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真実に気づいたとしても

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 几帳面に束ねた髪、ひかえめなメイク、凛としたまっすぐな姿勢。数年ぶりに再会した羽純は、昔の愛らしい面影を口もとに残したまま、落ち着きのある大人な女性になっていた。しかし、不安になると泣き出す、そんな弱いところも持ち合わせていた。

 羽純に子どもがいると知ったときは、正直驚いた。聞けば、3歳だという。俺と別れてすぐに元夫と出会い、学生結婚したと聞かされて、複雑な思いがなかったわけではない。

 別れたいと言い出したのは俺だが、未練がましく思っていたのも俺だけだったと見せつけられた気がした。

 もう別れたのだから、羽純に関わってはいけない。そういう気持ちもあったが、どうしても彼女の生活が気がかりで探しに行った。体操教室で彼女を見つけたときは安堵した。もし、見つけられなければ、もう二度と会えないような気がしたからだ。

 春くんは活発な男の子だった。利発そうで、ママが大好きで、素直な子だ。

 春くんは彼女の足にしがみつくようにして、羽純と話す俺をじっと見つめていた。笑いかけると、ちょっとだけ口もとをキュッと結んで、話そうとしない。それでも、俺のことには興味があるようで、じっと見ることはやめなかった。

 大好きなママに近づく男を値踏みしてるんじゃないか。そんな居心地の悪さを感じながらも、俺はどうにも可愛らしい顔立ちの春くんから目が離せなかった。

 春くんの父親はどんな男なんだろう。こんなに愛らしい子どもなのに、なぜ、愛情を注げないでいるのか。俺はそれがどうにもわからなかった。

 羽純が元夫に会う予定があると言ったとき、チャンスだと思った。

 どんな男か知りたい。

 その思いは、羽純が好きになった男への単純な興味なのか、彼女と愛しあった男への嫉妬心だったのか……。いや、きっと両方だろう。

「はじめまして。枡枝将吾さんでしょうか?」

 ショッピングセンターのフードコートで、退屈そうに足を組む男に声をかけると、彼はけげんそうにこちらを見上げた。

 知らない男だった。羽純の男を前にして、胸はチリチリと焦げた。しかし、余裕な笑顔を見せられるぐらいの冷静さを保てたのは、俺の知ってる男ではなかった安堵によるものだっただろう。

「俺に何かご用ですか?」

 将吾は美しい身のこなしでスッと立ち上がった。

 もっと横柄なのかと想像していたが、全然違った。背は高く、よく鍛えられたたくましい身体つき、頼りがいのある男に見える。羽純が恋に落ちても仕方ない。そう思えるぐらいの魅力的な男だが、自分をよく見せる方法を知っているだけの軽薄な男にも見えた。

「仁科羽純さんの代理で来ました。座ってもいいですか?」

 将吾の向かいの席を指差すと、彼は一瞬、気色ばんだ。しかし、すぐに笑顔を取りつくろい、こころよく応じた。

「あなたは?」
「申し遅れました。代理人の芦沢隼人と言います」

 俺はそう名乗ると、名刺を渡す。将吾はそれを両手で受け取り、俺の顔と交互に見た。

「精神科医の先生なんですか。羽純は患者? それとも、先生のクリニックで働いてるとか?」
「それはお答えできません」
「羽純は何も教えてくれないんですよ。代理人を寄越すことも知りませんでしたよ」
「急きょ決まりましたので、行き違いがあったかもしれません」
「急にって、羽純に何か?」

 羽純のことは心配しているようだ。

「実は、仁科さんは今後、枡枝さんとの面会を希望しないと言っています。お子さんもまた同じです」
「それは、春が俺に会いたくないから、羽純も俺に会わないって話ですか?」

 将吾の目がギラリと光る。

 ああ、羽純がおびえるのは、この目か。従わなければ、どんな目に遭わされるかわからない。不安に陥れる目をしている。

「そう理解していただいて結構です」
「わかりました」

 将吾は冷静にうなずく。

 案外、素直に受け入れるのだと驚いた。強く出るのは、羽純に対してだけか。

「息子さんに会えなくなることは、どう思われてますか?」
「会いたくないなら仕方ないだろう。父親らしいことは何一つできないまま、羽純は春を連れて家を出ていったんだ。春も俺になついてない」
「そうですか」

 仕方ない……か。ずいぶん、あっさりしている印象はぬぐえない。

「芦沢さん」
「はい」

 テーブルに腕を乗せた将吾は、わずかに身を乗り出し、俺の顔を上目遣いでのぞき込むようにする。

「俺はね、ずっと悩んでるんですよ。どうしたら、羽純が戻ってくれるのか」
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