63 / 84
第四話 霊媒師は死してのち真実を語る
12
しおりを挟む
*
「迷惑を承知で、清華さんのアパートを訪ねてみました。こじんまりとした生活でしたが、不自由なく暮らしているようでしたよ」
「それを喜んでいいんだろうか」
千鶴さんの身体を借りる達也は、小さなため息をつく。
「今ごろ真相は解決済みで、先輩とはもう二度と会えないと思っていましたが、すみません」
俺の仮説が正しければ、今日八戸城菜月から話を聞いて解決するはずだった。
しかし、先輩の心残りを取り去ってやることはできなかった。そして、千鶴さんの身体にかかる負担を減らすこともできていない。
「それもまた複雑だね。御影くんとはずっと話していたい気もするよ」
「八戸城さんが先輩を刺したのだと思っていました。それなら解決しなくてもいいのかと思ったりもしましたが、やはりそういうわけにはいきませんね」
「それなら解決しなくてもいい……、か。らしくないことを言うね」
達也が笑うから、つられて俺もちょっと笑ってしまう。
「俺は刑事じゃないですよ」
「まあそうか。俺が望まないものは調べる必要はないよな」
「先輩は疑っていたんですよね、八戸城さんを。先輩を呼び出したのは彼女ですから」
少しばかり酒を飲みたそうにあたりを見回す達也だが、何もないことを知ると、目の前の緑茶をすする。そして、湯のみを円卓に置くと同時に息を吐き出す。
「菜月くんじゃないのか、俺を刺したのは」
「おそらく。八戸城さんが嘘をついているようには感じませんでした」
「俺は彼女にうらまれてるよ」
「好意に気づかないふりをして、突き放したからですか」
図星だろう。達也は苦渋に満ちた表情をする。
「八戸城さんを受け入れる道はありませんでしたか? そうすれば……」
「そうすれば、俺は死なずにすんだか。でもなあ、御影くん、清華を幸せにできなかったのに、菜月くんを幸せにできるはずがないよ」
達也はきっぱりとそう答えた。
清華を大切に思い、菜月を突き放せない彼の思いが誰に向いているのかわからない。
しかし、達也はさみしげに言う。
「今となっては、御影くんのように、素直になればよかったかもしれないね」
「俺みたいに、ですか」
「そうだよ。君は妹のように思っていたはずの女性に思いを告げたじゃないか」
「つまり先輩は……」
それ以上言うな、とばかりに達也は首を左右に振る。
「八戸城さんとはどこで出会ったんです?」
そのことについて、清華は何も知らないようだった。
夫婦の溝は、八戸城菜月が堤家へ来たときから生まれていたのだろう。
「仕事でね、出会ったよ」
あっさりと、達也は告白する。何もやましいことはないと言っているかのようだ。
「御影くんも承知の通り、俺の除霊には霊媒がいる。その役目を清華が長くつとめてくれていたが、家のことも子育てもきちんとこなす彼女の負担が大きくなってると感じるようになってね」
「代わりになる助手を探していたんですね」
「たまたまだったんだ。仕事で訪れた旅館で、清華が体調を崩してね。仲居だった菜月くんが手伝いたいと申し出てくれた。菜月くんはもともと霊感の強い女性でね、その覚悟もあった」
「だから相談もなく、そのまま八戸城さんを連れて自宅に戻られた?」
とがめたように聞こえただろう。達也は苦笑ばかりする。
「清華を心配させないためだった。彼女のことを何も理解できてなかったよ」
それは俺も同じだろうか。
千鶴さんのすべてを理解しているか、と言われたら、返答に困る。
千鶴さんがどういうことに興味があるのか、どういうことで楽しいと感じるのか、俺はきっと何もわかっていない。
しかし、夫婦とはそういうものでもあるのだろう。俺たちはまだ、これから長い月日をかけてわかり合っていく途中にいるのだ。
簡単に手放すなんて、絶対にしない。そこは達也たちとは違う。断言できる。
「清華さんと何かあったんですか?」
離婚につながる決定的な、何か。
俺を一瞥した達也は、がっくりを肩を落とす。
「子どもを産んだことに後悔はないが、父親はあなたでなくても良かった。そう言われたよ」
投げやりで、憔悴した声で彼はそう言った。
「誰か別に、心を寄せる男性がいたのでしょうか」
脳裏に、佐久間剛の顔がよぎる。
佐久間と清華。ふたりの年齢を考えたら、親子ほどの差がある。しかし、清華にはどの年代の男性をも惹きつける魅力があるのも事実。
「それもわからない。俺を慕ってくれてると思い込んでいたからな」
「先輩は魅力的ですよ」
清華の心変わりが嘘であればいい。そう思うぐらいに、男の目から見ても魅力的だ。だからこそ、俺は達也を慕ってやまない。
「そうかな。清華にはこうも言われたよ。結婚生活は苦しいばかりだった。来世は結婚しないで生きれるようにしたい、ってね」
結婚生活を全否定された。
そう思って、達也は離婚に応じたのだと、悲しげに言う。
「苦しいことばかりだったとは思いませんよ、俺は」
「御影くんは優しいね。あの頃の俺は、気持ちの落とし所がわからなくなってね。もう死んでもいいな、と思ったりもしたよ。だから、遺書なんてものも書いたのかもな。いっときの気の迷いが、まさか俺の死因になるとはね。皮肉だね」
「迷惑を承知で、清華さんのアパートを訪ねてみました。こじんまりとした生活でしたが、不自由なく暮らしているようでしたよ」
「それを喜んでいいんだろうか」
千鶴さんの身体を借りる達也は、小さなため息をつく。
「今ごろ真相は解決済みで、先輩とはもう二度と会えないと思っていましたが、すみません」
俺の仮説が正しければ、今日八戸城菜月から話を聞いて解決するはずだった。
しかし、先輩の心残りを取り去ってやることはできなかった。そして、千鶴さんの身体にかかる負担を減らすこともできていない。
「それもまた複雑だね。御影くんとはずっと話していたい気もするよ」
「八戸城さんが先輩を刺したのだと思っていました。それなら解決しなくてもいいのかと思ったりもしましたが、やはりそういうわけにはいきませんね」
「それなら解決しなくてもいい……、か。らしくないことを言うね」
達也が笑うから、つられて俺もちょっと笑ってしまう。
「俺は刑事じゃないですよ」
「まあそうか。俺が望まないものは調べる必要はないよな」
「先輩は疑っていたんですよね、八戸城さんを。先輩を呼び出したのは彼女ですから」
少しばかり酒を飲みたそうにあたりを見回す達也だが、何もないことを知ると、目の前の緑茶をすする。そして、湯のみを円卓に置くと同時に息を吐き出す。
「菜月くんじゃないのか、俺を刺したのは」
「おそらく。八戸城さんが嘘をついているようには感じませんでした」
「俺は彼女にうらまれてるよ」
「好意に気づかないふりをして、突き放したからですか」
図星だろう。達也は苦渋に満ちた表情をする。
「八戸城さんを受け入れる道はありませんでしたか? そうすれば……」
「そうすれば、俺は死なずにすんだか。でもなあ、御影くん、清華を幸せにできなかったのに、菜月くんを幸せにできるはずがないよ」
達也はきっぱりとそう答えた。
清華を大切に思い、菜月を突き放せない彼の思いが誰に向いているのかわからない。
しかし、達也はさみしげに言う。
「今となっては、御影くんのように、素直になればよかったかもしれないね」
「俺みたいに、ですか」
「そうだよ。君は妹のように思っていたはずの女性に思いを告げたじゃないか」
「つまり先輩は……」
それ以上言うな、とばかりに達也は首を左右に振る。
「八戸城さんとはどこで出会ったんです?」
そのことについて、清華は何も知らないようだった。
夫婦の溝は、八戸城菜月が堤家へ来たときから生まれていたのだろう。
「仕事でね、出会ったよ」
あっさりと、達也は告白する。何もやましいことはないと言っているかのようだ。
「御影くんも承知の通り、俺の除霊には霊媒がいる。その役目を清華が長くつとめてくれていたが、家のことも子育てもきちんとこなす彼女の負担が大きくなってると感じるようになってね」
「代わりになる助手を探していたんですね」
「たまたまだったんだ。仕事で訪れた旅館で、清華が体調を崩してね。仲居だった菜月くんが手伝いたいと申し出てくれた。菜月くんはもともと霊感の強い女性でね、その覚悟もあった」
「だから相談もなく、そのまま八戸城さんを連れて自宅に戻られた?」
とがめたように聞こえただろう。達也は苦笑ばかりする。
「清華を心配させないためだった。彼女のことを何も理解できてなかったよ」
それは俺も同じだろうか。
千鶴さんのすべてを理解しているか、と言われたら、返答に困る。
千鶴さんがどういうことに興味があるのか、どういうことで楽しいと感じるのか、俺はきっと何もわかっていない。
しかし、夫婦とはそういうものでもあるのだろう。俺たちはまだ、これから長い月日をかけてわかり合っていく途中にいるのだ。
簡単に手放すなんて、絶対にしない。そこは達也たちとは違う。断言できる。
「清華さんと何かあったんですか?」
離婚につながる決定的な、何か。
俺を一瞥した達也は、がっくりを肩を落とす。
「子どもを産んだことに後悔はないが、父親はあなたでなくても良かった。そう言われたよ」
投げやりで、憔悴した声で彼はそう言った。
「誰か別に、心を寄せる男性がいたのでしょうか」
脳裏に、佐久間剛の顔がよぎる。
佐久間と清華。ふたりの年齢を考えたら、親子ほどの差がある。しかし、清華にはどの年代の男性をも惹きつける魅力があるのも事実。
「それもわからない。俺を慕ってくれてると思い込んでいたからな」
「先輩は魅力的ですよ」
清華の心変わりが嘘であればいい。そう思うぐらいに、男の目から見ても魅力的だ。だからこそ、俺は達也を慕ってやまない。
「そうかな。清華にはこうも言われたよ。結婚生活は苦しいばかりだった。来世は結婚しないで生きれるようにしたい、ってね」
結婚生活を全否定された。
そう思って、達也は離婚に応じたのだと、悲しげに言う。
「苦しいことばかりだったとは思いませんよ、俺は」
「御影くんは優しいね。あの頃の俺は、気持ちの落とし所がわからなくなってね。もう死んでもいいな、と思ったりもしたよ。だから、遺書なんてものも書いたのかもな。いっときの気の迷いが、まさか俺の死因になるとはね。皮肉だね」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる