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第一章:魔王軍誕生

世界変革の光(1)

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 マルクト丘陵はルベリスタ王国北方の辺境に広がる未開拓の土地である。
 周辺の土地に比べて極めて魔素濃度が高く、ほとんどの生物が好んで寄り付かない魔物の生息域であり、王国からも冒険者からも間引きを行われなかったため独自の生態系を築き上げている。

 この土地に住まう魔物はいずれも魔素を多く取り込んでおり、高い身体能力と魔素耐性を備えているので非常に厄介だ。生半可な装備や魔法では表皮に弾かれてしまい、ほとんど傷すらも与えられない。
 危険な魔物の生息域が数百年も放置されてきたのは、彼らが丘陵の外では生命活動に必要な最低限の魔素を確保できないからだ。魔素欠乏症に陥った魔物は自我を失ってしまうので、知性の低い魔物であっても本能的に丘陵を出ることを忌避するので、これまで王国の脅威にはなり得なかった。

 平和な外に比べて内部では激しい生存競争が繰り広げられている。
 彼らは限られた土地――魔素を確保するために縄張り争いを行い、常に戦いの中で過ごしてきた。その結果、外から見たマルクト丘陵は独自に完結した世界を保ち続けてきたのだ。
 しかし不文律かと思われたその認識は、この日、覆されることになる。


    *


 マルクト丘陵で最も繁栄していた地を這う竜――ランドドラゴンの酋長は憤然と下顎の犬歯を打ち鳴らした。
 最近になって丘陵の隅に住み着いた亜人が懲りずにやってきたのだ。

 不機嫌を隠そうとしない酋長に、亜人は苦笑を浮かべて頭を掻いた。掻き上げた長い銀色の髪が尖った長耳に引っ掛かる。
 外の世界とほとんど接触のない酋長でもエルフの存在は知っていた。本来は森の奥深くで暮らす長命種で、丘陵地帯に根を張るのは有り得ないことだ。

「外より来たりし者よ、我らは祖先より受け継ぐ土地を一欠片たりとも明け渡すことはない」
「そこをなんとか考え直してもらいたいんだけどね」

 魔法の力で翻訳しているのか、耳に聞こえる言葉と実際に伝わってくる言葉が異なっていた。
 それがまた酋長の神経を逆撫でする。
 交渉を望むのであれば示すべき態度がある。最低限としてランドドラゴンの言葉を以て語るべきだ。

「罷り通らぬ。我らは外より来たりし者を嫌う」
「閉鎖的コミュニティってこれだから難しい。分かったよ、それなら何か落とし所を探そうじゃないか。どうすれば土地を貸してもらえるかな?」
「ならば力を示せ。丘の理は弱肉強食。力を持たぬ者は滅びる定め」
「蛮族思考はやめてくれ。俺はきみたちと共生を望んでいるんだ。ただほんの少し土地を間借りさせてくれれば良いんだぜ」
「そも土地に貸し借りなどありえない。一族が血を流した土地を外より来たりし者に使わせるなど言語道断だ」

 エルフは肩を竦めた。

「俺も力を示すこと自体は否定しないよ。現にきみたちは守衛の戦士を相手取って勝ったからこそ俺の話を聞いてくれているのだからさ」
「勝った? 恥を知るが良い、外より来たりし者よ」
「その外から来たって呼び方をやめないか? もうかれこれ長いこと丘に住ませてもらってるんだけど」

 噛み締めた歯が怒りの余りギリギリと音を立てる。

「空から一方的に攻撃を仕掛けて名誉も栄光もない根比べをしただけだ。更に魔力が尽きて勝負を捨てたのはそちらであろう、外より来たりし者よ。それを勝利と言うか!」
「…………呼び方スルーかぁ。あの戦いをやめたのは魔力不足ってわけじゃ……あれ以上やったら殺し合いは避けられなかっただけだよ」
「殺し合わずして土地を求める傲慢、ここは貴様らの森ではないぞ」
「……了解した。言葉は交わせても持ち得る常識が違う。それはもう本当に戦って示すしかないんだろうね」

