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 午後2時になると、さつきと礼司は帰っていった。アキラは二人をさけている。配慮したのだろう。

 礼司のそういう気遣いや優しさを私は好ましく思っている。

「ごめんね。穂文さん、びっくりしたでしょ?」
「ああ、礼司さんの話? 気にしてないよ。いつもあんな調子じゃ、まいっちゃうけど」
「礼司くんに失礼なことしないでって言っておくね」

 申し訳なさそうに、季沙は眉を下げる。

 悲しそうにする彼女を見たくなくて、俺はもういいんだと首をふった。

「無職だし、恋人なんて作れないね」
「付き合ってる人いないの?」
「もう何年かいない。冬田さんは……なんて、聞いたら失礼だね」

 ううん、と季沙は首をふって、しばらく窓の外を眺めていた。その眼差しはどこか決意を秘めていて、唇をかむ様子は、何か葛藤しているように見える。

「冬田さん、聞いてもいいかな?」
「え? 何?」

 季沙は驚いたように肩を揺らして、俺を見る。目が合うと、気まずそうに目をそらされた。

「俺って、みぃくんに似てる?」
「えっ!」

 季沙はふたたび俺を見る。何度かまばたきして、「どうしてそれを?」と言う。

「さつきさんから聞いた。亡くなったのは、ショックだったよね」
「さつきちゃんが? 礼司くんから聞いたのかな」

 そうつぶやいた季沙は、観念したように肩をすくめる。

「はじめて穂文さんを見たときは驚いたの。すごく似てるわけじゃないんだけど、雰囲気が似てるっていうのか」
「なるほどね。雰囲気か。ま、そうか」

 頭をなでつける。髪の中からもちろんだが、三角の耳がはえているわけではない。

「みぃくんがいなくなったなんてまだ信じられないの。いつかまた会えるんじゃないかって思って、穂文さんに会ったときは驚いちゃって」
「それで、俺見て、みぃくんって言ったんだ」
「ごめんなさい。失礼ですよね」
「そんなこともないけど」

 猫と間違われるなんて、失礼というかなんというか、うまく言葉で言い表せられない衝撃ではあるけど。

「もう忘れようと思って」
「無理に忘れなくても」
「でももう3年だから」
「ちょっとした区切りではあるんだね」

 季沙は無言で小さくうなずく。

「穂文さん、おいくつですか?」
「26歳」
「年齢も同じですね」

 とすると、黒ねこのみぃくんは3歳ぐらいで亡くなったのだろう。季沙さんは大学卒業して2年と言っていたから、24歳。

「出会いは大学入学ぐらい?」
「うん。入学式で出会ったの」
「へえー。大学にいたの?」

 捨て猫だったんだろうか。

「サークルに勧誘されて、それで」
「猫のサークル?」
「猫? ううん、テニスサークル」
「テニスサークルで、猫に会うの?」

 どういうことだろう。いまいち出会いがわからないなと首を傾げたとき、季沙の顔が真っ赤になった。ますます意味がわからない。

「えっと、穂文さん。みぃくんって、その……三笠みかささんのことですよね?」
「三笠って? なんの話?」
「あ、やだっ。だって穂文さん、みぃくんに似てるとか言うから」

 季沙は両手で真っ赤になるほおを包み、恥ずかしそうにそのまま目元まで覆ってしまう。

「いや、さつきさんが黒ねこのみぃくんに似てるかもって言うから。あ、違うか。俺からそんな話したんだっけ。どんな話からそうなったんだったかな」
「もう、いやだ。猫のみぃくんに似てるとか、そんなことあるわけないじゃないですか」

 勘違いしたりして恥ずかしいって、今度は両手で真っ赤になったほおをパタパタとあおぐ。

「やっぱりそうだよね。猫に似てるなんて、おかしいね。えっと、三笠さんの話ってなんだっけ」

 なんとなく察したけど、ちょっととぼけてみた。

「穂文さんって天然なんですか。あの、もういいです。大丈夫です」
「気になるじゃないですか」
「ほんとに、大丈夫ですから。それより、アキラくん、来ませんね」

 季沙は話をそらし、壁掛け時計に視線を移す。
 いつの間にか、30分が経っていた。

 それから俺たちはいくらかの時間待った。しかし、アキラは姿を見せない。午後3時になり、ようやく腰を上げた。

「探しに行ってきます。冬田さんは待っててください。アキラくんが来たら、ここに電話ください」

 俺はふせん紙にボールペンで携帯電話の番号を書くと、季沙へ渡した。アキラに勉強を教えるために用意していたふせん紙が役に立った。

「アキラくんのおうちは塾の方です。礼司くんにも連絡してみます」
「それは助かります」

 俺は頭をさげると、すぐさまカフェを飛び出した。
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