あしたの恋

水城ひさぎ

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夏の果

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***


 白い天井をぼんやりと見上げる自分を、どこか他人事のように感じていた。ここはどこだろう。まどろみの中で覚える思考すら、夢の中の出来事のようだ。

 もしかしたら本当に夢かもしれない。体を丸め、また目を閉じる。次に目覚めたら、現実が待っているだろうか。それともまた夢の中だろうか。

 体にかかるシーツが何によってか肩から下がる。そして軽くなった肩に伸ばした手は暖かなものに包まれた。

「大丈夫? 日菜詩ちゃん」

 ハッとする。目を見開くと、私の手を優しく握る朝陽さんと目が合う。

「え……あ、私……」

 体を起こすと、ソファーの上にいた。体にかかっていたシーツが落ち、視線を落とすとワンピースを着たままだ。

「私……、酔って……」

 朝陽さんはグラスに入った水を差し出しながら、にっこりと微笑む。

「うん、そう。ソファーに横になったらすぐに寝ちゃったんだ。疲れたよね? 慣れない仲間と頑張って話してたから」

 そう言われて記憶がよみがえる。そうだ。私は麻那香のホームパーティーに呼ばれ、みんなに勧められるまま慣れないお酒を飲んで気分を悪くしてしまったのだ。

 麻那香が二階に休憩できる部屋があるからと言い、心配した朝陽さんに連れられて私はここへ来た。

「……みんなは?」

 立ち上がろうとする私の肩をおさえた朝陽さんは私の隣に座る。

「あの、朝陽さん……」
「みんなは帰ったよ」

 そう言って、彼はなぜだか気恥ずかしそうにまばたきをする。

「え……」

 辺りを見回すと、カーテンのない窓ガラスの奥に夜空が見えた。

「日菜詩ちゃん、泊まるつもりだったみたいだし、無理には起こさなかったんだけど」
「麻那香は……?」
「何人かと出かけたよ。ファミレスで二次会だって言ってたから、まだ帰らないんじゃないかな?」
「じゃあ……」
「まあ、うん……。今は俺と日菜詩ちゃんしかいないよ」

 朝陽さんが私の手にグラスを握らせる。動揺してうまく握れない手を優しく支えてくれている彼との距離が近い。

「麻那香ちゃんが戻るまでいるよ」
「あ……、はい」

 心を落ち着けようと、グラスを傾けてひとくち喉に流し込む。二人きりだというだけで、緊張して声が出ない。酔いもすっかり冷めてしまった。

「あの、日菜詩ちゃんさ……」

 朝陽さんは私からグラスを取り上げると、目の前のテーブルに置く。そこにはフルーツが用意されている。私が起きた時のことを考えて、彼が用意してくれたのかもしれない。彼は気遣いのできる優しい人だろう。

「あのさ……、もし日菜詩ちゃんがいいなら、このまま一緒に帰らない?」

 朝陽さんはそう言って、私の顔を覗き込む。眉を下げて、困り顔をする。言いにくいことを私に頼んだのだ。だから私の体はある予感を感じてますます緊張する。

「麻那香が……」
「麻那香ちゃんはかまわないって。日菜詩ちゃんの好きなようにしたらいいって言ってたよ。俺たちのこと、ちゃんとわかってるから大丈夫だよ」
「でも……、一緒に帰るって言っても……」
「俺、大学の寮にいるんだ。だから部屋に連れていってはあげれないんだけど。こんなこと言ったら変に誤解するかもしれないけどさ、ホテルで軽く食事でも出来たらいいなって思ってる」

 ホテルという言葉に反応して胸がどきりとする。

「あ……、でも、ちょっと……」
「誤解、するよね。でもさ、俺は日菜詩ちゃんがいいならって思ってるから」

 それはどういう意味だろうと思いながらも、本当は意味なんてわかっていて、わかりたくないだけなんだって思っている。

「いいって言ってくれたら……、期待はしちゃうんだけどさ」
「朝陽さん……、私……」

 うまく話せそうになくて彼を無言で見つめる。しばらくすると、無言の意味を彼は静かに口にする。

「好きな人がいる?」

 私の心はきっとずっと見透かされていた。

「明日嘉はだめだよ」

 優しく諭すように言われる。そんなことわかってるけど、わかってるからってどうしようもない。

「日菜詩ちゃんの気持ち、聞かせてくれる?」

 言わなければならないだろう。朝陽さんは私のことを真面目に考えてくれている。その気持ちは目を合わせるだけでひしひしと伝わってくる。

「明日嘉は、日菜詩ちゃんの気持ち知ってる?」

 朝陽さんの優しい問いに、こくりとうなずく。

「あいつ、なんて?」
「……明日嘉くんは恋人を作ることに消極的で」
「それは……、そうかもしれないね」
「もし恋人が欲しいとか、そんな気持ちになっても……、その相手は私じゃないんです……」
「それでも好き?」

 そう問われたら、胸がずきりと痛む。

「……ごめんなさい」
「どうして謝るの? 日菜詩ちゃんは何も悪くないよ。俺が困らせてるだけなんだ」
「でも、私……」

 震える指を彼はそっと握ってくれる。

「俺は好きだよ、日菜詩ちゃんのこと。気持ちが変わってくれたらいいって今でも思ってる。日菜詩ちゃんの気持ちを知っても、未練が残らないようにまだ好きでいるよ」
「……未練?」
「日菜詩ちゃんもさ、納得できるまで好きでいたらいいよ。後悔しないように」
「朝陽さん……」

 切ない目をする朝陽さんから目が離せない。

 朝陽さんはしたんだろうか、後悔を。諦められない気持ちに蓋をして、無理やりその思いを隠したりしたから、未練を残した過去があるのだろうか。 

「あの、朝陽さん……」
「あ、ちょっと待って、メールだ」

 朝陽さんはポケットに手を入れるとスマホを取り出す。メールを確認したのか、ちょっと苦笑いする。

「帰ろうか、日菜詩ちゃん」
「え?」
「麻那香ちゃん、友達の家に泊まるとか言い出してるよ。帰って来ないつもりみたいだ。さすがに日菜詩ちゃん一人置いて俺も帰れないし……、まだ時間も早いから、日菜詩ちゃんも家に帰るといいよ」

 麻那香からのメールを彼は見せてくれる。彼の言うように、帰るつもりがないことと、家の鍵は帰る時にポストに入れてくれていいとまで書かれている。

 変に気を回し過ぎだ。そういうように朝陽さんはまたくすりと笑い、ソファーから立ち上がると私の手を引いた。

「タクシー呼ぶよ。帰る準備しようか、日菜詩ちゃん」
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