 エルフは背を向けた。

「別に恨みはないが、結局のところお前らは日本だったら害獣になる。それを駆除することにこれ以上は躊躇わない」

 最後までエルフの持つ価値観を理解できなかったが、相容れぬ存在であったのは理解できた。
 酋長は立ち去るエルフに別れの言葉は送らなかった。


    *


 始まりは夜闇を引き裂く光だった。
 マルクト丘陵に住まう魔物たちは空を見上げて夜明けを錯覚した。
 光の正体は巨大な魔法陣だった。幾つも組み合わされた魔術式から青白い魔力光が放たれており、丘陵全体を覆い尽くす大きさだった。
 遥か上空から巨大な岩石が炎に包まれながら、眩い輝きを放って落下する。
 落下地点の周辺に居た魔物は、何が起こったのか理解する間もなく文字通り消し飛んだ。少し離れていたものであっても、衝撃波によって地面や岩壁に叩き付けられて昏倒した。

 次々と降り注ぐ隕石の中で、ランドドラゴンは群れをばらけさせながら逃げ惑っていた。
 無事に洞窟に逃げ込んだランドドラゴンの酋長は、若い戦士と肩を並べて洞窟の外に広がる恐るべき光景に震え上がる。

「酋長! これは一体!?」
「わからん。わからんが……人族の仕業やもしれんな」
「人族……丘の外に居る二本足の珍妙な連中のことですね」
「ああ、ワシが幼き頃、ボッケンシャなる一団が我らが丘に踏み入り猛威を振るった。何度押し寄せようとも、戦士たちが立ち上がり撃退しが被害は少なくなかった」

「……力を蓄えてまたやってきたというの言うのですね」
「よく覚えておくのだ。ワシの代ではこれまでは平穏であったが、先代や先々代も人族には悩まされた。同じ二本足だからといってゴブリンのように侮ってはならんぞ」
「肝に銘じます!」

 若い戦士は下顎から突き出す長い犬歯を上唇で覆った。

「酋長はここで待機を、私は避難できていないものを探して参ります!」
「くれぐれも気を付けるのだぞ」
「はっ!」

 酋長は若い戦士の背中を見送り、改めて外の光景を観察する。
 星々が降り注ぐ光景はまさしく世界の終わりを暗示しているようだった。生涯を丘の中で終えるとはいえ、長く生きていれば、外からやってくる者から情報を得られる。どんな種族もこんな光景のことを語ってくれたことはない。

「戦士には警戒を緩めぬよう、人族の仕業と伝えたが……これは個体が扱える力の域を超えておる。もはや世界の意志ではなかろうか。そうであるとしたら我が一族は滅びる定めだというのか――ん? なんじゃ、あれは……?」

 酋長は隕石の降り注ぐ中を走り回る緑色の肌の魔物――ゴブリンの姿を目にした。
 丘陵内では悪知恵は働くが正面から戦えば他のあらゆる魔物に勝てない最弱の魔物として認識されている。それなのに、ゴブリンは空からの脅威を物ともせず洞窟の方へと突っ込んでくるのだ。
 涙目でわーわー嘆いているように見えたが、岩に潰されたり、吹っ飛ばされても喚きながらまた立ち上がるのできっと気のせいだろう。

 ランドドラゴンは生来から持つ【皮膚硬化魔法】の重ね掛けで、隕石の余波で飛び散る土砂や破片のダメージを耐えていたが、流石に直撃を受ければただでは済まない。それなのにゴブリンは耐えている。もう頭が可笑しくなりそうだった。

「生き残りを発見だぁぁぁぁっ!!」

 ゴブリンの言葉はさっぱりだったが、酋長は自分に勇ましく挑んでくるので迎え撃とうと四肢と尻尾に力を入れる。
 次の瞬間、酋長は地に伏していた。
 酋長の前足をゴブリンが振るう大鉈が一撃で斬り飛ばしたのだ。まるで自分達がゴブリンの手足を引き裂くように、いやそれ以上に容易く斬り裂かれていた。
 恐慌状態に陥った酋長は後ろ足で地面を蹴っ飛ばして、必死に逃げようとするが遅々とも進まない。前足から流れ出す血の中でじたばたともがくばかりだった。

「獲物の苦しみを引き伸ばす趣味はないからな、介錯してやるよ」

 ゴブリンの大鉈が首元に振り下ろされた。
 自分は狩る側ではなく、狩られる側――自然現象だと思っていた隕石は彼らの攻撃だったのだと理解する。そして最後の瞬間、何故か昼間に言葉を交わしたエルフの顔が思い浮かび、酋長の意識は完全に断ち切られた。
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