2 / 67
風光る
2
しおりを挟む
*
「日菜詩ー、また散歩行ってたの?」
レンガの小道を抜け、無機質なアスファルトの上をとぼとぼと歩きながら、社会福祉学部のある校舎へ向かっていると、木陰から一人の女子生徒が飛び出してきた。
淡いピンクのふんわりとしたスカートがよく似合う、フランス人形のような愛くるしい瞳の持ち主の彼女は、友人の天道麻那香だ。
「ごめんねー、麻那香。次の講義受けないけど、もしかして待ってた?」
すぐに駆け寄って、顔の前で両手を合わせるが、おおらかな性格の麻那香は全く気にしてない様子で微笑んだ。
「どこ行ってたの? せっかくの日傘もささないで、日焼けするよ?」
そう言って、麻那香は私から日傘を取り上げると素早く開く。麻那香の差した日傘の影が私の肌に落ち、彼女の茶色の巻き髪が太陽の光でキラキラと輝く。
「ありがとう、麻那香」
麻那香が差し出す傘の柄をつかみ、私より肌の白い彼女が日に焼けないよう、二人で傘の下に入る。
「日菜詩、体調悪くて帰った日から変だよ? 何かあった? 良かったら相談に乗るよ」
「あ、うん……、別にね、麻那香に話せないような隠し事があるとかじゃないよ」
「じゃあ話してみて」
「でももう、いいかな」
「どうして?」
「たぶんもう、あそこには行かないから」
そう言って、来た道を振り返る。
周囲との景観から一線を画す図書館は普段と変わらず威風堂々とそこにあり、来訪者を拒むわけでもないのに、消極的な私はそれらを拒もうとしている。
「もしかして、図書館の裏庭に行ってたの?」
麻那香はなぜだかひどく驚いたように言う。
「うん……。ほら、麻那香が言ったみたいに、この間、具合悪くて帰った日にね、北門にお父さんが迎えに来てくれたから、近道しようと思って図書館の裏から北門に向かったの。それであの道を見つけて」
「半年前に工事したんだっけ? 綺麗な庭があるんだってね。私も一度見に行こうかなって思ってたんだけど……」
「うん。すごく綺麗なところだよ。あんまり知られてないのかな? 全然人がいないの」
「あ、それって」
麻那香はすぐに何かに気づいたようだ。
「なに?」
「あしたくんのせいじゃない?」
「え、なに? あしたくん?」
なんのことだろう。聞いたことのない名前だし、すぐには何も連想できない。
怪訝そうにする私に身を寄せた彼女は、周りをきょろきょろと見回してから耳打ちする。
「あしたくんが裏庭に来る人たちを怖がらせるんだって噂」
「お化けが出るの?」
ちょっとゾッとする。あの穏やかな空間からは想像もつかなくて、考えてもみなかった。
「さあ、お化けかどうかまでは知らない。みんな、その話にはあんまり触れたくないみたいで、とにかく行かない方がいいよって」
「そうなんだ……」
「でももう行かないんだよね? これからは正門から帰ろう。変な噂の立つ場所には行かないのが一番だって」
「あ、うん、そうだね」
図書館の窓から見えたあの青年に会えなくなるのは残念だけど、どちらにしろ迷惑だと言われてしまったのだ。麻那香の話に反論する必要もない。
「あ、そうだ、日菜詩。今から図書館行かない? 次の講義まで時間あるし。まだ改築してから行ってないしね」
「図書館?」
「いや?」
麻那香は敏感だ。とかく嫌な顔をしたわけでもないのに、私の気持ちを悟るのが早い。
「あ、いやっていうか」
もしかしたら窓辺の青年に出くわすかもしれない。会ったからって気後れする必要もないけど、もしまた顔を合わせたらと思うと消極的になってしまう。
「ちょっとだけ。ね。中を見て回りたいだけだから」
それが困るのだ。そう思ったが、麻那香の頼みを断ることがなかなか出来ない私は、「ぐずぐずしてると時間なくなっちゃうよ」と歩き出す彼女の後をしぶしぶとついていった。
「日菜詩ー、また散歩行ってたの?」
レンガの小道を抜け、無機質なアスファルトの上をとぼとぼと歩きながら、社会福祉学部のある校舎へ向かっていると、木陰から一人の女子生徒が飛び出してきた。
淡いピンクのふんわりとしたスカートがよく似合う、フランス人形のような愛くるしい瞳の持ち主の彼女は、友人の天道麻那香だ。
「ごめんねー、麻那香。次の講義受けないけど、もしかして待ってた?」
すぐに駆け寄って、顔の前で両手を合わせるが、おおらかな性格の麻那香は全く気にしてない様子で微笑んだ。
「どこ行ってたの? せっかくの日傘もささないで、日焼けするよ?」
そう言って、麻那香は私から日傘を取り上げると素早く開く。麻那香の差した日傘の影が私の肌に落ち、彼女の茶色の巻き髪が太陽の光でキラキラと輝く。
「ありがとう、麻那香」
麻那香が差し出す傘の柄をつかみ、私より肌の白い彼女が日に焼けないよう、二人で傘の下に入る。
「日菜詩、体調悪くて帰った日から変だよ? 何かあった? 良かったら相談に乗るよ」
「あ、うん……、別にね、麻那香に話せないような隠し事があるとかじゃないよ」
「じゃあ話してみて」
「でももう、いいかな」
「どうして?」
「たぶんもう、あそこには行かないから」
そう言って、来た道を振り返る。
周囲との景観から一線を画す図書館は普段と変わらず威風堂々とそこにあり、来訪者を拒むわけでもないのに、消極的な私はそれらを拒もうとしている。
「もしかして、図書館の裏庭に行ってたの?」
