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第二話 忘れられたかぐや姫

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「さっちゃん、今日はもういいから、カフェに行ってきなさいよ」
「もういいって。あと10分で閉店なのに。しかも、カフェって何?」

 日曜日のお話やは、夕方を過ぎると客足が減る。

 閉店準備をすでに始めていた私から、珠美は釣り銭を取り上げる。

「あと10分が大事なのよ。ほら、来た」
「来た? 何が?」

 店の入り口に視線を移動させる。通りに現れた人影が、ドアに近づいてくる。

 お客さんだ。閉店ギリギリに来るなんて、珍しい。

「お釣り、ちょっと片付けるの待って」

 珠美にそう声をかけた時、店内に姿を現したのは、久保さんだった。

「こんばんは。すみません。もう少しはやく来るつもりだったんですが」

 久保さんは手さげの紙袋を持って、珠美へ向かってゆっくり頭を下げる。

 どういうこと?

 不思議に思って珠美を振り返ると、「わざわざありがとう」と、彼女はカウンターから出てくる。

「仕上がりはまだ見ていただけてないので、確認お願いします」
「そうね。間違いないと思ってるけど」

 珠美は紙袋を受け取ると、中から小さな箱を取り出す。

「何か買ったの?」
「なーに、さっちゃん、その顔。たくさんあるからもういらないでしょって思ってるでしょ」
「そうじゃないけど……」

 半分はずれで、半分当たり。

 珠美は昔からおしゃれだし、アクセサリーなんて使い切れないぐらい持ってるだろう。

 先日、kubokへ行ってきたとは聞いていたけど、注文してきたことまでは知らなかった。

「あら、いい感じじゃない?」

 小箱から出てきたのはイヤリングだった。

 6月といえば、アジサイ。アジサイをイメージしたその形は、落ち着いた大人の女性に似合うデザインだった。だけど、どこか可愛らしい。

 久保さんの作るアクセサリーは、同じものが一つとしてないらしい。世界で一つだけのイヤリングだけど、私の視線はどうしても、そのデザインよりも、金具の方に移ってしまう。

「ピアスじゃないの?」

 思わず、尋ねた。

 珠美はいつもピアスをしてる。イヤリングは痛いからしないって公言するぐらいに。

「違うわよ。だって、さっちゃん、ピアス開けてないじゃない」
「えっ、私っ?」

 すっとんきょうな声を上げると、久保さんがクスッと笑った。珠美もまた、ふふっと微笑んで、私の耳に指を伸ばす。そして、優しい手つきでイヤリングをつけてくれる。

「さっちゃんにって、イヤリング作ってもらったの。やっぱりセンスいいわよね。すごくいい感じ」

 ほらっ、と珠美は姿見の前へ私を連れていく。

 鏡に全身が映ると、恥ずかしさから身がすくむ。

 綺麗な珠美と一緒にいる私はとても地味で、久保さんにもこんな風に見えてるんだって思ったら逃げ出したくなる。でもそんなことすらできない私は、ただ呆然と鏡の中の私を見ていた。

「さっちゃんに似合うように作ってくれたの、すごくわかるじゃない?」

 そんなの、よくわからない。

 普段、アクセサリーなんてつけないし、いろいろ試したこともない。

「ねー、さっちゃん。このまま久保さんとカフェに行ってらっしゃいよ。久保さんも用事ないでしょ?」
「俺はかまいませんよ」

 用事がないなんて決めつける珠美にはあきれてしまうが、あっさりと承諾する彼にも困惑してしまう。

「リリーカフェへ行きましょうか。日曜日の夜は空いてるみたいなので」
「ほんとに?」
「日高さんがご迷惑でなければ」

 日高さん、と呼ばれると、どきりとする。

 いつもはお話やさんって呼ぶのに、意図的に私をそう呼ぶときは、一人の女性として扱ってくれてるみたい。ただの勘違いだろうけれど。

「ほらほら、さっちゃん。行ってきなさいよ」
「え、お姉ちゃんっ」

 私の両肩に後ろから手を置いた珠美は、そのままぐいぐい押して、私を店の外へ押し出す。

「まだ何にも準備が……」
「さっちゃんはそのままでかわいいから大丈夫。じゃあ、久保さん、よろしくお願いします」

 よろしくお願いします、だなんて、子ども扱いされてるみたい。珠美から見たら、私はいつまで経っても小さい妹なんだろうけど。

「お店の片付けしてからでも……」
「さっちゃん、久保さん待たせる気?」
「あ……、そうだね」

 にらみをきかせてくる珠美はいつも強引だ。

「閉店してから来ようかとも迷ったんですが、中途半端な時間に来てすみません」

 なぜか、久保さんが謝るから申し訳なくなる。

「久保さんは何も。わざわざ来てもらって申し訳ないぐらいです」
「いいんですよ。日高さんと少しお話がしたかったですし」
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