4 / 75
元彼は記憶喪失
4
しおりを挟む
光莉は誘いを断ることもできたが、拓海との再会をこのまま手放したら心残りになる気がして承諾した。
そして、連れていかれたのは、アパートから程近い雑居ビルの2階に入る、『シオン』という名のバーだった。
ひっそりと目立たない外観から受ける印象は、繁華街にある華やかなバーと違って、住宅街の片隅に間借りした、常連客ばかりが集うお店のようだ。
拓海が友人とたわいない話をするためにたびたび訪れているというなら、納得できる店構えに見える。
アルファベットで店名が表記された、控えめでしゃれた電飾看板を横目に、拓海の背中を追って店内に入る。
入り口からは店内すべてが見渡せた。右手にあるバーカウンターは5席、左手のソファー席は4つあって、全部で20席ほどだ。想像通り、店内は落ち着いた雰囲気。まだ開店したばかりだろうか、先客はたったの二人だった。
「いらっしゃい、拓海くん」
バーカウンターの奥に立つ青年が笑顔で出迎えてくれる。光莉より年上に見えるその青年の隣には、優しそうな若い女性がひかえている。
カウンターに歩み寄る拓海は、背の高い青年が店長の基哉で、ポニーテールが似合う女性を基哉の妹の千華だと紹介し、兄妹ふたりでバーを経営しているのだと教えてくれた。
基哉は笑うと目尻にしわの入る色男で、千華はかわいいと美しいが共存する正統派美人。見目麗しい彼らの接客を楽しみに来店する客も多いだろうと思わせる、美男美女の兄妹だ。
「珍しいね、拓海くんが一人じゃないなんて」
カウンター席に着くと、早速、基哉は光莉に興味を見せた。
「珍しいですか……」
拓海はどこか浮かない様子で、頼りなげにつぶやく。
「うん。珍しいっていうより、はじめてじゃないかな? どういうご関係?」
尋ねられると、拓海は薄く何度か口を開いては閉じた。何か言うのを迷っているみたいだ。
その間に注文を取りに来た千華に、光莉は拓海がいつも何を頼むのか尋ね、一杯目は必ずジントニックだと知ると、同じものを注文した。
カクテルを作るのは基哉だ。そのフォローのため、千華は手際よく彼の周囲を動き回る。まさに、あうんの呼吸というのだろう。基哉が求めるものを、黒子さながら先回りして用意する。兄妹だからこそ成せる技を見せつけられているようだ。
年に数回、光莉は仕事で日本に来ているが、こんなにストレスを感じない接客を見るのは久しぶりだ。気遣い屋の拓海が常連なのもうなずける気がした。
ジントニックが出来上がる頃には、夕食をまだ食べていないという光莉に千華がおすすめしてくれたサンドイッチも運ばれてきた。メニューのないお店だが、フードを作るのは彼女の担当のようだ。
「実は……、彼女は俺の過去を知る人なんだ」
ジントニックをひと口飲むと、お酒の力を借りたのか、ようやく拓海は口を開いた。
過去を知る? さすがに別れた恋人だとは言えないまでも、やけに意味深な言い方をするのだと、光莉は意外に思って、深刻な彼の横顔を無言で見つめる。
「というと?」
基哉が先を促すように尋ねる。
「彼女の顔を見たとき、自然と名前が出てきた。覚えてたんだって、驚いたよ」
「へえ。そんなこともあるんだ」
感心げに基哉はつぶやいたが、すぐさま何か思いついたような表情をした。
「もしかして、小中の知り合い?」
そして、連れていかれたのは、アパートから程近い雑居ビルの2階に入る、『シオン』という名のバーだった。
ひっそりと目立たない外観から受ける印象は、繁華街にある華やかなバーと違って、住宅街の片隅に間借りした、常連客ばかりが集うお店のようだ。
拓海が友人とたわいない話をするためにたびたび訪れているというなら、納得できる店構えに見える。
アルファベットで店名が表記された、控えめでしゃれた電飾看板を横目に、拓海の背中を追って店内に入る。
入り口からは店内すべてが見渡せた。右手にあるバーカウンターは5席、左手のソファー席は4つあって、全部で20席ほどだ。想像通り、店内は落ち着いた雰囲気。まだ開店したばかりだろうか、先客はたったの二人だった。
「いらっしゃい、拓海くん」
バーカウンターの奥に立つ青年が笑顔で出迎えてくれる。光莉より年上に見えるその青年の隣には、優しそうな若い女性がひかえている。
カウンターに歩み寄る拓海は、背の高い青年が店長の基哉で、ポニーテールが似合う女性を基哉の妹の千華だと紹介し、兄妹ふたりでバーを経営しているのだと教えてくれた。
基哉は笑うと目尻にしわの入る色男で、千華はかわいいと美しいが共存する正統派美人。見目麗しい彼らの接客を楽しみに来店する客も多いだろうと思わせる、美男美女の兄妹だ。
「珍しいね、拓海くんが一人じゃないなんて」
カウンター席に着くと、早速、基哉は光莉に興味を見せた。
「珍しいですか……」
拓海はどこか浮かない様子で、頼りなげにつぶやく。
「うん。珍しいっていうより、はじめてじゃないかな? どういうご関係?」
尋ねられると、拓海は薄く何度か口を開いては閉じた。何か言うのを迷っているみたいだ。
その間に注文を取りに来た千華に、光莉は拓海がいつも何を頼むのか尋ね、一杯目は必ずジントニックだと知ると、同じものを注文した。
カクテルを作るのは基哉だ。そのフォローのため、千華は手際よく彼の周囲を動き回る。まさに、あうんの呼吸というのだろう。基哉が求めるものを、黒子さながら先回りして用意する。兄妹だからこそ成せる技を見せつけられているようだ。
年に数回、光莉は仕事で日本に来ているが、こんなにストレスを感じない接客を見るのは久しぶりだ。気遣い屋の拓海が常連なのもうなずける気がした。
ジントニックが出来上がる頃には、夕食をまだ食べていないという光莉に千華がおすすめしてくれたサンドイッチも運ばれてきた。メニューのないお店だが、フードを作るのは彼女の担当のようだ。
「実は……、彼女は俺の過去を知る人なんだ」
ジントニックをひと口飲むと、お酒の力を借りたのか、ようやく拓海は口を開いた。
過去を知る? さすがに別れた恋人だとは言えないまでも、やけに意味深な言い方をするのだと、光莉は意外に思って、深刻な彼の横顔を無言で見つめる。
「というと?」
基哉が先を促すように尋ねる。
「彼女の顔を見たとき、自然と名前が出てきた。覚えてたんだって、驚いたよ」
「へえ。そんなこともあるんだ」
感心げに基哉はつぶやいたが、すぐさま何か思いついたような表情をした。
「もしかして、小中の知り合い?」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる