上 下
16 / 25
愛を確かめたくて

2

しおりを挟む
***


 イチョウ並木に、紅葉のじゅうたんが広がる街道を走っていた。

 春になると桜も楽しめるランニングコースは、学生時代からお気に入り。

 目線を上げると、陸斗さんの働くオフィスビルが遠くに見える。ビル群の中で、とりわけ高いビルは、手を伸ばしたって届きそうにない。私と彼の距離を象徴してるみたい。

 陸斗さんに会いたい、なんて思っても言い出せないでいる。

 気晴らしにランニングに出て正解だった。走ってる間は余計なことを考えないでいられる。

 ベンチに座って、ボトルポーチからペットボトルを取り出す。スポーツドリンクでのどを潤していると、車道に車が停まった。

 スポーティーな高級車。存在感のあるブラックに目がいく。キラキラと光沢のあるブラックは、きっとブラックサファイア。

 陸斗さんならこういう車に乗るのかなぁ、なんて考えて、ちょっと笑っちゃう。何を見聞きしても、彼のことばっかり考えてるみたい。

 ペットボトルをポーチにしまって、ふたたび走り出そうとしたとき、高級車から青年が降りてきた。

 彼はまっすぐ私に向かってくると、「やあ」と手をあげた。陸斗さんだった。

「沙月が見えたから。ランニング中?」

 見たらわかるだろう。彼が近づくから、ちょっとあとずさる。

「陸斗さんは?」
「なんで逃げる?」
「逃げてなんかないです」
「いや、逃げてるよ」

 グッと手首をつかまれて、身をすくませる。

「あ、汗かいてますからっ。あんまり近づかないでください」

 じりじりと下がる私を見て、陸斗さんは愉快そうに口もとをゆるめる。

「沙月はすぐに近づくなって言うよな。そんなに走った?」
「まだちょっと走っただけですけど……」
「体力は残ってる?」
「それは……はい」

 何が言いたいんだろう。いぶかしく思ってると、いきなり彼は私の腰を抱いた。

「これからプールに行くところだよ。沙月も行く?」
「プール? 寒いですよ。何月だと思ってるんですか」
「寒いって……。ホテルの屋内プール、貸し切りにしてるから。沙月もどう?」
「は……、貸し切り?」
「たまにね。まあ、行こうか」

 彼は私の腰を抱いたまま、車へ向かって歩き出す。

「行こうかって……水着もないですし」
「うちの商品、部屋にあるから」
「ええっ、RIKUZENの水着ですかっ?」
「着たい?」
「着たいです……!」
「じゃあ、行こう」

 くすくす笑う陸斗さん見てたら、ちょろい、なんて思われてそう。

 あー、でも断る理由が見つからない。
 RIKUZENの水着で、頭がいっぱい。

 陸斗さんの車に乗り込む。男性の車に乗るのも初めてなのに、高級感あふれる車内にそわそわする。

 彼は愉快そうに私を眺めて、車を発進させる。

「さっき、自宅に行ってきた。じいさん、あいかわらず元気そうだ。沙月に会いたいから、近いうちに顔出すってさ」
「病院に?」
「沙月がうちに来るなら、それでも?」
「陸斗さんのご自宅にっ? それは……気が引けます」
「そう言うと思ったよ。まあ、診察がてら、顔出すぐらいだよ」

