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第一章:魔王軍誕生

光を追い求めて(1)

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 ルベリスタ王国の第三王女であるロザリンド・エル・ルベリスタを深い眠りから目覚めさせたのは、体を震えさせるほどの地響きだった。
 カーテンの隙間から差し込む朝日が目蓋越しに眼球を刺激してくる。目の奥からズキズキと突き刺すような痛みが広がった。

 痛みと眩しさに顔をしかめながら目を開ける。視界に広がるのはベッドの天蓋ではない。薄汚れて黄ばんだ天井が見下ろしてきていた。
 バルコニーから目撃した巨大な魔法陣と、引き起こされた天変地異と見紛う流星群。その正体を掴むために、夜中の内から王都市街に建てられた王立魔法研究所を訪れていた。
 ベッド代わりに使っていた応接用の重厚感あるソファから体を起こす。

「……昨晩からこれで何度目でしょうか」

 第九研究室は惨憺たる有様だった。部屋中に埃が舞い上がり、机の上に積まれていた紙束や本棚に収められていた書籍が床に散乱する――予想通りの光景が広がっていた。

「起こしてしまいましたか。申し訳ございません、王女殿下」

 目が合うと研究助手のリーサは取り澄ました顔で頭を下げた。
 その手にガラス製の実験器具を握って、首から下を研究資料に埋もれさせていなければ、その所作は実に様になっていたことだろう。
 机に足を引っ掛けたりして転んでしまい、部屋中に被害を連鎖的に広げてしまったようだ。昨晩から何度も見た惨状なのですっかり見慣れてしまった。

「リーサさん、大丈夫ですか?」
「資料の紛失及び実験器具の破損はございません……たぶん」
「そちらも大切ですが、リーサさんの体に怪我はありませんか」
「ご心配頂きありがとうございます」

 リーサは書物の山から這い出すと、早口で呪文を唱えながら腰に差していた杖を振るった。
 散らばっていた研究資料がまるで意思を持ったかのように、独りでに元の位置へと戻っていく。

 果たして魂にどんな因果を持つのかリーサの固有魔法は本人のドジっぷりを補うような魔法だった。本人は【片付け魔法】とまるで便利道具のように扱っているが、魔力さえ足りれば本人のあらゆる過失を無かったことにできる優れた効果を持っている。

「ふぅぅ……アルフィ主任が来る前に隠蔽完了です」

 リーサは得意気に笑みを浮かべる。
 王立魔法研究所内では、氷の微笑と呼ばれており、色白で美人のリーサに良く似合っている。女性にしては高めの身長に、腰下まで伸ばした象牙色の明るい長髪、研究所の制服である金糸を縫い込まれた黒いローブを颯爽と身に纏い、怜悧な水色の瞳はすべてを見通すようで――初対面の際には美貌に見惚れたものだ。
 内面を知った後に他の研究員から「氷の微笑」の真実を教えられた。
 
 ――リーサ本人は自分のポンコツを上手く誤魔化せていると思っているから、こっちも凍り付いたように笑え。氷の微笑はすべてを凍らせる優しい魔法だよ。

 王立魔法研究所の研究員は真面目で堅苦しい人々なのだろうという思い込みを吹き飛ばした一幕だった。

「隠蔽って自覚があるなら始末書を書いてもらうぞ」
「お、おはようございます、主任」

 研究室の扉の前に小柄な人影が立っていた。
 第九研究室の室長であり主任研究員の一人であるアルフレッドだ。相変わらず気怠げな様子で、目の下には一生消えそうにないこびり着いたような隈ができている。しばらく体を清める時間も取れていないのだろう、くすんだ青色の髪が皮脂で絡み合い、制服のローブはよれよれになっていた。

「隠蔽だなんて滅相もございません。主任の聞き間違いでしょう」

 リーサは澄ました顔でだらだらと汗を流していた。嘘の吐けない人だ。
 アルフレッドの視線が、目撃者のロゼに向けられた。

「おはようございます、姫様。このような格好で申し訳ございません」
「睡眠を取っていた私から、休まず働く者を責める言葉などありませんよ。今朝も気持ちの良い目覚めでした。リーサさんには感謝しています」
「姫様がそう仰るのであれば」

 アルフレッドの呆れた溜息と、リーサの安堵の溜息が重なった。

「助手の件は後ほど詰めるとして」
「えっ」
「黙っていろ」
「はい」
「朝食はどうなさいますか? ここだとまともな物は用意できませんが」

 ロゼは首を横に振った。
 自分が寝ている間に進んだ調査結果についてすぐにでも聞いておきたかった。

「こちらで用意をお願い致します。今は時間が惜しいので」
「畏まりました。ほとんどの奴がご機嫌取りの奏上のために王城へと出向いているので食事も余っています。どうぞご遠慮なく」

 アルフレッドの侮蔑を隠さないぶっきら棒な物言いに、ロゼはリーサを真似て澄ました笑顔を浮かべる。
 王城内で繰り広げられる政争は生まれた時からずっと間近で見てきた。自ら権力に距離を置く第三王女におべっかを使う貴族はほとんど居ないが、渦中に居る兄上や姉上は何を思うのだろうか。

「昨夜の騒ぎでは仕方ありませんよ、アルフレッド主任」
「……失礼、姫様に聞かせるべき言葉ではありませんでした」
「何か仰りましたか」
「いいえ、どうぞ食堂へご案内致します」

 アルフレッドに連れられて、ロゼは第九研究室を後にする。
 未来に待っている叱責を想像して震えていたリーサが、置いていかれたことに気付いて後から慌てて追い掛けてきた。
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