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夏の果
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「日菜詩ちゃん、お疲れさま。何か飲む?」
「あ……、はい。なんだか、みんなすごくて」
疲れきって乱れた前髪を整える私を見て、朝陽さんはくすりと笑う。
「でも楽しそうだったよ。来て良かったね」
パーティーに招待されたサークルメンバーは、朝陽さんを除いて全員女の子だった。
麻那香が私を彼女たちに紹介すると、「かわいいー」「お人形さんみたいっ」「顔小さいー」など、普段言われたことのない賛美が降り注いだ。そして麻那香にも話したことのないようなプライベートを聞かれ、めまぐるしい会話が続いた。
興味のあることを一通り聞き終えた彼女たちは私を解放し、今はもう映画の話で盛り上がっている。
そして取り残された私は、窓際のソファーに座っていた朝陽さんに挨拶に来たところだった。
「テニスサークルに入る気になった?」
「あ……、それは……」
「いいよいいよ。ちょっと聞いただけだから。俺ももう引退だしさ。サークルに入ってない方が日菜詩ちゃん誘いやすいから、入らなくてもいいかな」
朝陽さんはソファーに座るように私を促し、テーブルの上に用意されたアイスティーをグラスに注いで渡してくれる。
「テーブルの上のものは勝手に食べていいよ、だって。全部麻那香ちゃんが手配してくれたみたいだ。意外とマメだよね? 彼女」
朝陽さんは麻那香の話をして、話しやすい雰囲気を作ってくれる。
彼はもう一つアイスティーを注ぎ、私の隣へ座る。ひざがわずかにすれる。それに気づいた彼はすぐにひざを離したが、近い距離に緊張してしまう。麻那香の話をしようと思っていたのに、言葉がどこかへ消えてしまう。
返事を待っているのか、朝陽さんは何も言わない。グラスを口に運ぶ私の横顔を彼が見ているような気がして、ますます緊張しながらこくりとアイスティーを飲む。
アイスティーがわずかに緊張をほぐしてくれる。そして勇気を出して彼を見上げると、案の定彼と目が合う。
「……あの、朝陽さん、就職活動は?」
「もう内定もらってるよ」
「そ、そうですよね」
「なにか、気になることあった?」
「あ、いえ、……時間あるのかなって思って」
「日菜詩ちゃんに会う時間ならいくらでも作るよ。次はいつ会えるのかなってもう考えてる」
返事に困る。そういう話にならないようにと思って関係のない話をしたのに、結局その話になってしまう。
「さっき大きな荷物持ってきてたけど、何かあるの?」
朝陽さんはふと思い出したようにそう尋ねる。
「今日はこのまま一泊するつもりで」
「そうなんだ? みんな夕方には帰るって言ってたけど、日菜詩ちゃんだけ特別かな」
「たまにはゆっくり話そうっていうことになって」
「それはいいね。じゃあ、あさってメールしてもいいかな? 夏休みにもう一度会いたいから」
「えっ、あ、……それは」
困ります。もう会えません。そう言わなきゃと思いながらも言えない。朝陽さんと友人としてならこれからも会いたいと思っているのだ。
「日菜詩ちゃんって素直だね。顔に出てる」
朝陽さんはくすりと笑って、私の髪に手を伸ばす。
優しい眼差しにドキドキするけど、違うのだと思う。明日嘉くんと一緒にいて感じるドキドキはこんなものじゃない。
「また会いたいって思ってもらえる努力するよ」
わかってる。朝陽さんは私の気持ちわかってて、悲しみを奥に秘めた目で私に触れようとする。
「好きに……なってもらえるかな?」
小さな声だった。周囲の話し声にかき消されてしまいそうなほど。だけど、私の耳にはしっかり届いた。
「日菜詩ちゃん……」
返事が欲しそうに彼が私の髪に触れようとしたその時、麻那香が叫ぶ。
「紅先輩来たみたい! 迎えに行ってくるねー」
麻那香がスマホを持ったまま慌ただしくリビングを出ていく。
「また後で話そう……」
朝陽さんは小さくため息を吐き出すと、手をゆっくりと下にさげた。
「日菜詩ちゃん、お疲れさま。何か飲む?」
「あ……、はい。なんだか、みんなすごくて」
疲れきって乱れた前髪を整える私を見て、朝陽さんはくすりと笑う。
「でも楽しそうだったよ。来て良かったね」
パーティーに招待されたサークルメンバーは、朝陽さんを除いて全員女の子だった。
麻那香が私を彼女たちに紹介すると、「かわいいー」「お人形さんみたいっ」「顔小さいー」など、普段言われたことのない賛美が降り注いだ。そして麻那香にも話したことのないようなプライベートを聞かれ、めまぐるしい会話が続いた。
興味のあることを一通り聞き終えた彼女たちは私を解放し、今はもう映画の話で盛り上がっている。
そして取り残された私は、窓際のソファーに座っていた朝陽さんに挨拶に来たところだった。
「テニスサークルに入る気になった?」
「あ……、それは……」
「いいよいいよ。ちょっと聞いただけだから。俺ももう引退だしさ。サークルに入ってない方が日菜詩ちゃん誘いやすいから、入らなくてもいいかな」
朝陽さんはソファーに座るように私を促し、テーブルの上に用意されたアイスティーをグラスに注いで渡してくれる。
「テーブルの上のものは勝手に食べていいよ、だって。全部麻那香ちゃんが手配してくれたみたいだ。意外とマメだよね? 彼女」
朝陽さんは麻那香の話をして、話しやすい雰囲気を作ってくれる。
彼はもう一つアイスティーを注ぎ、私の隣へ座る。ひざがわずかにすれる。それに気づいた彼はすぐにひざを離したが、近い距離に緊張してしまう。麻那香の話をしようと思っていたのに、言葉がどこかへ消えてしまう。
返事を待っているのか、朝陽さんは何も言わない。グラスを口に運ぶ私の横顔を彼が見ているような気がして、ますます緊張しながらこくりとアイスティーを飲む。
アイスティーがわずかに緊張をほぐしてくれる。そして勇気を出して彼を見上げると、案の定彼と目が合う。
「……あの、朝陽さん、就職活動は?」
「もう内定もらってるよ」
「そ、そうですよね」
「なにか、気になることあった?」
「あ、いえ、……時間あるのかなって思って」
「日菜詩ちゃんに会う時間ならいくらでも作るよ。次はいつ会えるのかなってもう考えてる」
返事に困る。そういう話にならないようにと思って関係のない話をしたのに、結局その話になってしまう。
「さっき大きな荷物持ってきてたけど、何かあるの?」
朝陽さんはふと思い出したようにそう尋ねる。
「今日はこのまま一泊するつもりで」
「そうなんだ? みんな夕方には帰るって言ってたけど、日菜詩ちゃんだけ特別かな」
「たまにはゆっくり話そうっていうことになって」
「それはいいね。じゃあ、あさってメールしてもいいかな? 夏休みにもう一度会いたいから」
「えっ、あ、……それは」
困ります。もう会えません。そう言わなきゃと思いながらも言えない。朝陽さんと友人としてならこれからも会いたいと思っているのだ。
「日菜詩ちゃんって素直だね。顔に出てる」
朝陽さんはくすりと笑って、私の髪に手を伸ばす。
優しい眼差しにドキドキするけど、違うのだと思う。明日嘉くんと一緒にいて感じるドキドキはこんなものじゃない。
「また会いたいって思ってもらえる努力するよ」
わかってる。朝陽さんは私の気持ちわかってて、悲しみを奥に秘めた目で私に触れようとする。
「好きに……なってもらえるかな?」
小さな声だった。周囲の話し声にかき消されてしまいそうなほど。だけど、私の耳にはしっかり届いた。
「日菜詩ちゃん……」
返事が欲しそうに彼が私の髪に触れようとしたその時、麻那香が叫ぶ。
「紅先輩来たみたい! 迎えに行ってくるねー」
麻那香がスマホを持ったまま慌ただしくリビングを出ていく。
「また後で話そう……」
朝陽さんは小さくため息を吐き出すと、手をゆっくりと下にさげた。
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