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元彼は記憶喪失

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「俺も最初はそう思った。だけど、彼女の話によると、俺たちは高校で初めて出会って、高校時代以来の再会らしい」
「じゃあ、高校の同級生かな? ……そうだ。拓海くんはあれから、卒業アルバムを何度も見てるんだろう? それで、彼女の顔と名前を覚えてたとか?」
「その可能性は気づかなかったな。そうだね。……そうかもしれない」

 拓海は納得するようにうなずく。

「それじゃあ、本当に記憶が戻ったかどうかの確認にはならないかもな。残念だけれど」

 息をついた基哉と千華は、顔を見合わせると小さくうなずき合う。拓海も思い悩むように目を伏せている。

 彼らだけが分かり合っているようで、光莉は蚊帳の外に置かれた気分になる。

「ねぇ、聞いていい? 今の話、どういうこと?」

 光莉が口をはさむと、拓海は頼りなげに眉を下げる。

「記憶がないんだ……、俺は」
「え、記憶っ?」

 突拍子もない話に、光莉は驚いた。

「記憶喪失ってやつ」

 基哉が端的に言うと、拓海も認めるようにうなだれる。

「こんなふうになってから、いろいろと調べて中学までの記憶があることはわかってさ。今でも高校の卒業アルバムに載るクラスメイトの誰一人として思い出せてない。俺の記憶は高校時代から一ヶ月前まですっぽり抜け落ちてるんだ」
「それなのに、私を覚えてた?」

 光莉は高校時代の拓海しか知らない。それは彼も同じだ。抜け落ちた過去の中で、唯一、光莉の顔と名前だけを覚えていたという。それを聞いて、光莉は複雑な思いにならないわけがなかった。

「そうなんだよ。光莉の名前は覚えてたんだ。俺は……、基哉さんの言うように、卒業アルバムに載る光莉を覚えてただけなんだろうか」
「それは違う」

 光莉はすぐさま否定した。

「違う?」

 どうして断言できるのかと、拓海は首をかしげる。高校時代の記憶を失っているのは間違いないと思わせる仕草だ。

「確かに、私たちは高校の同級生だけど、私は2年生の時に転校したから、卒業アルバムには載ってない」
「そうなんだ? じゃあ、ますます不思議だよ。どうして光莉を覚えてたんだろう」
「それは……、私にもわからない」

 光莉は首を横に振り、お手上げだというように頭に手を置く拓海に尋ねる。

「いったい、どうしてこんなことに?」
「事故だよ」

 俺が全部知ってるとばかりに、拓海の代わりに基哉が口を開く。

 彼は拓海が通うバーの店長というだけでなく、記憶をなくした彼を親身になって支える友人のひとりのようだ。

「事故って、どんな?」
「酒に酔って川に転落したんだ。拓海くんは時々、仕事なんかでストレスあると飲み過ぎることがあってさ。俺も強く止めなかったから責任は感じてる」

 意外だ。拓海が酔い潰れるほど飲むなんて。しかし、お互いにもう28歳の大人だ。高校時代の彼を知っているからといって、すべてわかったような気になる方がおかしい。

「それっていつの話?」
「ひと月ぐらい前かな。ここで飲んで、その帰り道にね。前はひと駅向こうに住んでてさ、飲み過ぎた時は酔い覚ましに歩いて帰ってたんだよ」
「じゃあ、今のところに引っ越してきたのは、事故のあと?」
「そう。事故に遭った川の近くには住まわせたくないってご家族の意向があって、俺の店に近いこっちに引っ越してきたんだ。ご両親も、俺がそばにいるなら安心だって」

 ずいぶんと、ご家族は基哉を信頼しているようだ。光莉が思うより、親密な付き合いかもしれない。

「基哉さんとは長いお付き合いなんですか?」
「長いってほどではないんだけどね。拓海くんはシオンがオープンしたときからのお客さんだから、3年前からの付き合いになるかな」

 3年か……。短いとも長いとも言えない期間だが、少なくとも、光莉が拓海と過ごした時間よりも長い。

「ねぇ、拓海は基哉さんのことも覚えてないの?」
「残念ながら。俺が基哉さんの知り合いだっていうのも、この店の常連だったっていう話も、全部基哉さんから教えてもらったんだ。自分でははっきりと何も思い出せてない」
「じゃあ、会社のこともだよね?」
「そうだね。同僚が何人かお見舞いには来てくれたけど、彼らが誰なのか、全然わからなかったよ」
「仕事、来月から行くんだっけ?」
「一応ね。仕事も忘れてたら、あきらめて転職するつもりだよ」
「そっか」

 終始、さみしげな拓海にどんな言葉をかけたらいいのかわからず、しんみりしてしまうと、盛り上げようとしてくれたのか、基哉が口を開く。

「今度はそちらの話を聞かせてもらおうかな。高校時代の拓海くんとは、いったいどういうご関係?」

 茶化すように笑む基哉の質問に、光莉は戸惑う。

 拓海が唯一覚えている女性という特殊な立場の光莉に興味を持つのは当然だろう。しかし、光莉はこちらに期待の目を向ける拓海に、気軽に話せることなんてなかった。

「関係なんていうほどのものはないんです。クラスも部活も同じだったってだけ」
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