麻那香はなぜだかひどく驚いたように言う。
「うん……。ほら、麻那香が言ったみたいに、この間、具合悪くて帰った日にね、北門にお父さんが迎えに来てくれたから、近道しようと思って図書館の裏から北門に向かったの。それであの道を見つけて」
「半年前に工事したんだっけ? 綺麗な庭があるんだってね。私も一度見に行こうかなって思ってたんだけど……」
「うん。すごく綺麗なところだよ。あんまり知られてないのかな? 全然人がいないの」
「あ、それって」
麻那香はすぐに何かに気づいたようだ。
「なに?」
「あしたくんのせいじゃない?」
「え、なに? あしたくん?」
なんのことだろう。聞いたことのない名前だし、すぐには何も連想できない。
怪訝そうにする私に身を寄せた彼女は、周りをきょろきょろと見回してから耳打ちする。
「あしたくんが裏庭に来る人たちを怖がらせるんだって噂」
「お化けが出るの?」
ちょっとゾッとする。あの穏やかな空間からは想像もつかなくて、考えてもみなかった。
「さあ、お化けかどうかまでは知らない。みんな、その話にはあんまり触れたくないみたいで、とにかく行かない方がいいよって」
「そうなんだ……」
「でももう行かないんだよね? これからは正門から帰ろう。変な噂の立つ場所には行かないのが一番だって」
「あ、うん、そうだね」
図書館の窓から見えたあの青年に会えなくなるのは残念だけど、どちらにしろ迷惑だと言われてしまったのだ。麻那香の話に反論する必要もない。
「あ、そうだ、日菜詩。今から図書館行かない? 次の講義まで時間あるし。まだ改築してから行ってないしね」
「図書館?」
「いや?」
麻那香は敏感だ。とかく嫌な顔をしたわけでもないのに、私の気持ちを悟るのが早い。
「あ、いやっていうか」
もしかしたら窓辺の青年に出くわすかもしれない。会ったからって気後れする必要もないけど、もしまた顔を合わせたらと思うと消極的になってしまう。
「ちょっとだけ。ね。中を見て回りたいだけだから」
それが困るのだ。そう思ったが、麻那香の頼みを断ることがなかなか出来ない私は、「ぐずぐずしてると時間なくなっちゃうよ」と歩き出す彼女の後をしぶしぶとついていった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~
美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』
★変態美男子の『千鶴』と
バイオレンスな『澪』が送る
愛と笑いの物語!
ドタバタラブ?コメディー
ギャグ50%シリアス50%の比率
でお送り致します。
※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。
※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。
※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。
改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。
2007年12月16日 執筆開始
2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止)
2022年6月28日 アルファポリス様にて転用
※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。
現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
強欲御曹司の溺愛
水城ひさぎ
恋愛
ブティック『リトルグレイス』で働く西川つばさは、店長の美梨に連れられて、ウェディングドレスの試着会に出かける。そこで、国内有数のリゾート開発企業、海堂グループの御曹司、海堂佑磨と出会う。
後日、リトルグレイスにやってきた佑磨はつばさに、「ひとめぼれした。結婚してほしい」と急接近。
一方、つばさの両親は多額の相続税がかかる土地に苦悩していた。つばさは相続税の肩代わりと引き換えに、佑磨との結婚を承諾する。しかし、つばさはその土地目当てに彼がプロポーズしたと気づいてしまい……。
それらすべてが愛になる
青砥アヲ
恋愛
(旧題:この恋だけは、想定外)
工藤清流(くどうせいる)は中学のときに両親を亡くして以来、叔母夫婦に引き取られて育った。
訳あって大学を休学した影響で就職活動が上手くいかず、お見合い結婚をするよう叔母夫婦から言い渡されてしまう。
そしてお見合い当日。
偶然再会したのは、以前海外旅行先で助けてもらった維城商事の御曹司、加賀城洸(かがしろたける)だった。
出世と女除けのためにとりあえずの結婚を望む洸は、就職の面倒をみる見返りにと強引に話を進めようとするも、清流は「絶対結婚はしない」と反発する。
試用期間6ヶ月を条件に、一つ屋根の下で暮らすことになった2人。
少しずつ距離が縮まっていくかに思えたが…?
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆他サイトにも掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる