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隠し切れぬ思いの未来
13
しおりを挟む新居となるマンションは、綾城堂から車で10分ほどの距離にあった。
千隼さんはいずれ、桐生の家から離れたいという気持ちがあり、桐生家の後継ぎとなる弟の邪魔にならないようにと、桐生邸の側からあえて離れ、綾城邸の近くに建設されたばかりの、新築マンションを購入してくれた。
和室での暮らしが慣れている私のために、洋室をリノベーションして、リビングと続き間になる和室を用意してくれた。その代わり、寝室はキングサイズのベッドでと、条件を出されたのだけど。
引越しの荷物を運び終えると、少し休憩しようと、千隼さんは私をリビングのソファに腰をおろさせ、ポケットから折りたたまれたメモ紙を取り出した。
「名前を考えてみたんだ。女の子だろう? かわいらしい名前がいいかなと思ってさ」
彼はうれしげに報告する。ずっと考えてくれてたみたい。
「どんなお名前?」
「つゆりがいくつか、こういう文字を使いたいってピックアップしてくれただろう?」
「一月生まれになりそうだから、睦月の睦を使いたいってお話しましたね」
出産予定日は、一月。西園寺叶羽の誕生日と同じ月。運命めいたものを感じたのは、惣一郎さんが私と千隼さんを引き寄せてくれたのかもしれないと思うからだろう。
「うん。睦月、花、愛、美しい、優しい……いろいろ考えて、この3つはどうだろう? つゆりが気に入るといいんだけどね」
千隼さんの差し出す紙を受け取り、そこに書かれた名前を眺める。どれも愛らしい名前だ。
「そうですねー。私、一番上の、美睦がいいです」
あまり迷わずに答えると、彼もうれしそうに笑む。
「俺も、それが一番いいなって思ってたよ」
「本当? では、第一候補ですね。生まれたら、お顔を見て、この中から決めましょう?」
「それがいいな。でもきっと、美睦になるよ。うん、そんな気がする」
「そうですね、私もそんな気がします」
千隼さんは上機嫌に笑って、私の肩に腕を回すと、お腹のふくらみに触れる。大きくて、温かな手に触れられると、私も彼に触れたくなる。
彼の胸にあたまを預ける。そっと髪をなでられて、「つゆり」と優しく名前を呼ばれたかと思うと、甘いキスが落ちてくる。千隼さんのキスはいつも優しい。
「美睦が生まれたらさ、披露宴を開こう。結婚式の和装もよかったけど、今度はドレスが着れるね。ドレス姿のつゆりも綺麗だろうね」
未来を眺め見るように、千隼さんは目を細める。
「披露宴の次は、美睦の誕生日会をやろう。家族3人で、ケーキを囲んでさ。食べ切れないケーキを前に笑い合うんだ。そのうち、美睦も大きくなって、話をしてくれるようになるんだろうなぁ」
家族の形はそれぞれだけれど、西園寺武彦の息子でありながら、桐生家で育った彼は、きっと、ちょっとだけさみしい思いをしてたんじゃないかと思う。
だからといって、惣一郎さんの弟として育つ人生も、今の彼には想像できないのだろう。
今はただ、桐生家長子でありながら、後継を弟の千蔭に譲り、新しい桐生家を作りたいって思ってる。
私も、千隼さんと同じように、明るい日差しの差し込むリビングへと視線を移した。
リビングを駆け回る美睦が、「パパっ」って千隼さんに抱きついて、美睦を抱き上げる彼が、キッチンでお料理する私を振り返って、優しい笑顔を見せる。
彼の理想がつまった未来は、想像ではなくて、とてもリアルに思い浮かぶ。
「千隼さんと結婚できて、幸せです」
千隼さんのいない結婚なんて、想像したらいけなかったのだと思う。
「俺もだよ、つゆり」
「美睦も必ず、千隼さんの子に生まれてよかったって思ってくれますよ」
「ああ、そうなるといいね」
「なりますよ、絶対」
見つめ合って、ふふっと笑った私たちは、ふたたび寄り添い、唇を合わせた。
【完】
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