21 / 26
春を一番に愛してくれる人
2
しおりを挟む
私は何も言えずに黙り込む。
そうだ、と言うだけでいい。だから、一緒に育てたいんだって。でも、自分の思いをぶつけていいのか迷った。隼人は父親にはなれないと言った。それがなぜなのか、私はまだ聞いてない。
隼人はポケットを探ると、一枚の写真を取り出す。
「それは?」
「さっき、実家へ行ってきてね。古いアルバムから持ってきたんだ。俺がちょうど、3歳のころかな」
「隼人さんの……」
両手で受け取った写真に視線を落とす。ハッと肩を揺らすと、彼は笑う。
「びっくりするぐらい、春くんに似てるよね」
ママ似だね。そう言われることもあるけど、絶対に隼人に似てると思っていた。将吾が春をかわいがらない理由も、彼を通して見知らぬ私の昔の男を見ていたからだろう。
「……春は隼人さん似だと思います」
もう隠し通せないだろうと、隼人の子だと認めた。それを証明する写真をまじまじと見つめる。
なんでもない日常を切り取った一枚の写真。自宅前で撮影したのだろうか。あどけない笑顔を見せる隼人は三輪車にまたがっている。
そして、三輪車の横にしゃがみ込み、隼人に向かってやわらかな笑顔を浮かべている、美しい女の人がいる。
「隣の方はお母さんですか? きれいな方ですね」
「そうだよ。俺が高校生のときに亡くなってね」
静かに、彼はそう告白した。
「そうだったんですか?」
「その話はしたことなかったかな」
「お母さんのお話はまったく」
隼人さんは写真をポケットに戻すと、柵に両手をかけて、遥か遠くの水平線を眺め見るかのようなまなざしをする。
「母は生まれつき、心臓の持病があってね。心配ないって医師からは言われてたらしいけど、はやくに亡くなってしまったんだ」
「つらかったですよね」
「そうだね。俺はひとりっ子だし、高校生だったとはいえ、病気のことは一切知らされてなかったから、かなりショックだったよ。何度も俺に申し訳ないって謝る父を見てたら余計にね」
「謝るって、どうして?」
尋ねると、隼人はこちらへさみしそうな目を向けてくる。
「俺ができたとき、母はすごく悩んだらしい。長生きできなかったら、俺につらい思いをさせるって思ったんだろうね。だけど、父は産むように説得した。その結果、母が死んで、俺につらい思いをさせた。全部、自分のせいだと思ったんだろう」
「気に病まれるお父さんを見るのは、つらかったですね」
「ああ。父の苦悩を俺は知ってたのにね。どうして羽純を好きになったんだろう。何度も悔やんだよ」
「後悔しかなかった?」
「幸せにできないとわかってたのに好きになって、羽純を巻き込んだのは俺の罪だよね」
胸がチクリと痛む。隼人は悔いてばかりだけど、私は彼に傷つけられてばかりだったわけじゃないのに。
「幸せにできないなんて、なんでそんなふうに思うの? 人の生死は誰にもわからないのに、お母さんがそうだったからっていう結果だけ見て後悔しなくてもいいと思うんです」
誰にだって、いつか死は訪れる。母を失った悲しみを、私たちにも味合わせるんじゃないかと悩む必要はないはずだ。
「違うよ、羽純」
彼はすぐさま否定する。
「違うって?」
「俺も、母と同じ病気を抱えてるんだ」
そうだ、と言うだけでいい。だから、一緒に育てたいんだって。でも、自分の思いをぶつけていいのか迷った。隼人は父親にはなれないと言った。それがなぜなのか、私はまだ聞いてない。
隼人はポケットを探ると、一枚の写真を取り出す。
「それは?」
「さっき、実家へ行ってきてね。古いアルバムから持ってきたんだ。俺がちょうど、3歳のころかな」
「隼人さんの……」
両手で受け取った写真に視線を落とす。ハッと肩を揺らすと、彼は笑う。
「びっくりするぐらい、春くんに似てるよね」
ママ似だね。そう言われることもあるけど、絶対に隼人に似てると思っていた。将吾が春をかわいがらない理由も、彼を通して見知らぬ私の昔の男を見ていたからだろう。
「……春は隼人さん似だと思います」
もう隠し通せないだろうと、隼人の子だと認めた。それを証明する写真をまじまじと見つめる。
