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別居だけど、誘惑します!
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「あら、美奈子さん、今日の髪留め、とても素敵ね。もしかして、ご主人からのプレゼント?」
「ええ。私の好みに合わせて、よくプレゼントしてくださるんです」
蝶々の髪留めに、羨望の視線が集まるのを感じながら、ほがらかに微笑む。
全方位分析サークルの今日の話題は、私の私生活に焦点が当てられたようだ。
結婚当初は、まさかあの一ノ瀬貴彦さんが私と? などと盛り上がったものだが、最近はめぼしい動きもなく、まったく注目されていなかった。しかし、今日は珍しい髪飾りにみんなの興味を集めたようだ。
「その髪飾り、貝細工かしら」
問われて、みんなによく見えるように身体をひねる。
「そうなんです。螺鈿細工で有名な職人さんが作られた一点ものだそうで」
「本当に綺麗ね。それにしても羨ましいわ。ご主人は美奈子さんを大層、お大事にしてくださってるのね」
「それはもう。感謝するほどに」
大げさでなく、私はそう言う。
貴彦さんが褒められるのはうれしい。別居を決行してからは、彼も考えを改めたようだ。今朝は私が手作りしたお弁当を食べたいと言ってくれたし、料理の腕も褒めてくれた。マメだし、優しいし、気遣いもある。夫として申し分ない。彼に対する不満があるとすれば、夜の生活がないことぐらいだ。それが一番の問題ではあるのだけど。
「やっぱり、夫婦生活が充実してると、夜遊びもなくなるものなのね」
関心する声があがると、みんなが飛びつくように話し出す。
「私も聞きましたわ。美奈子さんと婚約されたころから、ぱったりと銀座に来られなくなったとか。久宝貴彦さんは愛妻家だと、信頼の声も上がってるそうですわよ」
「美奈子さんがしっかりされているから、ご主人も安定した生活が送れてるのでしょうね。美奈子さんは前々からお綺麗ですけれど、ご主人に愛されて、ますますお綺麗になられたのではなくて?」
みんなの興味津々なまなざしが、私の肌をなめるように見ていく。なんだか、恥ずかしい。愛されているどころか、レスられているのに。
隣で、瑞希がくすりと笑ったような気がしたが、私はめげずに微笑む。
「毎日のように求められると困ってしまいますよね」
みんなはほんのり赤くなって、目配せする。
結婚するまではみんなも未経験だろうから、適当にあしらってしまえば、この話題はもう上がらないだろうと思ったのだが……。
「あら、いやだわ。毎日だなんて。そのご様子では、レスの心配はありませんわね」
ひとりが恥ずかしそうにしながらも、そう言うと、別のひとりが反応する。
「そうですわよ。最近はレスになるご夫婦も多いとか。それも、新婚早々になんてことも」
「結婚してるのに未経験のままだなんて、私は嫌だわ」
「どんなに地位も名誉もある素敵な方でも、私も遠慮したいわ、そんな殿方」
レスはみんなの関心事でもあるようだ。ぐさりと胸に刺さる言葉の数々に、いつまで笑顔を保てるだろうかと不安になってくる。
「でもどうして、レスになるのかしらね? 愛する人と結婚できたのに、そんな気持ちにならないものかしら」
「私、知ってますわ。相性が良くないと、そうなるそうよ」
「相性というと、お上手かどうかということですわね」
「そうですわよ。素敵な殿方は経験も豊富でしょうから、されるがままの妻では満足できないそう。そうして、経験豊富な女と浮気してしまうのよ」
「殿方は何も知らないような純朴な女性を妻に望むのかと思ってましたわ」
「それはそれ、これはこれなのではなくて? マンネリ化もあるでしょうし」
ひとりが質問を投げかけたことで、耳年増のみんなが意見を出し合う。
私は黙って静かに耳を傾ける。相性も何も、マンネリ化も何も、まだ何もしてないのだから、どれも貴彦さんにはあてはまらない気がする。
「そうそう。慣れてしまって、飽きてしまうのもありそうですわよね。同じ家で暮らすとお互いの匂いが同じになってしまって、その気にならなくなるとか」
「それで、妻だけは抱けないとなってしまうのよね?」
「そういう話は聞きますわね。あとは、仕事のプレッシャーでそういう気持ちにならないとか」
仕事のプレッシャー?
