君の世界は森で華やぐ

水城ひさぎ

文字の大きさ
上 下
13 / 32
君の世界は森で華やぐ 〜1〜

心とらえる絵画 4

しおりを挟む
「紺野さん、何にしますか?」

 いつのまにか、柚原くんはメニュー表を広げて眺めている。絵画から興味はすぐに冷めてしまったよう。私だったらずっと眺めていたいのに、と思う。

 人の価値なんてそんなものだろう。ある人にはあるし、ない人にはない。そういうものだと思えば、気にする必要もないこと。

「おすすめランチって、キッシュだったかしら」
「そうですよ。キノコのキッシュです。美味しかったですよ」
「じゃあ、それにするわ。柚原くんは?」
「俺は日替わりランチにします。気になってたメニューはだいたい食べたんで」

 彼は恥じるように笑った後、佳奈さんを呼んで注文する。日替わりランチはオムライスのよう。ボワのオムライスは大人気メニューで、日替わりランチにたびたび登場するらしい。

 立ち去る佳奈さんの背中を眺めていた柚原くんは、彼女が厨房へ入っていくのを確認すると、口を開く。

「紺野さんはどう思います?」
「どうって?」
「だから、佳奈さんですよ」
「可愛らしい方だけど、柚原くんの持ってるイメージとは違う方な感じはするわね」
「ですよね。絶対、あの人は佳奈さんじゃないです」

 じゃあ、彼女は誰なの? 
 そう思ったけど、語気を強めた柚原くんがやたらと気難しい表情をするから、勘違いだろうなんて言葉で一蹴できない。

「今の彼女も素敵じゃない?」

 もしかしたら、柚原くんの知らない間に彼女の中で何かがあって、明るく振る舞うようになっただけかもしれない。

 私だって、昔はもっとむじゃきだった。仕事で成長できなくなってきた頃から、ここが限界なんじゃないかと思うようになった。生きる世界から華やぎが消え、何かを変えたいと感じるようになってからの私は、昔の私を知る人から見たら、別人かもしれない。

「それはそうなんですけど。でもやっぱり、ひかえめな佳奈さんが好きです、俺は」
「失礼だけど、変な話。佳奈さんは佳奈さんなのに、柚原くんの好きなイメージからかけ離れちゃったからって、今の彼女を否定するのはよくないと思うの」

 つい、本音をぶつけてしまうのは、私の悪いところだ。
 柚原くんには柚原くんの想いがあるのに。私の価値感を押し付けてしまって後悔する。後悔するなら言わなきゃいいのに、いつも言ってから後悔してばかり。

「……あ、そうですよね」
「ごめんなさい。傷つける気はなかったの」
「紺野さんって素直なんですね。あっ、電話。……友だちからです。ちょっと外で電話してきます」

 柚原くんはジーンズのポケットからスマホを取り出し、急いでカフェから出ていく。

 ガラス張りの店内からは、電話する彼の様子がよく見える。あどけなく笑うその横顔は、大学生の若者らしく瑞々しい。
 私のことなんて、説教くさいおばさんぐらいにしか見えてないだろう。

 素直な人だなんてフォローしてくれたけど、やっぱり余計なことを言ってしまったと反省して、気落ちしてしまう。

「お待たせしましたー。キッシュランチになります」

 不意に背後から声をかけられる。
 木製のお盆を持つ佳奈さんは、目が合うと、にこっと微笑む。私たちが彼女を探りにきたなんて疑ってもないだろう。ますます罪悪感に襲われる。
 彼女の笑顔がまぶしくて、思わず目を伏せてしまう。

「寛人さん、いい人ですよね」
「え?」
「口下手だけど、優しい人だと思います」

 いきなりなんだろう。何が言いたいんだろう。
 胸がドキドキする。
 佳奈さんは寛人さんのこと、好きなんだろうか。

「朝、中学生の子が来てましたよね」
「キャッチボールしてた?」
「ええ、そうです。あの子、学校通えてなくて。寛人さんは何も聞かないから居心地がいいみたいで、よく遊びに来てはキャッチボールしてるんですよ」
「あ、そうなの。……教えてくれてありがとう」

 余計なおせっかいをする前に、佳奈さんはやんわりと忠告してくれたのだろう。
 ただただキャッチボールするだけの時間が、あの少年にとっては楽しい時間で、その時間を与えられる寛人さんはやっぱり優しい人。

「寛人さんも同じ境遇だったから、あの子の気持ちがよくわかるのかもしれませんね」
「彼も不登校だったの?」

 佳奈さんは優しく笑んだ。それが答えのようだった。

 合点がいく。寛人さんが両親と暮らしていない理由。それは、春宮家になじめないでいるから。だから彼は、室戸さんと暮らしてきた。その室戸さんももういない。これから先、寛人さんは誰とどう生きていくのだろう。
 私がそばにいるのは、許されないんだろうか。

「寛人さんには、あなたみたいな人が必要なのかもって思っちゃいました」
「え、私?」

 どきっとする。心の中を見透かされたみたい。

「はい。あなたが来てから、寛人さん、ちょっと変わったっていうか。なんとなくなんですけど、こんな風に楽しそうに笑う人だったかなって、今日改めて感じて。恋人じゃないっておっしゃったけど、寛人さんにとっては特別な方なのかなって」
「……なんていったらいいのか」
「あっ、ごめんなさい。変に詮索したりして、ご迷惑ですよね。寛人さんとは仲良くさせてもらってるので、どうしても気になってしまって」
「ほんとに私たちはなんでもなくて。でも、寛人さんにいい影響があるなら、うれしく思ってます」

 素直に胸の内を吐露すると、佳奈さんは申し訳なさそうにしながらも、恥じ入るように赤くなって、ぺこりと頭を下げて立ち去った。

 佳奈さんは寛人さんを好きかもしれないけど、その好意は私とは違うものかもしれない。ううん。私の持つ好意だって、いつか義弟になる人への好意かもしれない。

 はやく帰って、寛人さんに会いたい。
 そうしたら、この胸にある好意の正体に気づけるかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

安楽椅子から立ち上がれ

Marty
ライト文芸
 女生徒≪小沢さん≫は、学校の不思議な変わり者。あらゆる行動が常識外れでエキセントリックなお方である。五月三十日。主人公、山田島辰吉(やまだじまたつよし)は不運なことに、学校の課外活動を彼女と二人きりで行うことになってしまった。噂に違わぬ摩訶不思議な行動に面食らう山田島であったが、次第に心が変化していく。  人に理解され、人を理解するとはどういうことなのか。思い込みや偏見は、心の深淵へ踏み込む足の障害となる。すべてを捨てなければ、湧き上がったこの謎は解けはしない。  始まりは≪一本の傘≫。人の心の糸を紡ぎ、そして安らかにほどいていく。  これは人が死なないミステリー。しかし、日常の中に潜む謎はときとして非常に残酷なのである。    その一歩を踏み出せ。山田島は背を預けていた『安楽椅子』から、いま立ち上がる。

~巻き込まれ少女は妖怪と暮らす~【天命のまにまに。】

東雲ゆゆいち
ライト文芸
選ばれた七名の一人であるヒロインは、異空間にある偽物の神社で妖怪退治をする事になった。 パートナーとなった狛狐と共に、封印を守る為に戦闘を繰り広げ、敵を仲間にしてゆく。 非日常系日常ラブコメディー。 ※両想いまでの道のり長めですがハッピーエンドで終わりますのでご安心ください。 ※割りとダークなシリアス要素有り! ※ちょっぴり性的な描写がありますのでご注意ください。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...