3 / 60
満月は、吉兆か凶兆か
3
しおりを挟む
*
綾城邸から西へ進んだ一本道の先に、小さな公園ほどの広さの庭付き平家住宅が存在している。
綾城家当主の妻、天音が地域住人と交流を深めるための憩いの場、綾城堂を建てたのは、私がちょうど、高校に進学した時期と重なる。
兄が父の会社に就職、妹も小学校を卒業し、母に余裕が生まれた頃でもあったのだろう。
あれから、綾城堂は数年の歳月を経た。母の天音は週の3日ほどを利用し、華道、書道、着付け教室を開いている。
土曜日の今日は教室はなく、天音に誘われて、私は花を生けていた。一月にしては日差しの温かく、一見、穏やかな休日を迎えている。
「お母さま、本日は西園寺さまにご夕食のお誘いをいただきました。夕方になりましたら、出かけてまいります」
完成した生け花を眺める天音に、平常心を保ちながら伝える。
昨夜はひどく動揺していた。しかし、惣一郎さんの死は両親にも内密に、と言った武彦の仰せつけを守らねばという信念が、私を気丈にさせている。
「あら、そうなの。昨夜も急に呼ばれて。混み入ったお話でも?」
花器に花咲く椿へ向けていた視線を、天音はゆっくりと私へ移し、引っかかりを覚えたように小首をかしげた。
綾城家と西園寺家の縁組は、私が生まれた時に決められた。破談になるなどありえない。順調しかない婚約に、何か水を差すような事由ができたのかと心配したのだろう。
「結婚式に関して、大事な打ち合わせがあるそうで」
「つゆりの支度は綾城が責任を持って準備しますから、お任せくださいと伝えてね」
「はい、ありがとうございます」
四月には、神前式での伝統的な挙式を行い、その後、有名ホテルで盛大な披露宴を催し、西園寺家に嫁ぐ予定だった。
惣一郎さんがいない今、挙式も披露宴も行えない。それについて、今夜、武彦から相談があるのだろう。
西園寺家は政治家を輩出する名家中の名家で、綾城家と同格の資産家。惣一郎さんは個人投資家で、あまり人前に出る仕事はしていなかったけれど、亡くなったことを隠し続けるのは難しいように思う。
「良いご縁をいただきましたね、つゆり」
ふんわりと笑む天音に、微笑み返す。
惣一郎さんが亡くなったと公になったら、私はどうなるのだろう。また別の人との縁談が持ち上がるのだろうか。
今はまだ、そんな気持ちになれない。惣一郎さんにはすべて理解してもらっていた。だからこそ、結婚する決意ができた。惣一郎さんがいない今、あの人でないなら、一生独身でもいいと思っている。
綾城邸から西へ進んだ一本道の先に、小さな公園ほどの広さの庭付き平家住宅が存在している。
綾城家当主の妻、天音が地域住人と交流を深めるための憩いの場、綾城堂を建てたのは、私がちょうど、高校に進学した時期と重なる。
兄が父の会社に就職、妹も小学校を卒業し、母に余裕が生まれた頃でもあったのだろう。
あれから、綾城堂は数年の歳月を経た。母の天音は週の3日ほどを利用し、華道、書道、着付け教室を開いている。
土曜日の今日は教室はなく、天音に誘われて、私は花を生けていた。一月にしては日差しの温かく、一見、穏やかな休日を迎えている。
「お母さま、本日は西園寺さまにご夕食のお誘いをいただきました。夕方になりましたら、出かけてまいります」
完成した生け花を眺める天音に、平常心を保ちながら伝える。
昨夜はひどく動揺していた。しかし、惣一郎さんの死は両親にも内密に、と言った武彦の仰せつけを守らねばという信念が、私を気丈にさせている。
「あら、そうなの。昨夜も急に呼ばれて。混み入ったお話でも?」
花器に花咲く椿へ向けていた視線を、天音はゆっくりと私へ移し、引っかかりを覚えたように小首をかしげた。
綾城家と西園寺家の縁組は、私が生まれた時に決められた。破談になるなどありえない。順調しかない婚約に、何か水を差すような事由ができたのかと心配したのだろう。
「結婚式に関して、大事な打ち合わせがあるそうで」
「つゆりの支度は綾城が責任を持って準備しますから、お任せくださいと伝えてね」
「はい、ありがとうございます」
四月には、神前式での伝統的な挙式を行い、その後、有名ホテルで盛大な披露宴を催し、西園寺家に嫁ぐ予定だった。
惣一郎さんがいない今、挙式も披露宴も行えない。それについて、今夜、武彦から相談があるのだろう。
西園寺家は政治家を輩出する名家中の名家で、綾城家と同格の資産家。惣一郎さんは個人投資家で、あまり人前に出る仕事はしていなかったけれど、亡くなったことを隠し続けるのは難しいように思う。
「良いご縁をいただきましたね、つゆり」
ふんわりと笑む天音に、微笑み返す。
惣一郎さんが亡くなったと公になったら、私はどうなるのだろう。また別の人との縁談が持ち上がるのだろうか。
今はまだ、そんな気持ちになれない。惣一郎さんにはすべて理解してもらっていた。だからこそ、結婚する決意ができた。惣一郎さんがいない今、あの人でないなら、一生独身でもいいと思っている。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~
一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。
だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。
そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
絶倫彼は私を離さない~あぁ、私は貴方の虜で快楽に堕ちる~
一ノ瀬 彩音
恋愛
私の彼氏は絶倫で、毎日愛されていく私は、すっかり彼の虜になってしまうのですが
そんな彼が大好きなのです。
今日も可愛がられている私は、意地悪な彼氏に愛され続けていき、
次第に染め上げられてしまうのですが……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった
ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。
あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。
細かいことは気にしないでください!
他サイトにも掲載しています。
注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる