝わるわね」

 レナーテは机の上に広げた羊皮紙に【魔力弾魔法】――大抵は約して【魔弾】と呼ばれる最も一般的な基礎魔術の魔法陣を描いた。

「基礎魔術の魔法陣を描くなんて見習いをやってた頃を思い出すわね」
「少しでも魔法について学べば、すぐに略式で発動する魔法だからな。魔法陣の形すらも忘れている奴が居てもおかしくはない。基礎理論が専門の第八研究室も久々の大きな発見に嬉しいんじゃないか?」
「ええ、自らの手で発見できなかった悔しさはありますがね。基礎魔術理論研究者に喝采を! 願わくば予算の増額を!」

 微妙に世知辛い話を挟んでいる内に、レナーテは第二研究室の研究者を会議室の後方に集めて中心に魔法陣を描いた羊皮紙を敷いた。魔術師を志す者が最初に習う【魔弾】を五人掛かりの儀式魔法で発動をしようとする。
 五人が一斉に流し込んだ魔力に魔法陣が青白く発光する。
 そして一言一句乱れのない詠唱を終えて魔法が発動――する筈が魔力が空気中に霧散して不発に終わった。

「第二室長が実演してくれたとおり、基礎魔術は実のところ儀式魔法では発動できない。以前から指摘はされていたがようやく原因が特定された。それこそが先程説明した通り魔法陣中心の正方形にあったということだ」

 アルフレッドは黒板に描いた【流星魔法】の魔法陣の中心部を手の甲で叩いた。
 他の術式と絡み合って複雑になっているが、確かにそこには正方形が描かれていた。

 ロゼは詳しい魔術式の知識を持たないので、アルフレッドが想像で書き加えた術式によって全体のバランスが崩れたように見えたので、素人が無理矢理に手を加えたという印象を受けた。
 それに通じるように研究者が戸惑いや怒りを示したので、自分の感性は間違いではなかったと思ったが聞いている内に実態を理解できてきた。
 単に見栄えからではなくて基礎魔術の術式が入っていたり、魔術式的に簡単な術式が組み込まれている違和感を指して「子どもの落書き」と称していたのだと今になって気付いた。

「距離の都合上、細かい部分は読み取れなかったが、逆に言えば【流星魔法】の術式はまさしく子どもの落書きだった。あれもこれもと詰め込んで、引き算をされていない。それを僕は洗練されていないと判断した……未知の魔法だからね、術者も初めて発動したのだろうと……しかし助手の一言で別の可能性があることに気付いた。
「それはつまりアレが即席魔法だと?」

 ダグラスの鋭い声にアルフレッドは厳かに頷いた。

「まさしく。必要になったから作った。発動条件を整えるために必要な要素を既存理論から引っ張り出して書き込んでいった。足し算で作られた魔法なのだ。これならば魔力さえ足りれば発動は難しくない。結果の予想も容易だろう。既存理論とはいえ、もちろん組み合わせによって未知は生まれるし、符牒化された部分もあるので完全再現は不可能だが……驚くべきことに【流星魔法】は誰でも使える汎用魔法なのだ」
「あの魔法を……誰でも使えるというのですか」

 ロゼは初めて恐怖を覚えた。
 パラダイムシフトだ。実用化されれば戦争の形が変わる。
 魔法が一つの戦術ではなく戦略の領域に至っている。

 もちろん歴史上や世界中を探し出せば、人智を超えた固有魔法を持つ者達は存在する。天気を変えてしまったり、大地を揺るがしたり、一晩で一つの国を滅ぼしたり――恐るべき魔法は存在するのは確かだ。
 しかし、それは才能に恵まれた個人のみが実現できるだけで再現性はなかった。

「姫様、ご安心ください。【流星魔法】を使える者は限られております。そして何よりも非効率的なのです。同じ魔力と時間を使うのであれば、他の魔法を発動した方がより大きな成果を上げられるのですから」
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