上 下
26 / 29
ずっと君に恋してる

3

しおりを挟む
***


 その人の話をするとき、花野井先輩はいつも悲しそうだ。
 思いを告げても振り向かない彼を好きだという彼女は、それに気づいていないのだろうか。

 苦しい恋なんてやめてしまえばいいのに。本当に苦しい恋ならば。

 しゃれた看板のぶら下がる、黒塗りの扉を開ける。

「いらっしゃいませ」

 落ち着いた渋い声に迎えられ、薄暗い店内を進み、ソファー席へ座る。

「昨日と同じものを」
「かしこまりました」

 年の頃は50代だろうか。白髪混じりのマスターは、すぐにカクテルを作り始める。

 しばらくすると、店内に客が現れた。
 背の高い、ひどく整った顔をした若い男だ。
 マスターは「いらっしゃい」と、気安く男に声をかける。

「おすすめで」

 男はそう言うと、俺の後ろのカウンターに腰かけた。

「お待たせしました。ブランデーホーセズネックでございます」

 マスターが、らせんに剥かれたレモンの沈むカクテルを運んでくる。
 昨日も飲んだ。
 その前の日も。
 マスターの記憶に残るように、いつも同じカクテルを注文した。

 マスターの作るカクテルはとても美味しい。だけど、飲むのは今日で最後になるだろう。

「ありがとう。やっと会えた」

 そう言うと、マスターは目を細めて一礼し、立ち去る。

 ソファーにもたれ、グラスを傾けると同時に、後ろから低い男の声が聞こえてくる。

「やっぱりダメだったよ」
「意外と、臆病ですね」
「意外とは余分だよ。臆病だったことは、知ってるでしょう」
「言われてみれば、そうかもしれません」

 マスターと男が同時に、静かに笑う。
 
「何度もダメだって言ったんだけどね。それなのに、好きだって言ってくれるんだよ。おかしいよね」
「理屈じゃないのでしょう」
「そうだね。わかるよ」
「高輪さんも、同じ気持ちなのでしょう」

 男は少し沈黙する。そして、小さな息を吐き出す。

「どうだろうね」

 俺は振り返る。
 憂えた男の横顔は、何度見ても綺麗に整っている。男でさえ惚れてしまいそうなほどのイケメンだ。

 憎らしいまでに美しい男の背中に、声をかけずにはいられなかった。

「そうやって、ずっとはぐらかして来たんですか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

【完結】雨の日に会えるあなたに恋をした。 第7回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
恋愛
同僚と合わず3年勤めた仕事を退職した彩綺(さいき)。縁があって私設植物園に併設されている喫茶店でアルバイトを始める。そこに雨の日にだけやってくる男性がいた。彼はスタッフの間で『雨の君』と呼ばれているようで、彩綺はミステリアスな彼が気になって・・・。初めての恋に戸惑いながら、本をきっかけに彼との距離を縮めていく。初恋のどきどきをお楽しみください。 第7回ほっこり・じんわり大賞奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました。                                           

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

優しい微笑をください~上司の誤解をとく方法

栗原さとみ
恋愛
仕事のできる上司に、誤解され嫌われている私。どうやら会長の愛人でコネ入社だと思われているらしい…。その上浮気っぽいと思われているようで。上司はイケメンだし、仕事ぶりは素敵過ぎて、片想いを拗らせていくばかり。甘々オフィスラブ、王道のほっこり系恋愛話。

処理中です...