なんでもない日常を切り取った一枚の写真。自宅前で撮影したのだろうか。あどけない笑顔を見せる隼人は三輪車にまたがっている。
そして、三輪車の横にしゃがみ込み、隼人に向かってやわらかな笑顔を浮かべている、美しい女の人がいる。
「隣の方はお母さんですか? きれいな方ですね」
「そうだよ。俺が高校生のときに亡くなってね」
静かに、彼はそう告白した。
「そうだったんですか?」
「その話はしたことなかったかな」
「お母さんのお話はまったく」
隼人さんは写真をポケットに戻すと、柵に両手をかけて、遥か遠くの水平線を眺め見るかのようなまなざしをする。
「母は生まれつき、心臓の持病があってね。心配ないって医師からは言われてたらしいけど、はやくに亡くなってしまったんだ」
「つらかったですよね」
「そうだね。俺はひとりっ子だし、高校生だったとはいえ、病気のことは一切知らされてなかったから、かなりショックだったよ。何度も俺に申し訳ないって謝る父を見てたら余計にね」
「謝るって、どうして?」
尋ねると、隼人はこちらへさみしそうな目を向けてくる。
「俺ができたとき、母はすごく悩んだらしい。長生きできなかったら、俺につらい思いをさせるって思ったんだろうね。だけど、父は産むように説得した。その結果、母が死んで、俺につらい思いをさせた。全部、自分のせいだと思ったんだろう」
「気に病まれるお父さんを見るのは、つらかったですね」
「ああ。父の苦悩を俺は知ってたのにね。どうして羽純を好きになったんだろう。何度も悔やんだよ」
「後悔しかなかった?」
「幸せにできないとわかってたのに好きになって、羽純を巻き込んだのは俺の罪だよね」
胸がチクリと痛む。隼人は悔いてばかりだけど、私は彼に傷つけられてばかりだったわけじゃないのに。
「幸せにできないなんて、なんでそんなふうに思うの? 人の生死は誰にもわからないのに、お母さんがそうだったからっていう結果だけ見て後悔しなくてもいいと思うんです」
誰にだって、いつか死は訪れる。母を失った悲しみを、私たちにも味合わせるんじゃないかと悩む必要はないはずだ。
「違うよ、羽純」
彼はすぐさま否定する。
「違うって?」
「俺も、母と同じ病気を抱えてるんだ」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ラストグリーン
桜庭かなめ
恋愛
「つばさくん、だいすき」
蓮見翼は10年前に転校した少女・有村咲希の夢を何度も見ていた。それは幼なじみの朝霧明日香も同じだった。いつか咲希とまた会いたいと思い続けながらも会うことはなく、2人は高校3年生に。
しかし、夏の始まりに突如、咲希が翼と明日香のクラスに転入してきたのだ。そして、咲希は10年前と同じく、再会してすぐに翼に好きだと伝え頬にキスをした。それをきっかけに、彼らの物語が動き始める。
20世紀最後の年度に生まれた彼らの高校最後の夏は、平成最後の夏。
恋、進路、夢。そして、未来。様々なことに悩みながらも前へと進む甘く、切なく、そして爽やかな学園青春ラブストーリー。
※完結しました!(2020.8.25)
※お気に入り登録や感想をお待ちしています。
愛が重いだけじゃ信用できませんか?
歩く魚
恋愛
【ヤンデレと戦えるのは遊び人である】
古庵瑠凪は、大学内における、いわゆる「何でも屋」に相当するサークルに所属している。
生徒を助け、浮かれたように遊び、大学生の青春を謳歌する、そんな毎日。
しかし、ある日「お見舞い」が自宅のドアにかけられていたことを皮切りに、彼の平穏な日々に変化が訪れる。
「好きだからです。世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」
突然の告白。ストーカーの正体。
過去の一件から恋人を作らないと決意した瑠凪は、さまざまな方向に「重い」ヒロインたちのアプローチから逃れることができるのか?
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる