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強欲な甘い誘惑
ホテルにて(1)
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「やっと来たか。待ちくたびれて出かけるところだったよ」
重厚感のあるドアを内側から開けた青年の腕には、薄手のコートがかけられていた。
まさに、今から出かけるところだったよう。どうりで、ノックしてからドアが開くまでの時間が驚くほど早かったわけだと納得する。
「申し訳ございません。ご指定のお時間を勘違いしてしまったみたいで……」
頭をさげつつ、ちらりと腕時計に視線を移す。
現在の時刻は20時55分。約束の時間は21時。ちょうどきっかり5分前。少なくとも、待ちくたびれるほど待たせた覚えはない。
しかし、目の前で微笑をたたえる彼は、日本でも有数のリゾート開発企業、海堂グループの御曹司、海堂佑磨だ。
企業の隆盛のためには黒を白に変え、ライバルの失墜のためには白を黒に変えるとも言われる、海堂グループ会長の愛孫である。
おそらく、甘やかされて育ったであろう彼に、時間通りに来ました、と主張したところで無意味だし、店員と客の間柄、不毛な争いは許されない。
さっさと用事を済ませて帰ろうと判断し、店名のロゴ入り紙袋を差し出す。
「先日はリトルグレイスにお越しいただき、ありがとうございました。こちらがご注文のお品になります」
満足そうに笑み、紙袋をひょいと取り上げた彼は、そのまま私の手首をつかむと、部屋の中へ引っ張り込んできた。
「乾杯でもしようか。もう仕事は終わったんだろ?」
「え……っ、こ、困りますっ」
後ずさる私の目に、開放感のある室内が飛び込んでくる。
高級ホテルのスイートルームにふさわしい、品のあるテーブルには、おしゃれなワインクーラーと2脚のグラス、フルーツの盛り合わせが用意されている。
あたかも、客人の来訪を待っていたかのようなしつらえに、ひるんでしまう。
「なぜ、困る?」
「どなたか、いらっしゃるのでは……」
それに、出かけようとしていたのではなかったの?
「今夜は誰も来ないから安心しろ」
安心? 泣く子も黙る大企業の御曹司と二人きりになるなんて。どこにそんな安心材料があるっていうのだろう。
「あ、お出かけは……?」
「ああ、つばさを迎えに行くところだったんだ」
そう言って、出かける意志を放棄するように、彼はコートを椅子の背に引っ掛けた。
「つばさって……、私っ?」
いきなりの呼び捨てに驚くと、佑磨さんはおかしそうに目を細めた。
不覚にも、あまりの優美さに見惚れてしまう。
「君は西川つばさだろう? 君以外に誰がいるって言うんだ」
「お名前はわからないけれど、秘書の方……とか」
ふと、気になって辺りを見回した。
佑磨さんには、常に従えている男の人がいるが、広い室内に彼の姿は見つけられない。
確か、天ヶ瀬さんと言ったか。
「今日は和希も帰らせた」
和希というのが、秘書である天ヶ瀬さんの名前だろう。秘書といっても、身の回りのお世話をする執事のような役目を負ってる人らしい。
佑磨さんは私をソファーへ座らせると、ワインクーラーからワインを引き抜き、グラスへ注いだ。
「ワインは得意?」
「……じゃないです」
そう答えると、佑磨さんはちょっと笑んで、私の隣へ座る。
赤い液体が揺れるグラスを差し出され、反射的に受け取ってしまう。
どうして、リトルグレイスの一店員として、お客様にお届けものをしただけなのに、客である御曹司とお酒を飲むはめになってしまってるんだろう。
『つばさちゃん、海堂さんがうちで買い物してくれるなんて、すごく光栄なことなのよっ!』
嬉々とした店長の笑顔が浮かんで、ますます、帰るなんて言い出せなくなる。うまくご機嫌取りをして、やり過ごさないといけないだろう。
「飲んで」と促され、しぶしぶ飲み込む。