 すみません、と頭を下げて、車窓の外へ視線を移す。

 イチョウ並木を過ぎて、さっきまで遠くに見えていたオフィスビルが、もう目の前。見慣れた光景が、私たちを迎えてくれる。

 車がレジデンスの駐車場に停まる。

「ちょっと待ってて」

 水着を持ってきてくれるんだろう。私を車に残して、陸斗さんは駐車場を出ていった。

 すぐに彼は紙袋を持って戻ってきた。RIKUZENのロゴ入り紙袋を見るだけでテンションがあがる。

「RIKUZENの水着、来年買おうかなぁって思ってたんです。かわいいスポーツ水着、たくさんあるし」
「そう。それは光栄だね」

 ハンドルを握って、うっすら笑む彼の横顔を見上げる。

「ほんとに、陸斗さんってすごいです」
「優秀な社員に恵まれてるだけだよ」
「陸斗さんだから集まるんです」
「そうか。じゃあ、沙月に会えたのも、必然かな」

 車は駐車場を出て、すぐにオフィスビル内にあるホテルの駐車場へ移動した。

 ロビーで受付をして、エレベーターに乗る。屋内プールは50階にあるみたい。

 陸斗さんは迷いなくホテルの中を進む。ここにもよく来るのだろう。

「そこの先、ロッカールームだから。着替えたら、プールにおいで」

 紙袋を渡されて、ロッカールームの前で彼と別れる。

 貸し切りだから、広いロッカールームには、誰もいない。入り口に近いロッカーを開き、紙袋を置く。

 少し汗ばんだランニングシャツを脱いで、紙袋から水着を取り出した私は、「ふへっ」っと変な声を漏らした。

「何、これ……。スポーツ水着じゃないの……」

 目の前で、水着を広げる。
 ううん、広げるほどの生地もない。

 真っ白な生地に、おしゃれなRIKUZENマークの入った、ビキニだった。

 やられた。陸斗さんが、肌を隠す水着を用意するはずなかった。

 迷いながら、ビキニをつけてみる。鏡の前に移動して、確認する。

 後ろで結んだリボンは大きめで、ひらひらと揺れて可愛らしい。デザインは、さすがというのか、文句なしの愛らしさ。

「白じゃなかったらよかったなぁ」

 ぽつんとつぶやいて、ロッカールームからプールへつながる廊下を歩いていく。

 現れたドアを開けると、プールサイドに陸斗さんが立っていた。

 ハッとする。筋肉質の身体を惜しげもなくさらす姿を目にしてはじめて、彼も水着になるんだった、なんて気づいたのだ。

 彼は軽くストレッチしながら、振り返り、私を見ると手招きした。

 でも、すぐには動けない。ビキニ姿見られるの恥ずかしいなんて言えない。

「沙月、どうした?」

 陸斗さんは不思議そうに、ドアから顔だけ出す私に近づいてくる。さらにドアに隠れると、彼は立ち止まる。

「また近づくなって?」

 にやっとする彼が憎らしい。

「笑いごとじゃないです。す、スポーツ水着じゃなくてびっくりしました」
「まあ、売れ残り商品だからね」
「売れ残りっ? だから、白なんですね……」
「かわいいと思うけどね」

 彼はまた歩き出す。

「デザインはいいと思います」
「だろう? いつまで隠れてるつもり? 俺しかいないんだから、出ておいで」
「陸斗さんがいるから、無理なんです」
「いいから、おいで」

 手を差し出される。ジッとその手のひらを見つめる。彼は一歩も譲る気はないみたい。

 そろそろと手を伸ばして、彼の手を取る。同時に手を引かれて、プールサイドへ足を踏み込む。

「ああ、いいね」
「あんまり見ないでください」
「白は、エロくて嫌?」
「エッ……、違います。引き締め効果がないから、嫌なんです」
「じゅうぶん、引き締まってるよ。ちょうどいいっていうのかな。すごくきれいだよ」

 陸斗さんの視線が肌の上を滑るたびに、身体をなでられてるような感覚に襲われる。目だけでそんな気分にさせるなんて、ずるい。

「は、はやくプールに入りたいです」
「わかった」

 彼の両腕が身体に回る。

「は……っ、きゃっ」

 いきなりお姫様だっこされる。入りたいって言ったけど、連れていってなんて言ってないのに。

「つかまって」

 そう言われたときには、プールに入る彼の身体にしがみついていた。

 ジャバジャバと音を立てて進む。プールの中ほどまで来ると、彼に抱きついたままでいる私を、ゆっくりとプールに下ろしてくれる。

 ほんの少し深い。つま先だちをして、濡れたたくましい身体に手を触れさせたまま、彼を見上げる。彼も、私の腰を沈まないように抱いてくれている。

「なあ、沙月」
「なんですか?」
「もっと気を許してほしいんだが、どうしたらいい?」
「え……っ?」
「沙月ともっとキスしたいし、抱きたいって思ってる」
「きゅ、急に、なんですか」

 後ろに下がったら、足が滑った。ズブンッと沈んで、あわてて手を伸ばす。すぐにグッと抱き上げられて、彼の首にしがみつく。

 頭の先までずぶ濡れになった私を見て、彼はおかしそうに笑うが、ふと真剣な目をして、そっとキスをしてくる。

「ガードが硬いのも、困りものだ。何回デートしたら、許してくれる?」
「回数なんですか?」
「違うの?」

 またキスをして、彼は笑う。

「お互いに好きだったら、回数なんて関係ないと思います」

 好き合ってないから、そんな関係にならないだけ。そう伝えたのに、ただキスをしたい陸斗さんと、キスされたい私の唇は、何度も触れ合う。

「次は、期待していいか?」
「次って、いつ?」
「予告がいる?」
「は、はじめてだから、緊張はします」

 かあっ、とほおが赤らむ。
 言ってしまった。男っ気のない私のことなんてバレてるのに、やっぱり知ってて欲しかったし、優しくして欲しいって思ってたから。

「水着姿見られるだけで大騒ぎだからね。部屋中、追いかけ回さなくてもいいよう、祈るよ」
「そうやって、からかうのやめてください」
「からかってなんかないって、どうしたらわかってくれるんだろうね」
「はっきり言ってもらわないとわからないです」
「ああ……、そう」

 私を好きだって言ってくれるなら、いつだっていいのに。

 でも彼は言わない。言えないでいる。
 本気になれないから、きっと言わない。

 だけど、近づいてくる彼の唇を受け止める。フリでもなんでも、今は私だけを婚約者として扱ってくれるから。

 この前より、キスは深かった。何度も角度を変えて重なるから、甘い息がもれてしまう。

 酸素を求めて薄く開く唇を、柔らかな舌がなぞっていく。そのまま口内に入ってきて、荒々しく求められていく……。

 陸斗さんはずっと、私に夢を見させてくれるだろう。夢から醒めるその日まで、ずっと優しく求めてくれる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

黒縁メガネの先生と、下着モデルの女子高生

桐嶋いろは
恋愛
※再編集しました※ 幼い頃に父を亡くした菜奈。母は大手下着会社の社長で、みんなに内緒で顏出しNGの下着モデルをやっている。スタイル抜群の彼女はある日の帰り道、高校生に絡まれ困っていると、黒縁メガネにスーツの黒髪イケメンに助けられる。その人はなんとマンションの隣に住む人で・・・さらに・・・入学する高校の担任の先生だった・・・!? 年上の教師に、どんどん大人にされていく。キスもその先も・・・・ でも、先生と生徒の恋愛は許されない。無理に幼馴染を好きになる。 何度も離れながらも本当に愛しているのは・・・

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
野獣御曹司から執着溺愛されちゃいました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...