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第一章:魔王軍誕生

世界変革の光(5)

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「魔力を温存してる理由って、もしかしてバンの勘?」
「そうとも、相棒の勘より優先されるものを僕は知らないからね」
「相変わらず仲良しだことで」

 フェリスはライと軽口を叩き合いながら装備を身に付けていく。
 魔法糸の刺繍で強化された革鎧を纏い、暗器や便利道具を吊るしたベルトを腰に巻いて、夜色のハーフコートを羽織った。盗賊時代は更に仮面を付けて正体を完全に隠していた。

 顔を上げるとパーティメンバーも全員が装備を整え終わっていた。
 バンの勘は『燈火』にとって何よりも優先される行動指針だ。
 斥候役であるフェリスにとっては、自分の目と耳で得た情報よりも時には有力な情報源になるので、頼りにはしているが同時に憎たらしくも思っていた。

「それで、今度は何を感じ取った?」

 フェリスの言葉に、バンは上を指差した。

「木の上から何か見えたってこと?」
「その更に上だ」
「空……?」
「何か感じないか」

 梢の間から覗く夜空には無数の星々が瞬いている。

「魔素がざわついているような……いいえ、指向性を持って蠢いている?」
「フリーダちゃんとバンには分かるのか。フェリスちゃんはどうなの?」

 特に変わりない気がするのだが、バンが言うからには何かがあるのだろう。
 フェリスが首を横に振ると、ライも同じように感じ取れていないのか肩を竦めてみせた。いけ好かないライと同じというのは本当に癪なのだが、理論派であるフェリスは感覚派のバンとフリーダが通じ合っている時は大体置いてきぼりになる。

「魔素がどうこうって、誰かが魔法を使おうとしてるんじゃねぇの」
「儀式魔法だったとしてもこれ程の反応は大規模過ぎるのです」
「ふーん、方角は?」
「ここから北東、ちょうどマルクト丘陵の上空です」
「厄介事の臭いがプンプンするじゃん」

 指名依頼を行った冒険者ギルドの陰謀が頭をよぎる。
 パーティの実力は疑っていない。危険な未開拓地域から生還できるだけの能力は持っている。しかし冒険者ギルドは実力はあったとしても貢献度の低いパーティに対して指名依頼を行うような組織ではない。現場レベルはともかく上層部は形式的で権威主義が蔓延っているのだ。

 フェリスはバンの瞳を覗き込む。
 相変わらず澄んだ目をしている。悟ったような顔で何もかもお見通しだとも言いたげだ。

「お前は依頼を受けるべきだと判断したんだよな」
「そうだ」
「……だったらいいさ、あたしはお前に従うよ」
「悪いな」
「そう思うなら、もうちょっとしおらしく振る舞いやがれ」

 肩に軽く拳を当てても、バンは頬をぴくりともさせない。

「俺が素直に言葉にしたらフェリスは嫌がるだろう」
「そういうとこだぞっ!」

 知り合って間もない頃は、無表情と無口が合わさって何を考えているか分からなかったので、八つ当たり気味に「思っていることはちゃんと言葉にしろ」と詰め寄った。そうしたら、いつもと変わらない平坦な口調で恥ずかしい台詞を次々と口にするので慌てて両手で口を塞いだのを今でも思い出す。

「おーい、お二人さん、いちゃついてないで方針を決めよう」
「うるせぇ! いちゃついてねぇよ!」

 茶化してくるライに怒鳴り返す。

「方針なんて、進むか戻るかだろう?」
「あるいはこのまま距離を置いて観測を続けるかです」
「なるほどね、そういう選択肢もあるか。魔法なんてからっきしだから、その観測とやらはお前ら任せだけどさ。バンが受けるべきだと思った依頼を途中で放棄するのはどうなんだ?」

 バンは珍しく考え込んでいた。

「確かに受けるべきだと判断した。俺は俺の感覚を信頼している……だが世界には俺の勘を超えるものも存在するだろう」
「今回がそれだってことか」

 判断を悩むバンは、それこそ初めて目にした。
 フリーダが悲鳴を上げたのはその時だった。夜空を指差して全身を震えさせている。

「こんな……有り得ません……」
「何があったんだ――なっ!?」

 今度の異変はフェリスにも認識できた。
 星々を掻き消すほどの光が夜空に満ちる。収束した光はやがて巨大な魔法陣を形作った。

「おいおい、これはなんの冗談だよ」

 ライの動揺は魔術師であるからこそだろう。
 魔法の知識も技術もないフェリスでさえ恐ろしい光景なのだから、魔術師からすればより具体的に異常性を理解できてしまうに違いない。

