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手放したくない幸福
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「ここのパスタが美味しくてね。前から、みちるを連れてきたいって思ってたんだよ」
仁志さんと訪れたレストランは、駅近くのホテル内にあった。平日の昼間だからか、多くの女性客でにぎわっている。
和やかな雰囲気の中、気品があり、堂々としている彼は、簡単に人を寄せ付けないオーラを放っていた。一緒にいるのは、緊張する。
彼はいつだって、他人の私に人一倍気をつかい、可愛がってくれてるのだろう。それをわかっているからこそ、彼の申し出を遠慮することはできないし、ありがたく感じてもいる。
ふと、仁志さんは一定の愛情を私に注ぎながら、父親のような役割を果たしてくれてるのかもしれないなんて思った。
「本当に、美味しそうです。ここへは、よく?」
シェフのおすすめは、サーモンとブロッコリーのクリームパスタ。とろっとしたクリームのかかるサーモンとブロッコリーは色鮮やかで、芸術作品を眺めてるみたい。
「そうだね。時間の取れる時はよく来るよ」
「いつもお忙しいですね。体調は大丈夫ですか?」
「もう慣れたよ。支えてくれる女性がいたら……とは思うけどね」
苦笑まじりに仁志さんはそう言うと、困り顔をしただろう私に、神妙な表情を見せた。
「今日は大事な話があってね。聞いてくれるかい?」
「……はい。多少、想像できてます」
「清貴から何か聞いたんだね。じゃあ、単刀直入に言わせてもらうよ。直己さんの奥様について話そうと思う」
「はい……」
パスタをからめたフォークをそのままに、私は小さくうなずいた。
仁志さんは食べながら聞いてくれればいいと笑顔を見せたけど、そんな気になれなくて、じっと彼を見返した。
「お相手の方は、椎名さゆみさん」
「椎名……?」
「何?」
「あっ、いえ。続けてください」
椎名と聞いて、とっさに浮かんだのは、富山ビルの受付嬢だった。妙な居心地の悪さを感じながら、耳を傾ける。
「年齢はもう、報道で知ったと思うけどね、30歳。椎名グループ会長の縁戚にあたる方で、お互いの知人を介して知り合ったそうだよ」
「椎名グループって、ホテルチェーン大手の?」
「そう。椎名さんには、うちもお世話になってる」
だから、悪いようには思わないでほしい。仁志さんはそう言ったみたいだった。
「あの人と結婚するには申し分ない方みたいですね」
「年齢差には驚いただろうけど、まあ、そうだね」
私とほとんど歳の変わらない女性と結婚するなんて、と複雑な思いはある。でも、裏返せば、四乃森直己の中で、娘は大人の女性として存在してないのだろう。
「さゆみさんは、四人兄弟の長女で、兄が二人、妹が一人いらっしゃる。妹さんはね、椎名彩香さんと言って、うちで働いているよ」
「働いてる……?」
「受付の女性だよ。みちるは会ったことない?」
受付の椎名さんと言ったら、一人しかいないだろう。私を凝視していた彼女だ。
椎名さゆみから私のことを聞いて知ってるのだろうか。それなら、あの視線に納得がいく。だけど、なぜだろう。なぜ、私の顔をさゆみが知っているのか。
「みちる?」
けげんそうに私を見つめる仁志さんに気づいて、笑顔を取り繕う。
「今日も受付にいらっしゃった方ですね。お話をしたことはないんですけれど」
「気をつかって話さなくていいよ。みちるはこれまで通り、過ごすといい」
「あの、椎名さんは私を……?」
「どうだろう。直己さんが話してるかどうかまではわからない」
「そうですか……」
差出人のない真っ白な手紙を思い出す。
私が富山の屋敷に暮らしてるのを知ってる人は限られている。あの住所や宛先を書ける人物は、四乃森直己以外にないのではないか。そう思うけれど、彼が内容のない手紙を寄越す意味もわからない。
だったら、椎名さゆみだろうか。
その疑念は晴れそうにない。
「みちるも、思うところはあるだろうけど、あまり思い悩まないように」
「はい、大丈夫です。あの人と関わることはないと思ってますから」
「……そう。でもね、血は水よりも濃いんだよ。会いたくなったら、相談しなさい」
「会いたくなる日なんて、来るんでしょうか」
「そうだね。たとえば、紹介したい人ができるとか」
仁志さんは穏やかにそう言って、続ける。
「金城さんとはよく会ってるようだけど、どう?」
ほんの少し複雑そうな表情を見せる仁志さんは、まだ私をひとりの女性として見てくれてるのかもしれない。
「……すごく優しい方とは思います」
「結婚は、どう考えてる?」
「……」
返事に困る。途方にくれて、彼と目を合わせた。
私たちはまだ付き合い出したばかりだった。結婚をゴールとするなら、ゴールのない付き合いがいつまで続くかなんてわからない。
だけど、総司さんが結婚を考えてくれるなら、私の決断は一つしかないように思う。
「結婚を望んでくれるなら、結婚したいと思うぐらい素敵な方だと思ってます。でも、私が久我みちるである以上、結婚できないと思ってます」
私の決意を、仁志さんは複雑そうに眉をさげて受け止める。
「直己さんは今や、国民的に人気のある俳優だよ。金城さんが真実を知っても、受け入れてくれるのではないかな」
「まるで、結婚してほしいみたいな言い方されるんですね」
「みちるには、幸せになってもらいたいと思ってるからね」
だから、私を諦めたというのだろうか。
総司さんなら、私を幸せにできると思うから?
「いくら知名度が上がっても、あの人の犯した罪が消えるわけじゃありませんから。仁志さんがおっしゃる通り、血は水より濃いんです。私があの人の娘である事実は、何をしたって、消えないんです……」
どこまでも、四乃森直己は私を追い詰めるだろう。交流などないのに、生きてるだけで、あの人は私に重い荷物を担がせるのだ。
「ここのパスタが美味しくてね。前から、みちるを連れてきたいって思ってたんだよ」
仁志さんと訪れたレストランは、駅近くのホテル内にあった。平日の昼間だからか、多くの女性客でにぎわっている。
和やかな雰囲気の中、気品があり、堂々としている彼は、簡単に人を寄せ付けないオーラを放っていた。一緒にいるのは、緊張する。
彼はいつだって、他人の私に人一倍気をつかい、可愛がってくれてるのだろう。それをわかっているからこそ、彼の申し出を遠慮することはできないし、ありがたく感じてもいる。
ふと、仁志さんは一定の愛情を私に注ぎながら、父親のような役割を果たしてくれてるのかもしれないなんて思った。
「本当に、美味しそうです。ここへは、よく?」
シェフのおすすめは、サーモンとブロッコリーのクリームパスタ。とろっとしたクリームのかかるサーモンとブロッコリーは色鮮やかで、芸術作品を眺めてるみたい。
「そうだね。時間の取れる時はよく来るよ」
「いつもお忙しいですね。体調は大丈夫ですか?」
「もう慣れたよ。支えてくれる女性がいたら……とは思うけどね」
苦笑まじりに仁志さんはそう言うと、困り顔をしただろう私に、神妙な表情を見せた。
「今日は大事な話があってね。聞いてくれるかい?」
「……はい。多少、想像できてます」
「清貴から何か聞いたんだね。じゃあ、単刀直入に言わせてもらうよ。直己さんの奥様について話そうと思う」
「はい……」
パスタをからめたフォークをそのままに、私は小さくうなずいた。
仁志さんは食べながら聞いてくれればいいと笑顔を見せたけど、そんな気になれなくて、じっと彼を見返した。
「お相手の方は、椎名さゆみさん」
「椎名……?」
「何?」
「あっ、いえ。続けてください」
椎名と聞いて、とっさに浮かんだのは、富山ビルの受付嬢だった。妙な居心地の悪さを感じながら、耳を傾ける。
「年齢はもう、報道で知ったと思うけどね、30歳。椎名グループ会長の縁戚にあたる方で、お互いの知人を介して知り合ったそうだよ」
「椎名グループって、ホテルチェーン大手の?」
「そう。椎名さんには、うちもお世話になってる」
だから、悪いようには思わないでほしい。仁志さんはそう言ったみたいだった。
「あの人と結婚するには申し分ない方みたいですね」
「年齢差には驚いただろうけど、まあ、そうだね」
私とほとんど歳の変わらない女性と結婚するなんて、と複雑な思いはある。でも、裏返せば、四乃森直己の中で、娘は大人の女性として存在してないのだろう。
「さゆみさんは、四人兄弟の長女で、兄が二人、妹が一人いらっしゃる。妹さんはね、椎名彩香さんと言って、うちで働いているよ」
「働いてる……?」
「受付の女性だよ。みちるは会ったことない?」
受付の椎名さんと言ったら、一人しかいないだろう。私を凝視していた彼女だ。
椎名さゆみから私のことを聞いて知ってるのだろうか。それなら、あの視線に納得がいく。だけど、なぜだろう。なぜ、私の顔をさゆみが知っているのか。
「みちる?」
けげんそうに私を見つめる仁志さんに気づいて、笑顔を取り繕う。
「今日も受付にいらっしゃった方ですね。お話をしたことはないんですけれど」
「気をつかって話さなくていいよ。みちるはこれまで通り、過ごすといい」
「あの、椎名さんは私を……?」
「どうだろう。直己さんが話してるかどうかまではわからない」
「そうですか……」
差出人のない真っ白な手紙を思い出す。
私が富山の屋敷に暮らしてるのを知ってる人は限られている。あの住所や宛先を書ける人物は、四乃森直己以外にないのではないか。そう思うけれど、彼が内容のない手紙を寄越す意味もわからない。
だったら、椎名さゆみだろうか。
その疑念は晴れそうにない。
「みちるも、思うところはあるだろうけど、あまり思い悩まないように」
「はい、大丈夫です。あの人と関わることはないと思ってますから」
「……そう。でもね、血は水よりも濃いんだよ。会いたくなったら、相談しなさい」
「会いたくなる日なんて、来るんでしょうか」
「そうだね。たとえば、紹介したい人ができるとか」
仁志さんは穏やかにそう言って、続ける。
「金城さんとはよく会ってるようだけど、どう?」
ほんの少し複雑そうな表情を見せる仁志さんは、まだ私をひとりの女性として見てくれてるのかもしれない。
「……すごく優しい方とは思います」
「結婚は、どう考えてる?」
「……」
返事に困る。途方にくれて、彼と目を合わせた。
私たちはまだ付き合い出したばかりだった。結婚をゴールとするなら、ゴールのない付き合いがいつまで続くかなんてわからない。
だけど、総司さんが結婚を考えてくれるなら、私の決断は一つしかないように思う。
「結婚を望んでくれるなら、結婚したいと思うぐらい素敵な方だと思ってます。でも、私が久我みちるである以上、結婚できないと思ってます」
私の決意を、仁志さんは複雑そうに眉をさげて受け止める。
「直己さんは今や、国民的に人気のある俳優だよ。金城さんが真実を知っても、受け入れてくれるのではないかな」
「まるで、結婚してほしいみたいな言い方されるんですね」
「みちるには、幸せになってもらいたいと思ってるからね」
だから、私を諦めたというのだろうか。
総司さんなら、私を幸せにできると思うから?
「いくら知名度が上がっても、あの人の犯した罪が消えるわけじゃありませんから。仁志さんがおっしゃる通り、血は水より濃いんです。私があの人の娘である事実は、何をしたって、消えないんです……」
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