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かからない魔法とめざめる奇跡
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12月24日の朝はやってきた。
カレンダーの23日に赤マジックでバツをつけ、置き時計の横に戻す。まだ朝の6時だ。真咲さんが二人で出かけようなんていうから、よく眠れなかった。
ドレッサーの前に座ろうとすると、ミカドが先に鏡の前に座り、写真立ての中をじっと見つめている。
「お兄ちゃんだよ、ミカド。古屋遼っていうの」
そう言って椅子に腰を下ろすと、私のひざの上に彼は飛び乗ってくる。
「今日は古谷さんとお出かけするけど、古谷真咲さんは私のお兄ちゃんでもなんでもなくて、お兄ちゃんのお友達。私を妹みたいに思ってくれてるみたい」
いつも心配してくれる、お兄ちゃんみたいな人だ、真咲さんは。
そうミカドに説明して、写真立てに手を伸ばす。
高校時代の兄と真咲さんが並んで映る写真に指を這わす。知らず、兄よりも真咲さんに目が奪われる私がいて、すぐにパタンと伏せた。
「夜ごはん食べたら帰ってくるからね。ママと待っててね」
ミカドの頭をなでると、彼はいつものようにほおをすり寄せてくる。私を心配してくれているのは真咲さんだけじゃない。ミカドも同じなのだ。
*
「少し、遠出しましょう」
私が助手席に乗り込むと、真咲さんはそう言ってドアを閉めた。
「遠出って?」
運転席へ現れる彼に尋ねる。
彼は胸ポケットからパンフレットを取り出すと、中を開いて私に見せる。そこには夜景を見ながら食事のできるレストランが掲載されている。
「知り合いのシェフが経営するレストランなんです。去年オープンしたばかりで、まだ行ったことはありませんが、料理の腕は確かですから」
「お知り合いの……」
パンフレットをめくると、腕組みして笑顔を浮かべるシェフの写真が載っている。有名なレストランで料理長を経験したシェフのようだ。
気後れしてしまう。私には無縁な世界の住人に見える。
「この時期に予約の取れるレストランはなかなかなくて。知り合いならなんとかなるかとお願いしてみました」
「……古谷さんはやっぱりお医者様なんですね」
「え? ……ああ、そうですね。どうしても仕事関係で付き合う方が多いのは確かです。学生時代の友人とはなんとなく疎遠になって連絡取ってませんし。連絡取っていれば、遼の居場所もわかるかもしれませんが」
「今日のお誘いは嬉しかったけど……、あの、もういいですから……」
パンフレットを閉じて真咲さんにそっと突き戻す。
彼は困り顔で眉を下げるが、非礼な私に怒るわけでもなく、パンフレットを胸ポケットに戻した。
「誘いを嬉しいと思ってくれたなら、それでいいです。次の約束はまた今夜に」
真咲さんはため息を吐くように少しばかり視線を下げながらそう言って、苦しげな眼差しをしてハンドルを握った。
*
真咲さんのデートプランは完璧だった。私を退屈させない上に押し付けもない。私が興味を持つもの全てが自然な流れなのに、彼の中で計算され尽くしているかのようにスムーズだった。
こんな感じをなんというのだろうと考えて、知らず胸を高鳴らせる。
大切にされている。
私は真咲さんに大切にされているのだと思える。久しぶりの感覚だ。誰かに大切にされていた過去はわずかしかなくて、そのわずかの愛も未来へつながるものではなかったけど、彼の優しさは永遠のもののように錯覚する。
恋をする時はこんなものかもしれない。終わる恋とわかっていてする恋なんてなくて、最初は誰もがこの人ならと思って恋をするのだ。
クリスマスカラーに彩られた街並みは、観光客で溢れている。夜景の綺麗なレストランまでの道のりにある街道は、歴史ある建築物と若いクリエイターが出店する店舗が入り乱れている。新旧が共存する空間はおしゃれかつ情緒的だ。
革製品を扱うお店の前を通りがかる。ディスプレイに目が惹かれた。革製品とは思えないカラフルなデザインの財布が並んでいる。
「あ、このお店に入ってもいいですか?」
足を止めた私は行き過ぎようとする真咲さんを呼び止める。
「ええ、いいですよ。何か探してますか?」
「いろいろと。お財布も……、カバンも。やっぱりお仕事するなら、きちんとしないと」
仕事をしたいのだという意思を見せると、彼は優しく微笑む。
「気に入るものが見つかるといいですね。入りましょう」
真咲さんが率先して店内へ進み入る。若い女性店員が出迎えてくれる。胸に下げるプレートには店長の文字。この爽やかな雰囲気の女性のオリジナル作品を扱うお店のようだ。
奥にもう一人、学生風の女性店員がいるが、彼女は真咲さんをやたらとチラチラ眺めている。こんな光景は珍しくない。すでに何軒かで経験したことだ。それほど彼は魅力的な青年で、隣に並ぶ私は不釣り合いだろうと恥ずかしい思いを今日だけでも何度もした。
「今日は何をお探しですか?」
店長の問いかけに、真咲さんはすぐに答える。
「彼女のものをいろいろと。少し見させてください」
店長は笑顔で身を引く。すると奥から女性店員が出てきて、真咲さんの噂話をするみたいにはしゃいでいる。すぐに店長はたしなめるが、彼に対して好意を向ける感情は隠しきれていない。
隣にいるのは彼女だろうか。可愛くない。なんであんな見すぼらしい子を連れているんだろう。
そんな声が聞こえてくるみたいで息苦しくなる。
胸を押さえながら足元に視線を落とすと、そっと背中に手が触れる。
「大丈夫ですか? 悠紀さん。疲れたなら休憩しましょう」
12月24日の朝はやってきた。
カレンダーの23日に赤マジックでバツをつけ、置き時計の横に戻す。まだ朝の6時だ。真咲さんが二人で出かけようなんていうから、よく眠れなかった。
ドレッサーの前に座ろうとすると、ミカドが先に鏡の前に座り、写真立ての中をじっと見つめている。
「お兄ちゃんだよ、ミカド。古屋遼っていうの」
そう言って椅子に腰を下ろすと、私のひざの上に彼は飛び乗ってくる。
「今日は古谷さんとお出かけするけど、古谷真咲さんは私のお兄ちゃんでもなんでもなくて、お兄ちゃんのお友達。私を妹みたいに思ってくれてるみたい」
いつも心配してくれる、お兄ちゃんみたいな人だ、真咲さんは。
そうミカドに説明して、写真立てに手を伸ばす。
高校時代の兄と真咲さんが並んで映る写真に指を這わす。知らず、兄よりも真咲さんに目が奪われる私がいて、すぐにパタンと伏せた。
「夜ごはん食べたら帰ってくるからね。ママと待っててね」
ミカドの頭をなでると、彼はいつものようにほおをすり寄せてくる。私を心配してくれているのは真咲さんだけじゃない。ミカドも同じなのだ。
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「少し、遠出しましょう」
私が助手席に乗り込むと、真咲さんはそう言ってドアを閉めた。
「遠出って?」
運転席へ現れる彼に尋ねる。
彼は胸ポケットからパンフレットを取り出すと、中を開いて私に見せる。そこには夜景を見ながら食事のできるレストランが掲載されている。
「知り合いのシェフが経営するレストランなんです。去年オープンしたばかりで、まだ行ったことはありませんが、料理の腕は確かですから」
「お知り合いの……」
パンフレットをめくると、腕組みして笑顔を浮かべるシェフの写真が載っている。有名なレストランで料理長を経験したシェフのようだ。
気後れしてしまう。私には無縁な世界の住人に見える。
「この時期に予約の取れるレストランはなかなかなくて。知り合いならなんとかなるかとお願いしてみました」
「……古谷さんはやっぱりお医者様なんですね」
「え? ……ああ、そうですね。どうしても仕事関係で付き合う方が多いのは確かです。学生時代の友人とはなんとなく疎遠になって連絡取ってませんし。連絡取っていれば、遼の居場所もわかるかもしれませんが」
「今日のお誘いは嬉しかったけど……、あの、もういいですから……」
パンフレットを閉じて真咲さんにそっと突き戻す。
彼は困り顔で眉を下げるが、非礼な私に怒るわけでもなく、パンフレットを胸ポケットに戻した。
「誘いを嬉しいと思ってくれたなら、それでいいです。次の約束はまた今夜に」
真咲さんはため息を吐くように少しばかり視線を下げながらそう言って、苦しげな眼差しをしてハンドルを握った。
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真咲さんのデートプランは完璧だった。私を退屈させない上に押し付けもない。私が興味を持つもの全てが自然な流れなのに、彼の中で計算され尽くしているかのようにスムーズだった。
こんな感じをなんというのだろうと考えて、知らず胸を高鳴らせる。
大切にされている。
私は真咲さんに大切にされているのだと思える。久しぶりの感覚だ。誰かに大切にされていた過去はわずかしかなくて、そのわずかの愛も未来へつながるものではなかったけど、彼の優しさは永遠のもののように錯覚する。
恋をする時はこんなものかもしれない。終わる恋とわかっていてする恋なんてなくて、最初は誰もがこの人ならと思って恋をするのだ。
クリスマスカラーに彩られた街並みは、観光客で溢れている。夜景の綺麗なレストランまでの道のりにある街道は、歴史ある建築物と若いクリエイターが出店する店舗が入り乱れている。新旧が共存する空間はおしゃれかつ情緒的だ。
革製品を扱うお店の前を通りがかる。ディスプレイに目が惹かれた。革製品とは思えないカラフルなデザインの財布が並んでいる。
「あ、このお店に入ってもいいですか?」
足を止めた私は行き過ぎようとする真咲さんを呼び止める。
「ええ、いいですよ。何か探してますか?」
「いろいろと。お財布も……、カバンも。やっぱりお仕事するなら、きちんとしないと」
仕事をしたいのだという意思を見せると、彼は優しく微笑む。
「気に入るものが見つかるといいですね。入りましょう」
真咲さんが率先して店内へ進み入る。若い女性店員が出迎えてくれる。胸に下げるプレートには店長の文字。この爽やかな雰囲気の女性のオリジナル作品を扱うお店のようだ。
奥にもう一人、学生風の女性店員がいるが、彼女は真咲さんをやたらとチラチラ眺めている。こんな光景は珍しくない。すでに何軒かで経験したことだ。それほど彼は魅力的な青年で、隣に並ぶ私は不釣り合いだろうと恥ずかしい思いを今日だけでも何度もした。
「今日は何をお探しですか?」
店長の問いかけに、真咲さんはすぐに答える。
「彼女のものをいろいろと。少し見させてください」
店長は笑顔で身を引く。すると奥から女性店員が出てきて、真咲さんの噂話をするみたいにはしゃいでいる。すぐに店長はたしなめるが、彼に対して好意を向ける感情は隠しきれていない。
隣にいるのは彼女だろうか。可愛くない。なんであんな見すぼらしい子を連れているんだろう。
そんな声が聞こえてくるみたいで息苦しくなる。
胸を押さえながら足元に視線を落とすと、そっと背中に手が触れる。
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