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しおりを挟むカフェから南へ少し行くと、大手の学習塾がある。礼司とさつきが勤務する塾だろう。
前を通り過ぎたとき、礼司が塾を出てきた。手にはスマホを握っている。早速、季沙から連絡が入ったのだろう。彼は俺を見るなり、追いかけてきた。
「アキラの家はその交差点の先のアパートだ」
「ありがとう」
「別に穂文さんのためじゃないけどね」
「もちろんです」
アパートに到着すると、礼司は101号室だったはずと教えてくれた。扉の横には、子ども用の青い傘やフラフープが立てかけられている。
礼司は青い傘に見覚えがあると言って、やっぱり101号室で間違いないだろうと話した。
チャイムを鳴らす。
「はーい」
意外にも、男性の声ですぐに反応があった。俺と礼司は目を合わせる。
「父親だろう」
うなずいたとき、扉が細く開く。俺と目を合わせた男性は、不審そうに眉を寄せた。しかし、礼司がいることに気づくと、さらに大きく扉を開いた。
「先生、お久しぶりです」
トレーナーにジーンズ姿の男はぺこりと頭を下げた。
「アキラくん、いますか?」
礼司は単刀直入に尋ねる。
「海に行くって、出かけたけど……アキラに何かあったんですか?」
不安そうにアキラの父親は、俺と礼司を交互に見る。
「いや、会う約束してたのに来なかったので。海ですね。行ってみます」
礼司が会話の主導権を握ってくれる。彼がいてくれてよかった。俺だけでは不審がられるだけで、父親から何も聞き出すことはできなかっただろう。
「先生と会う約束?」
「勉強、一緒にするって約束してるんです」
「あっ。そういえば、最近アキラのやつ、勉強ばっかりしてて。先生にそんな迷惑なことを……」
すみません、と何度かアキラの父親は頭を下げる。腰の低い人だ。
父親を思い出す。俺の父親も、素朴で、腰の低い人だった。それを母親は物足りないと感じていた。
「塾はやめても、自習しにおいでって言ってあったので気にしないでください」
「アキラ、急にやる気になって……。どうしたんだか」
「それは、アキラくんと直接お話されるといいですよね」
「あー……、そうですよね」
恥じ入るように苦笑いする父親は、自信なさげに肩を落とす。父親失格だなんて思ってるのかもしれない。
「それじゃあ、失礼します。急にお訪ねして申し訳ありませんでした」
「アキラ、海にいなかったら、神社にいるかもです。あいつ、三森神社が好きだから。手数かけてすみません」
父親はそう言って、頭をさげると扉を閉めた。その行動に少しばかりの違和感があった。アキラのことに関わることを放棄しているような。
「海か神社か。穂文さんはどっちに行きます?」
扉の前から動かない俺に、礼司は声をかけてくる。
「じゃあ、海に。礼司さんは神社をお願いできますか?」
「了解」
三森神社も海も同じ方角にある。俺たちはともに来た道を戻った。
菜の花カフェの前を通ると、店内に客の姿が見えた。キッチンの奥でチラチラと窓の外を見やる季沙に気づき、小さくうなずく。
大丈夫だと、彼女に伝わったかどうかまではわからなかったが、視線を前方へ戻そうとすると、礼司と目が合った。
「なんですか?」
「穂文さん見てると、複雑な気分になるんだよ。似てるから」
礼司が先に目をそらす。どうも、いるだけで不快感を与えているらしい。
「そんなに似てますか? 三笠さんって人に」
「季沙ちゃんから聞いた? 元彼のこと」
「まあ、なんとなく」
そうだろうと察しただけだ。
「なんていうか、シルエットや雰囲気がね。顔がそっくりってわけじゃないんだけどさ」
季沙と同じことを礼司は言う。
「似てるのも、複雑ですけど」
「似てるだけで気が引けるならって思うけどね。これは、嫉妬だな」
礼司は苦笑いする。
「礼司さんは三笠さんを直接ご存知なんですか?」
「季沙ちゃんとデートしてるの、何度か見かけたことがあるだけだよ。結婚するんだろうなってぐらい雰囲気がよかったから、三笠さんが亡くなった時は、俺ですらショックだった」
「どうして亡くなったんですか?」
「バイク事故だよ。穂文さんはバイク乗る?」
「いえ」
そう、と安堵感を見せて、礼司はうなずく。
「三笠さんが亡くなって、一ヶ月後ぐらいかな。黒ねこのみぃくんも死んだ」
「神社で見つかったとか」
「病気だったんだよ。あのときの季沙ちゃんは見てられなかったな。恋人も飼い猫も同時に失ったんだから、相当傷ついたはずだよ」
それは想像に絶する。悲しみを乗り越えてきたのは季沙で、俺が介入できることなんて何一つない。それでも、一つだけ確かめたいことがあって尋ねる。
「みぃくん……って、三笠さんのこと呼んでました?」
「よく知ってるなー」
ぼんやりしてるようで、意外と知りたがりだね。と、礼司はあきれている。そういう彼も、見た目以上に親切で、教えたがりだ。
前方を見ると、三森神社はもう目の前だった。
「じゃあ、俺、海見てきます」
「ああ。見つかったら、菜の花に連れていくから」
鳥居の前で、礼司と別れた。
俺は道を逸れ、海岸へと続く小道を進んだ。
アキラがいてくれるといい。身近な誰かを失うことは人生においてさけては通れないが、失う時期はふさわしい方がいい。
海岸に来るのは久しぶりだ。引っ越しが決まった日に、父親と釣りに来たのが最後だったか。
防波堤を歩く。遠目に小さな身体が見える。青い服を着た少年だ。
「アキラくんっ」
叫ぶと、少年はハッと振り返った。
逃げるかもしれない。そう思ったが、アキラは二の足を踏みながらも、俺に向かって歩いてきた。
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