強欲御曹司の溺愛

水城ひさぎ

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強欲な甘い結婚

父との会食(2)

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 繭家まゆやと書かれたのれんをくぐる。ここは、親父である海堂秀臣ひでおみが打ち合わせによく使う料亭だ。

 女将の案内を断り、勝手知ったる足取りで、桔梗の間へ入る。

「遅かったな、佑磨」

 食事中だった親父は、向かいに座る俺へおちょこを差し出す。

「いや、食事は済ませてきましたから」
「飲むぐらいできるだろう」
「じゃあ、一杯だけ」

 おちょこを受け取ると、親父はとっくりを傾けて酒を注いだ。

 酒で口を湿らすと、親父が口を開く。

「例のプロジェクトだがな、リーダーに佑磨を指名した。手腕に期待してるよ」

 頭を下げて、親父の期待を受け止める。

 海堂リゾートの開発部に所属しているものの、役職を持たずに5年ほど経った。ようやく、あのプロジェクトが動き出すのだと、身が引き締まる。

「建設予定地の確保が最優先ですね」
「無論。どこまで話してあったか」

 長野空港の東に、我が海堂リゾートが誇るリージェスホテルの建設を検討している。構想は10年以上前から練られていたが、土地の確保ができずに計画は頓挫していた。

 しかし、先月、土地の売却を頑なに拒んでいた所有者が亡くなった。ようやく計画実行のときが来たと、社内では機運が高まっている。

「土地の所有者は、花里きくでしたね」

 夫はすでに亡く、4人の実子がいるという。

「そうだ。長野の花里といえば、誰もが知る旧家。閉鎖的で頑固者が多いと聞くが、今回ばかりは、神は海堂に微笑んだようだ」

 上機嫌に親父は笑む。

「というと?」
「例の土地だけは、菊の娘、真由まゆが相続するそうだ。花里真由は結婚して、今は東京で暮らしている」
「長野の土地に固執してないと?」

 手放す気があるということか。

「それもあるが、相続に手こずっているらしい。懇意の銀行からの情報だ。まず間違いない」
「手こずる? どうして」

 花里には莫大な財産があると聞いている。

「真由は無一文で花里を飛び出し、両親の反対を押し切って結婚したそうだ」
「駆け落ち、ですか。では、相続税の支払いに苦慮していると?」
「ああ、そうだ。そこでだ、うちが出資してもかまわないと考えてる。あの土地がうまく手に入るなら、安い買い物だ。このチャンスを逃す手はない」

 どうして花里家は、そんな境遇の親族にあの土地を相続させようとしているのだろう。しかし、親父の言う通り、これはチャンスだ。

「わかりました。早速、接触を試みます。花里真由の所在地は?」
「花里真由の今の名は、西川真由。夫と一人娘の三人暮らしだ。情報はここに」
「西川……?」

 親父の差し出す茶封筒を受け取る。中身を確認しようと、封筒の中へ指を差し入れたとき、親父が言う。

「新しい女ができたらしいな」
「耳が早いですね」

 苦笑する。おおかた、和希から聞いたのだろう。

「佑磨の話は、おせっかいなやつらが教えてくれる。珍しく、平凡なお嬢さんだそうじゃないか」
「珍しくは余分ですよ」
「本気なのかと思ってね」

 親父はうっすら笑むと、手酌でおちょこに酒を注いだ。

「佑磨ももう、28か。結婚を考えてもおかしくない年齢だな」
「結婚は早いって言われると思ってましたよ」
「俺は27で結婚した」

 親父はいわゆる政略結婚で、なかなか子に恵まれず、35歳の時に俺が産まれた。

 一粒種である俺は、両親や祖父母の愛情をずいぶんと受けて育ったが、その分、のしかかる期待も大きい。

 天ヶ瀬和希という食わせ者を秘書にしているのも、監視目的の一面がある。結婚となれば、過干渉に制限されるだろう覚悟はあった。

「では、結婚を考えてもかまいませんか」
「反対してほしかったか?」

 親父は酒を一飲みして笑う。やはり、今日は機嫌がいい。

「反対されても結婚しますよ。ですが、軋轢はない方がいいでしょう。彼女が気の毒ですので」
「ずいぶん、入れ上げてるんだな。……そうだな。長野の土地を最優先になんとかしろ。プロジェクトが始動したら、どんな女と結婚しようが反対はしない」
「わかりました。早速、西川家に接触をはかってみます」

 一礼し、腰をあげる。

 桔梗の間を出て、茶封筒に入った紙を取り出すと、すぐに三つ折りにされたそれを開いた。

 印字された西川家の家族構成に目を落とす。

 西川直樹なおき(50)
 西川真由(48)
 西川つばさ(23)

「まさかな」

 紙を封筒に戻すと、和希の待つ車へと足早に向かった。
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