せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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奪われるまでの距離

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「車? なんのことかさっぱりわからないな」

 電話口にようやく出てくれた浅田さんが、用件を尋ねられた俺の質問に対し、にべもなくそう言った。

「え……、本当に知りませんか?」

 すっかり自分の推理が正しいと信じていただけに拍子抜けする。

「嘘は言わないさ」
「しかし……」
「つまり山口くんは、その車が上條さんを連れ去ったところを、俺が見ていたと思ったのかい?」
「連れ去る……とまでは。ただその車から逃げ出したのなら、結城さんの関係者かもしれないと思って。沙耶さんは結城さんに見つかりたくなくて、どこかに隠れてるんじゃないかと」
「その潜伏先が俺の家だと思って、電話してきたわけだ」
「いえ……」
「違う? よくわからない話だね」

 浅田さんは面倒そうに言う。不思議がっている様子はない。

「ここへ電話するように言ったのは、実は結城秀人さんなんです」
「結城秀人?」
「結城湊先輩のお兄さんです」
「いや、それは説明するに及ばないよ。結城秀人はクセのある男だな。もっとストレートなやり方をしたらいいのに」
「ストレートなやり方?」

 浅田さんは結城秀人さんとも面識がありそうだ。少なからず浅田さんが何かを知っているのは間違いないだろう。

 そう考える俺に対し、浅田さんはあっさりと言う。

「俺の家に上條沙耶がいるから、君に迎えに行くように、ただ言えばいいということさ」
「……じゃあ、やっぱり」
「俺はさ、正直迷惑してるんだ。一週間だけという約束だから、承知した。それなのに、結城の誰も上條さんを探そうとしない。上條沙耶が哀れでならないよ」

 浅田さんは何かを憂えるように言う。

「湊先輩は探して……」
「探すというのは、君のように体当たりで探すということだよ。最近、君を会社の周辺でよく見かけたよ。上條さんを探してたんだろう?」
「それはもちろんです」
「結城湊はそれをしたか? 本気で惚れた女なら、寝る間も惜しんで探すべきだと思っただけだ。それを彼に押し付けるつもりもないがね」
「先輩のことを俺もどうこうとは言えません」

 俺はただ、俺にできることをした。先輩だって同じだ。

「まあ、そうだろうね」
「と、とにかく、沙耶さんはそちらにいらっしゃるんですね」
「ああ。彼女が待つのは君じゃないだろうが、迎えに来たいなら来るといい。どちらにしろ、日曜日には上條さんの自宅に連れていく約束になってるから」
「じゃあ、今から行きます!」

 あわてて言う。沙耶さんにどうしても会いたい。何があったのかわからないけど、支えになりたい、そう思っている。

「無駄足になっても知らないぞ」
「沙耶さんの居場所がわかるなら、それだけでいいですから」
「なるべく早く来てくれよ。もう子供は寝る時間だ」
「は、はいっ、ご迷惑はなるべくかけないようにします」
「もう、とんでもないぐらいの迷惑をかけられてるよ」

 浅田さんは思いの外、穏やかに苦笑いした。
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