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別居だけど、誘惑します!

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 白く細い手足に、たわわな胸、透けたランジェリーから見えたそれらに、俺の身体は正直だった。

 抱きしめたぬくもりは思いのほか小さくて、守りたいとより強く感じた。

 目を閉じても、美奈子の美しい肢体がまぶたの裏に焼き付いて離れない。無防備な薄い衣さえ剥いで、すべてを丸裸にして身体をうずめたい。そんな衝動が、今も俺の中に残っている。

 今ごろ、彼女はどうしているだろうか。逃げ出してしまったから、追いかけはしなかった。俺に無理やり向き合わせるより、彼女の心の動きに俺が合わせればいい。そうやって生活を営んできて、このごろはうまくいっていたのだから。

「明日は母家へ行ってみるか」

 一晩経てば、彼女も冷静になれるだろうし、さすがに何もなかったようには振る舞えない。まさか、本当に購入したばかりのランジェリーを見せに来ただけではないだろう。

 翌朝はいつもよりはやく目覚めた。ニットに着替えると、早速、母家へと向かう。

 美奈子の生まれ育った久宝家の母家には、学生時代、克則に招かれて、一度だけ来たことがある。中に入ってお茶でも、という靖子の誘いを受け、リビングから庭を眺めた記憶がある。

 あのとき、まだ幼かった美奈子は、庭で同い年ぐらいの女の子とふたりで楽しそうに遊んでいたんだったか。

 あのころから……、いや、あのころのずっと前から、美奈子は母家の二階で暮らしている。離れにいるより安心できるというのは本当だろう。俺の腕の中で眠るよりも、母家で暮らしている方が安全だと思ってるのかもしれない。

 さて。どうしたら、美奈子は離れに戻ってきてくれるだろう。

 二階にあがり、美奈子の部屋のドアをノックする。しばらくして、「はい」と声がした。

 俺は眉をひそめる。

 今の声はなんだ? 男みたいな声だ。少なくとも、美奈子の声じゃない。

 すぐさま無言でドアを押し開ける。そこに広がる光景に、息を飲む。ひとりの男がベッドの脇に立ち、ベルトを締めている。

 ずいぶん小柄な男だが、そのたたずまいには品がある。美奈子の知り合いか?

 目を横にずらす。子どもみたいなあどけない寝顔を見せて、美奈子はベッドに横たわっている。昨夜、俺を翻弄したランジェリー姿で。

 シーツにはしわが入り、彼女のとなりに誰かが寝ていた形跡がある。誰か……というのは間違っているか。寝ていたのは、俺をまっすぐな目で見つめる、この男だ。

「おまえは誰だ」

 怒りを隠しきれずに詰め寄ると、男の胸ぐらをつかむ。

「俺の妻と知っての蛮行か」

 声を押し殺す俺を、男は冷ややかに見つめてくる。

「空手の有段者が素人に手を挙げるとは大人気ない」
「……確かにな。それは失礼した」

 パッと手を離す。熱くなりすぎた。いや、熱くならないわけがない。妻を寝取られたかもしれないのに。

「嫉妬、するんですね」

 乱れたシャツを直しながら、男はうっすら笑う。

「当然だろう。はらわたが煮えくりかえってるよ。どういうことか、説明してもらおうか」
「説明も何も、美奈子が抱いてもらえないって泣きついてくるから、なぐさめてあげてたんですよ。もったいないなぁ。こんなに綺麗で、しなやかな身体を抱いてやらないなんて」
「なぐられたいのか」

 グッとこぶしを握ると、男はベッドに腰かけ、美奈子の髪をもてあそぶように触れる。

「あなたが守れないから、私が守るだけなんだ」
「なんだって?」
「いや、私がいるんだから、あなたはいらないって言った方がわかりやすい?」

 美奈子の手が無意識に伸びて、男の手をつかむ。その手を男は握り返し、いとおしそうに彼女の髪をなで下ろす。

「美奈子は私が守るって決めたんだ。だから、強くなった。あなたに負ける気はしてないよ」

 男は俺をねめあげる。

 勇ましい凜とした瞳。この目、以前にどこかで……。

「もしかして、おまえ……あのときの」
「思い出してくれたんですね」
「西ヶ原瑞希か」
「はい。お久しぶりです、貴彦さん」

 余裕そうに笑む男……、いや、彼女を改めて眺める。男にしては華奢な体つき。よくよく見れば、女とわかる。嫉妬と苛立ちで、こんな簡単なことにも気づけなかったとは情けない。

「さっきはすまなかった。手荒な真似をした」
「気にしてません。むしろ、美奈子に愛情があるってわかれば、私も安心できる」

 そうか。俺が美奈子をないがしろにしてると思って、敵意をむき出しにしていたのか。男の格好をして、忠実な騎士気取りというところか。

「美奈子とふたりで話がしたい。すまないが、帰ってくれないか」
「言われなくてもそうしますよ」

 瑞希はえりを正すと、ドアへ向かって歩き出す。そうして、不意に立ち止まって振り返る。

「美奈子があなたを選んだ理由、覚えてますか?」
「そうじゃないかと思うことはある」
「そっか。よかった」

 俺の答えは間違っていなかっただろうか。彼女は柔らかな笑みを見せると、部屋を出ていった。
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