「今すぐに引き返す」

 バンが決断を下した。

「俺が先導する。フリーダは魔法陣の観測を続けてくれ。ライはフリーダの護衛を頼んだ」
「あたしは後方警戒ね」
「任せた」

 一行は野営地を放棄して即座に行動を開始した。
 バンが先頭に立ち、少し離れてフェリスとライが後に続く。

「あれは……流星……?」

 魔法陣の変化に気付いたのはフリーダだったが、魔法陣が引き起こした現象を最初に目撃したのはフェリスだった。
 夜空に刻まれていた魔法陣が闇に溶けるように消えてなくなり、代わりに炎を纏った岩石が次々とマルクト丘陵に降り注いだ。丘陵地帯からまだ距離があるというのに、凄まじい轟音と共に衝撃波が周囲の木々を揺らす。

「ああ、あああ……こんなことって……」

 観測を続けていたフリーダが膝から崩れ落ちてしまった。

「ライ!」
「分かってるよ、相棒! フリーダちゃん、ちょっと失礼するよ!」

 駆け寄ったライが、バンの呼び掛けを受けてフリーダの身体を背負い上げた。

「肉体労働は僕の担当じゃないのにね」
「すみません……ライさん……」
「いいっていいって、これはこれで役得さ」
「役得……?」

「おっと、気にしなくていいよ。それより何か分かったのかい?」
「もう消えてしまいましたが、あの魔法陣を構成していた魔力は一種類だったのです」
「混じり気無しに?」
「はい。最初から最後までたった一人で構築した魔法陣です」
「……手が無いわけではないだろうけど、いずれにしろ馬鹿げた魔法だね」

 フェリスには魔法の仕組みは理解できなかったが、引き起こされた現象を目の当たりにすれば本能に魔法の恐ろしさを植え付けられる。

「地響き?」

 フェリスは夜の森を振り返り、無数の魔物が迫ってくる気配を感じ取った。
 単純な話だった。鈍感な人族が恐怖の余り逃げ惑っているのだから、奴らもまた流星から逃げてきたのだ。

「走れぇぇぇぇっ!!」

 力の限り叫んで全速力で駆ける。
 フリーダを背負うライを手助けして、先行するバンを必死に追い掛ける。

 恐慌状態の魔物から逃れるには、人族の足では限界があった。
 どこかに逃げ場はないか周囲を見回すが、広範囲に及ぶスタンピードは濁流のように森を呑み込んでいた。
 木々は薙ぎ倒され、岩石は粉砕された。
 堅牢な砦があったとしても、今は気休めにしかならないだろう。

「逃げ場は無し、か」

 フェリスは少しでも時間稼ぎになるのなら、犠牲になるべきは自分だろうと思った。生まれも育ちもろくでなしの犯罪者だ。
 仲間を無言で見送り一人立ち止まると、怖いのになんだか笑ええてきた。
 最期は誰からも省みられず無様に死ぬのだろうと想像してきたが、どうやら少しは命を有効活用できそうだった。

「おい、なんのつもりだ?」
「報告にはフリーダが居れば充分だ」

 バンは何食わぬ顔で引き返してきた。
 怒るのも馬鹿らしくなり、大きな溜息をつく。

「そういうところが嫌いなんだよ」

 フェリスはバンの手を借りて、仲間が逃げる時間を稼ぐための罠を準備する。
 死ぬと分かっているのに、死後のことなんてどうでもいいと思っていたのに、それでも全力を尽くして何かをやり遂げようとする――奇妙で不思議な時間だった。

 魔物の接近までになんとか罠の設置を終えられた。
 二人の仕掛けた大量の爆弾が、フェリスの放った火薬玉で引火して激しく爆発する。
 魔物の大群の進路が僅かに逸れた。恐慌状態の魔物には流星の衝突と火薬の炸裂を判別できていなかった。

「尻拭いを押し付けてしまった。すまない」
「気色悪いこと言いやがって」

 フェリスが悪態をつくと、バンはふっと頬を緩ませた。
 そんなバンの顔を目にしてフェリスはそっぽを向いた。

「……なんで戻ってきたんだ」
「そのお陰で間に合っただろう」

 フェリスの作戦は最初から帰還を想定していなかった。
 魔物の群れの進む先を変えたとしても、間近に居る者が巻き込まれない場所まで逃げ切るのは不可能だった。

「大馬鹿野郎が――」

 フェリスとバンは身を隠した巨大な岩ごと大群に呑み込まれた。
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