ワインの渋味は、ちょっとだけ苦手。ふた口目を躊躇していると、「本当に苦手そうだ」と愉快げにする彼は、私からグラスを取り上げて、紙袋をひざの上へ乗せた。
重厚感のあるドアを内側から開けた青年の腕には、薄手のコートがかけられていた。
まさに、今から出かけるところだったよう。どうりで、ノックしてからドアが開くまでの時間が驚くほど早かったわけだと納得する。
「申し訳ございません。ご指定のお時間を勘違いしてしまったみたいで……」
頭をさげつつ、ちらりと腕時計に視線を移す。
現在の時刻は20時55分。約束の時間は21時。ちょうどきっかり5分前。少なくとも、待ちくたびれるほど待たせた覚えはない。
しかし、目の前で微笑をたたえる彼は、日本でも有数のリゾート開発企業、海堂グループの御曹司、海堂佑磨だ。
企業の隆盛のためには黒を白に変え、ライバルの失墜のためには白を黒に変えるとも言われる、海堂グループ会長の愛孫である。
おそらく、甘やかされて育ったであろう彼に、時間通りに来ました、と主張したところで無意味だし、店員と客の間柄、不毛な争いは許されない。
さっさと用事を済ませて帰ろうと判断し、店名のロゴ入り紙袋を差し出す。
「先日はリトルグレイスにお越しいただき、ありがとうございました。こちらがご注文のお品になります」
満足そうに笑み、紙袋をひょいと取り上げた彼は、そのまま私の手首をつかむと、部屋の中へ引っ張り込んできた。
「乾杯でもしようか。もう仕事は終わったんだろ?」
「え……っ、こ、困りますっ」
後ずさる私の目に、開放感のある室内が飛び込んでくる。
高級ホテルのスイートルームにふさわしい、品のあるテーブルには、おしゃれなワインクーラーと2脚のグラス、フルーツの盛り合わせが用意されている。
あたかも、客人の来訪を待っていたかのようなしつらえに、ひるんでしまう。
「なぜ、困る?」
「どなたか、いらっしゃるのでは……」
それに、出かけようとしていたのではなかったの?
「今夜は誰も来ないから安心しろ」
安心? 泣く子も黙る大企業の御曹司と二人きりになるなんて。どこにそんな安心材料があるっていうのだろう。
「あ、お出かけは……?」
「ああ、つばさを迎えに行くところだったんだ」
そう言って、出かける意志を放棄するように、彼はコートを椅子の背に引っ掛けた。
「つばさって……、私っ?」
いきなりの呼び捨てに驚くと、佑磨さんはおかしそうに目を細めた。
不覚にも、あまりの優美さに見惚れてしまう。
「君は西川つばさだろう? 君以外に誰がいるって言うんだ」
「お名前はわからないけれど、秘書の方……とか」
ふと、気になって辺りを見回した。
佑磨さんには、常に従えている男の人がいるが、広い室内に彼の姿は見つけられない。
確か、天ヶ瀬さんと言ったか。
「今日は和希も帰らせた」
和希というのが、秘書である天ヶ瀬さんの名前だろう。秘書といっても、身の回りのお世話をする執事のような役目を負ってる人らしい。
佑磨さんは私をソファーへ座らせると、ワインクーラーからワインを引き抜き、グラスへ注いだ。
「ワインは得意?」
「……じゃないです」
そう答えると、佑磨さんはちょっと笑んで、私の隣へ座る。
赤い液体が揺れるグラスを差し出され、反射的に受け取ってしまう。
どうして、リトルグレイスの一店員として、お客様にお届けものをしただけなのに、客である御曹司とお酒を飲むはめになってしまってるんだろう。
『つばさちゃん、海堂さんがうちで買い物してくれるなんて、すごく光栄なことなのよっ!』
嬉々とした店長の笑顔が浮かんで、ますます、帰るなんて言い出せなくなる。うまくご機嫌取りをして、やり過ごさないといけないだろう。
「飲んで」と促され、しぶしぶ飲み込む。
ワインの渋味は、ちょっとだけ苦手。ふた口目を躊躇していると、「本当に苦手そうだ」と愉快げにする彼は、私からグラスを取り上げて、紙袋をひざの上へ乗せた。
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