それならあるだろうか。私は瑞希へと目を向ける。彼女はまったく興味なさそうに、足を組んでほおづえをついている。しかし、私と目を合わせると、仕方なさそうに口を開く。
「もし、今あげたような理由が原因だっていうなら、どうしたらいいんだろうね?」
私の知りたいことを聞いてくれる瑞希は有能だ。
「そうですわよねぇ。難しいですわよねぇ」
「簡単にわかるようなものなら、みなさん、悩んではいないのでしょうからね」
「じゃあ、解決方法はないってことだね」
瑞希は少々めんどくさそうに、会話を切り上げようとする。こういう恋愛沙汰の悩みがそもそも苦手だから、彼女は恋をしないのかもしれない。
「今後の課題ですわね。ですけれど、私でしたら、殿方を誘ってみますわ」
「誘うって、どうやってですの?」
ひとりが興味深げに尋ねる。
「先ほど、匂いのお話がありましたでしょう? でしたら、いつもと香水を変えてみますわね」
「それはいい考えですわね。でも、それだけでレスが解消するかしら」
「それだけでは無理そうよね。殿方をその気にさせるには、やっぱり、魅惑的なランジェリーをつけてみてもいいかもしれませんわ」
「刺激を与えるんですわね」
「抱きたいと思わせたら、こちらのものですわ」
私は黙って、心の中でうなずく。
いつもと違う香水に、魅惑的なランジェリー。確かに、私にはそういった意外性や色気がないのかもしれない。
「あら、美奈子さん、今日の髪留め、とても素敵ね。もしかして、ご主人からのプレゼント?」
「ええ。私の好みに合わせて、よくプレゼントしてくださるんです」
蝶々の髪留めに、羨望の視線が集まるのを感じながら、ほがらかに微笑む。
全方位分析サークルの今日の話題は、私の私生活に焦点が当てられたようだ。
結婚当初は、まさかあの一ノ瀬貴彦さんが私と? などと盛り上がったものだが、最近はめぼしい動きもなく、まったく注目されていなかった。しかし、今日は珍しい髪飾りにみんなの興味を集めたようだ。
「その髪飾り、貝細工かしら」
問われて、みんなによく見えるように身体をひねる。
「そうなんです。螺鈿細工で有名な職人さんが作られた一点ものだそうで」
「本当に綺麗ね。それにしても羨ましいわ。ご主人は美奈子さんを大層、お大事にしてくださってるのね」
「それはもう。感謝するほどに」
大げさでなく、私はそう言う。
貴彦さんが褒められるのはうれしい。別居を決行してからは、彼も考えを改めたようだ。今朝は私が手作りしたお弁当を食べたいと言ってくれたし、料理の腕も褒めてくれた。マメだし、優しいし、気遣いもある。夫として申し分ない。彼に対する不満があるとすれば、夜の生活がないことぐらいだ。それが一番の問題ではあるのだけど。
「やっぱり、夫婦生活が充実してると、夜遊びもなくなるものなのね」
関心する声があがると、みんなが飛びつくように話し出す。
「私も聞きましたわ。美奈子さんと婚約されたころから、ぱったりと銀座に来られなくなったとか。久宝貴彦さんは愛妻家だと、信頼の声も上がってるそうですわよ」
「美奈子さんがしっかりされているから、ご主人も安定した生活が送れてるのでしょうね。美奈子さんは前々からお綺麗ですけれど、ご主人に愛されて、ますますお綺麗になられたのではなくて?」
みんなの興味津々なまなざしが、私の肌をなめるように見ていく。なんだか、恥ずかしい。愛されているどころか、レスられているのに。
隣で、瑞希がくすりと笑ったような気がしたが、私はめげずに微笑む。
「毎日のように求められると困ってしまいますよね」
みんなはほんのり赤くなって、目配せする。
結婚するまではみんなも未経験だろうから、適当にあしらってしまえば、この話題はもう上がらないだろうと思ったのだが……。
「あら、いやだわ。毎日だなんて。そのご様子では、レスの心配はありませんわね」
ひとりが恥ずかしそうにしながらも、そう言うと、別のひとりが反応する。
「そうですわよ。最近はレスになるご夫婦も多いとか。それも、新婚早々になんてことも」
「結婚してるのに未経験のままだなんて、私は嫌だわ」
「どんなに地位も名誉もある素敵な方でも、私も遠慮したいわ、そんな殿方」
レスはみんなの関心事でもあるようだ。ぐさりと胸に刺さる言葉の数々に、いつまで笑顔を保てるだろうかと不安になってくる。
「でもどうして、レスになるのかしらね? 愛する人と結婚できたのに、そんな気持ちにならないものかしら」
「私、知ってますわ。相性が良くないと、そうなるそうよ」
「相性というと、お上手かどうかということですわね」
「そうですわよ。素敵な殿方は経験も豊富でしょうから、されるがままの妻では満足できないそう。そうして、経験豊富な女と浮気してしまうのよ」
「殿方は何も知らないような純朴な女性を妻に望むのかと思ってましたわ」
「それはそれ、これはこれなのではなくて? マンネリ化もあるでしょうし」
ひとりが質問を投げかけたことで、耳年増のみんなが意見を出し合う。
私は黙って静かに耳を傾ける。相性も何も、マンネリ化も何も、まだ何もしてないのだから、どれも貴彦さんにはあてはまらない気がする。
「そうそう。慣れてしまって、飽きてしまうのもありそうですわよね。同じ家で暮らすとお互いの匂いが同じになってしまって、その気にならなくなるとか」
「それで、妻だけは抱けないとなってしまうのよね?」
「そういう話は聞きますわね。あとは、仕事のプレッシャーでそういう気持ちにならないとか」
仕事のプレッシャー?
それならあるだろうか。私は瑞希へと目を向ける。彼女はまったく興味なさそうに、足を組んでほおづえをついている。しかし、私と目を合わせると、仕方なさそうに口を開く。
「もし、今あげたような理由が原因だっていうなら、どうしたらいいんだろうね?」
私の知りたいことを聞いてくれる瑞希は有能だ。
「そうですわよねぇ。難しいですわよねぇ」
「簡単にわかるようなものなら、みなさん、悩んではいないのでしょうからね」
「じゃあ、解決方法はないってことだね」
瑞希は少々めんどくさそうに、会話を切り上げようとする。こういう恋愛沙汰の悩みがそもそも苦手だから、彼女は恋をしないのかもしれない。
「今後の課題ですわね。ですけれど、私でしたら、殿方を誘ってみますわ」
「誘うって、どうやってですの?」
ひとりが興味深げに尋ねる。
「先ほど、匂いのお話がありましたでしょう? でしたら、いつもと香水を変えてみますわね」
「それはいい考えですわね。でも、それだけでレスが解消するかしら」
「それだけでは無理そうよね。殿方をその気にさせるには、やっぱり、魅惑的なランジェリーをつけてみてもいいかもしれませんわ」
「刺激を与えるんですわね」
「抱きたいと思わせたら、こちらのものですわ」
私は黙って、心の中でうなずく。
いつもと違う香水に、魅惑的なランジェリー。確かに、私にはそういった意外性や色気がないのかもしれない。
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