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第二話 名残の夕立
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閉店間際にやってきた若い女の子は車椅子に乗っていた。広くはない店内の中ほどへ進み、大きめの作品の前で止まると、見上げるように背筋を伸ばし、ほんの少し息を飲む。やはり、彼女のお目当てはあの作品で間違いないようだ。
声をかけようとカウンターから出ると同時に、ぐるりと車椅子を回転させた彼女が、「あそこにあったバイクの切り絵、売れちゃいました?」と話しかけてきた。
「『名残の夕立』でしたら、こちらに移動しましたよ」
入り口の正面にある棚に手のひらを向ける。そこには、ききょうの花が咲く野原に停まるクラシックなスポーツバイクと、降り注ぐ雨を描いた切り絵がある。
彼女はあんどしたように笑み、まっすぐこちらへやってくる。
「レイアウト変えたんですか?」
「もうすぐ夏も終わりますから」
実は、彼女は以前にも何度か店を訪れていた。そのたびに、名残の夕立を眺めていたから、車椅子に乗ったままでも見やすい場所に移動しておいたのだった。それは伏せて、未央はそう答えた。
「そっか。季節に合わせて模様替えしてるんですね」
「はい。名残の夕立は夏の終わりに降る雨ですから、ちょうど今の時期にぴったりなんです」
彼女はうなずいたような素振りを見せたあと、棚の前へ移動する。
「この作品、気になってて」
以前よりも、一段下げた場所に飾ってある切り絵をまじまじと眺める彼女の視線は、右端に切り抜かれたバイクに集中している。『バイクの切り絵』と口にしたぐらいだし、よほど、バイクのデザインが気に入ってるのだろうか。
「先月も来てくださってましたね」
「覚えてくれてました?」
「いつも閉店近くにいらっしゃいますよね。お買い物の帰りですか?」
車椅子の後ろには小さなマイバッグがかけられている。
「商店街のフルーツやさんのメロン、すごくおいしいから時々買いに来るんです」
言われてみると、マイバッグにはメロンのようなほどよい大きさの丸みがある。
「おいしいですよね」
温暖な気候に恵まれた清倉の特産品である梨や柿、ブルーベリーなど、季節ごとに収穫された果物を取り揃えたフルーツやさんには、全国から取り寄せた旬のフルーツが並ぶことでも有名だ。
「兄がメロン好きで」
「お兄さんのために?」
「疲れてそうなときは、頑張ってるご褒美に」
ちょっとなまいきな上から目線な発言や、いたずらっ子のように笑む彼女を見ていると、兄妹の仲の良さが伝わってくる。
「がんばりやのお兄さんなんですね」
「張り切りすぎて、ちょっと強引なところがあるので、迷惑かけてないかなって心配なんですけど」
「迷惑って、どなたに?」
「兄、井沢朝晴っていうんです」
未央は知った名前を聞いて、まばたきをした。
「井沢さん? じゃあ、あなたは……」
「井沢しぐれって言います。いつも兄がお世話になってます」
しぐれと名乗る女の子が丁寧にあたまを下げると、ポニーテールにした長い黒髪がさらりと肩から落ちる。
「私の方こそ。先日も、元気にしてますかって、様子を見に来てくださったんですよ。日曜日はよく商店街へいらっしゃるみたい」
「前は全然、来てなかったんですよ。ひまがあれば、仕事の顔つなぎだって言いながら、東京に遊びに行ってたし」
「そうなんですか?」
「私が元気になったら、東京に戻りたいんだと思います」
そう言うと、しぐれは悲しげに足もとへ目を落とす。ブラックのワイドパンツからは可愛らしい赤い靴を履いた足がのぞいている。
「私の身体がこんなふうになったのも、夏の終わりなんです」
声をかけようとカウンターから出ると同時に、ぐるりと車椅子を回転させた彼女が、「あそこにあったバイクの切り絵、売れちゃいました?」と話しかけてきた。
「『名残の夕立』でしたら、こちらに移動しましたよ」
入り口の正面にある棚に手のひらを向ける。そこには、ききょうの花が咲く野原に停まるクラシックなスポーツバイクと、降り注ぐ雨を描いた切り絵がある。
彼女はあんどしたように笑み、まっすぐこちらへやってくる。
「レイアウト変えたんですか?」
「もうすぐ夏も終わりますから」
実は、彼女は以前にも何度か店を訪れていた。そのたびに、名残の夕立を眺めていたから、車椅子に乗ったままでも見やすい場所に移動しておいたのだった。それは伏せて、未央はそう答えた。
「そっか。季節に合わせて模様替えしてるんですね」
「はい。名残の夕立は夏の終わりに降る雨ですから、ちょうど今の時期にぴったりなんです」
彼女はうなずいたような素振りを見せたあと、棚の前へ移動する。
「この作品、気になってて」
以前よりも、一段下げた場所に飾ってある切り絵をまじまじと眺める彼女の視線は、右端に切り抜かれたバイクに集中している。『バイクの切り絵』と口にしたぐらいだし、よほど、バイクのデザインが気に入ってるのだろうか。
「先月も来てくださってましたね」
「覚えてくれてました?」
「いつも閉店近くにいらっしゃいますよね。お買い物の帰りですか?」
車椅子の後ろには小さなマイバッグがかけられている。
「商店街のフルーツやさんのメロン、すごくおいしいから時々買いに来るんです」
言われてみると、マイバッグにはメロンのようなほどよい大きさの丸みがある。
「おいしいですよね」
温暖な気候に恵まれた清倉の特産品である梨や柿、ブルーベリーなど、季節ごとに収穫された果物を取り揃えたフルーツやさんには、全国から取り寄せた旬のフルーツが並ぶことでも有名だ。
「兄がメロン好きで」
「お兄さんのために?」
「疲れてそうなときは、頑張ってるご褒美に」
ちょっとなまいきな上から目線な発言や、いたずらっ子のように笑む彼女を見ていると、兄妹の仲の良さが伝わってくる。
「がんばりやのお兄さんなんですね」
「張り切りすぎて、ちょっと強引なところがあるので、迷惑かけてないかなって心配なんですけど」
「迷惑って、どなたに?」
「兄、井沢朝晴っていうんです」
未央は知った名前を聞いて、まばたきをした。
「井沢さん? じゃあ、あなたは……」
「井沢しぐれって言います。いつも兄がお世話になってます」
しぐれと名乗る女の子が丁寧にあたまを下げると、ポニーテールにした長い黒髪がさらりと肩から落ちる。
「私の方こそ。先日も、元気にしてますかって、様子を見に来てくださったんですよ。日曜日はよく商店街へいらっしゃるみたい」
「前は全然、来てなかったんですよ。ひまがあれば、仕事の顔つなぎだって言いながら、東京に遊びに行ってたし」
「そうなんですか?」
「私が元気になったら、東京に戻りたいんだと思います」
そう言うと、しぐれは悲しげに足もとへ目を落とす。ブラックのワイドパンツからは可愛らしい赤い靴を履いた足がのぞいている。
「私の身体がこんなふうになったのも、夏の終わりなんです」
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