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58話 狂想曲 その2

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 ええそうです。トラナ・スプーンベンダーも転生していたんですよ。まあお待ちください。いきさつから説明いたしますので。

 私はその時Bランクのグリムリッチでしたが、意識はすでに覚醒しておりました。そこに至るまでのDPは詳しくは聞いておりませんがどこかのダンジョンをリュウジョウ様が攻略なさったのでしょう……今のナディナレズレを徘徊する妹達はまともな意識などありませんが、まあ時代が違えば様々事情があるということです。

 さて、リュウジョウ様には大きな過ちがありました。

 それはまず、彼がモンスターを嫌悪していたことです。人を殺すことに特化した形状の生物兵器。それが神の造ったモンスターですから。むしろ愛してはいけないと思ったとしても不思議ではありません。

 それゆえ彼は徹底した管理を心がけました。ウィトさんも覚えがありますよね?モンスターは命令してきっちりと管理をしなければ他の動物を自動的に殺しますでしょう?彼は悲劇を防ぐためきっちり「何が敵で、何が味方か」を完璧に管理していました。

 次の過ちは彼がモンスターのリセットを繰り返していたことです。昔の彼はトラナになりそうにないモンスターは消しちゃってたんですよね。

 本当に怖かったんですから。何時間もかけて設定文を書いて、失敗したら消す。当然Gランクモンスターにはろくな意識はありませんからそれほど悲劇的ではないのかもしれません。けれど、その行動を見た私は、トラナっぽくない、正義から外れることをしたら簡単に消されちゃうんだろうなーと、恐怖でいっぱいだったわけです。

 まあそれほど心配する必要もなかったのかもしれませんね。私の顔はほら、可愛いでしょう?成功作だったわけですよ。オキニですオキニ。

 そのうちランクアップすればトラナの霊が降りてくるかもなんて考えていたのでしょうね。

 物語はまたもや、彼の過ちから始まります。

 彼はある日私に命令しました。「ドイトモ地方にいて、殺人を行っているダンジョンマスターを殺せ」とね。それなりの旅になりましたが、当時Bランクだった私には敵はいませんでした。

 私はダンジョンのモンスターとして命令されたそれを拒むことはできませんでしたが、人殺しを成敗するのは正義の仕事ですからね。敵の姿だって、悪の組織の下っ端のようなダンジョンマスターを想像していたのかもしれません。

 ナディナレズレの巨塔は……当時そう呼ばれていませんでしたが、とにかくこのダンジョンはその時まだ人間を遠ざけていたんです。本当ですよ?だからまあ、人間への理解が浅かったわけです。

 旅の最中は人間との触れ合いとかいろいろありましたが、まあカットですカット。
 
 さて、遠路はるばる辿り着いた雑木林の奥、お堂のような建造物の地下にそのダンジョンはありました。

 けれどそこで私は、黒い仮面を見てしまったのです。正義の象徴である黒い仮面をね。

 トラナ・スプーンベンダーはそこで前世と変わらず、仮面をして正体を隠しながら、子供を育てていたのです。なんたる偶然でしょうか。

 その黒い仮面は、ナナヤ女神にかけられた嫌われる呪いを避けるためのものだったみたいですね。彼女はダンジョンマスターになってからも、DPを世のため人のために全て使ってしまうような困った人でした。近隣の悪人を倒して収入をたてていることまで以前と変わりません。

 私が到着したときには、お堂の前の整備された空間の中、トラナ・スプーンベンダーは子供たちと追いかけっこをしていました。

 すぐに分かりましたよ。彼女がであるということは。あるいはリュウジョウ様から彼女の特徴を聞いていなければ、その牧歌的光景に心を安らげで、リュウジョウ様に彼女の存在を教えて幸せになって終わったと思います。

 けれど、ダンジョンモンスター契約というものはそんな器用な作りではありませんのでね。自分で状況判断をする余地なんてありませんとも。

 私は知ってしまっていたのです。この世界に異世界の死人がいるということは、即ちそれは「ダンジョンマスター」だということを。

 運命を受け入れる覚悟もないまま、私は彼女たちの前に飛び出ました。あるいは、必死に自分の体を止めようと、歯を食いしばっていたような気がします。

 彼女は自分そっくりの私の顔を見て、二秒ほどフリーズしたあと、「なんだお前はー!!!」と叫びました。

「私はBランクモンスターです。決してコアの位置を明かさず、私を倒してください!逃げたら私はコアを探し始めてしまいます」

 エティナ語が話せてよかったです。私の言葉を聞いたをトラナさんはすぐに子供たちを逃がしてくださいましたし。

「その、私はダンジョンモンスター契約を結んでおりまして命令に背くことはできないのですが、この地方に住むマスターを根こそぎ殺せと命じられておりまして。Bランクモンスターに何か対抗策はありますか」

「ないね。ご覧の通りだよ!」

 そういうと彼女はきちんと逃げ出してくれました。

 ウィトさんは命令に従うダンジョンモンスターをほとんど見たことはないでしょうが、もう身体が言うことを聞かず、何か行動をしようとすればそれは攻撃になるような、そんな状況だったのです。

 私はあえて露悪的に振る舞うこともせず、きちんと説明をしながら追いかけましたとも。彼女ならなんとかしてくれるかもしれないと考えていたのです。

「私はリュウジョウ様によって、貴方に似せて作られたダンジョンモンスターです!彼は人殺しのダンジョンマスターをターゲットに絞って攻撃をしています」

「あははっ。リュウが?」

 私は当時、脚もピンピンの健康状態でしたから、本来なら一瞬で追いつけるはずだったのですが、彼女は自身のステータスを磨いていたのでしょうし、山のことを庭同然に理解していました。

 私は彼女を追いかけながらも、ダンジョンモンスター契約が持つ効力への理解を深めていました。

 常に最大火力を出さなくとも大丈夫なのですが、命令に反した行動は許容されないといった感じで、だいぶ柔軟性のある契約なのですよね。少なくとも私がトラナを殺そうとするという運命を逃れる術はないように感じていました。

「協力してください!私は潜伏能力と簡易な再生が可能な種族スキルを持っております!魔法も得意ですが、硬さはそれほどではありませんから!耐性もそう多くはありません!」

 口は自由に動きましたので、彼女に自身の弱点を告げ、殺されることを期待しました。

「多分作戦は言っちゃだめなんだよね!だけど任せて!」

 彼女はそんな危機的状況にあっても、声を弾ませていたことを憶えています。

「お願いです。助けてください!人を殺したことはないんです。殺すのも、殺されるのも嫌なんです」

 それから彼女は宣言通り、私を死地へと誘導してくれました。

 彼女が私を誘導した先は倉庫のようなところで、麦酒が沢山置いてありました。当時の私は何がなんだかわかりませんでしたが、今になれば分かります。彼女の信仰していたデニーバジ女神の加護を発動しようとしていたのです。

「『人の宴は果無し事』『まうとの席はない』『俺たちの席もない』『さあ……」

 きっと彼女には秘策があって、真の英雄たる彼女は格上であるBランクの私を倒す秘策をしようするところだったのでしょう。けれど、そうはなりませんでした。

 その時の光景は今でも網膜に張り付いていますとも。トラナが詠唱をしていたとき、倉庫の影から子供が飛び出したのです。それは本来であれば状況になんの変化も及ばさない登場人物だったはずです。

 けれど、私はトラナさんのことを知りすぎていました。ダンジョンモンスター契約である『敵のダンジョンマスターを殺す』という命令に従うため、私は最適な判断として、「子供を人質にすること」をのです。

 正義の味方である彼女を倒すには最も効率のよい方法だと。

 必死にその考えを振り払おうとしましたが、ダンジョンモンスターに敗北を選ぶ権利はありませんでした。

 私は子供にめがけて駆け出し、そして子供を庇うために飛び出したトラナさんの無防備な身体を手刀で突き刺し、戦闘は終わったのでした。
 
「……遺言はありますか?」

 私は自分の本物を消してしまった混乱の中、せめて自分にできることをしようと必死でした。

 暗い顔をしていたのでしょうね。彼女は貫かれた腹から血を流しながら、そんな私のために笑顔を向けてくださったのです。信じられますか?

 生暖かいなんて表現がありますが、彼女の血は煮え立ったように熱いものに私には感じました。

「リュウに、無理すんなって言っとけ」

「ごめんなさい。貴方を私が殺したと分かる遺言は無理です……私、消されてしまいますので」

 既に狂っているリュウジョウ様にそんなことを告げれば、狂乱に至って自殺してしまってもおかしくありませんでしたし、私はトラナさんのためにも、誰も幸せにならないそんな結末を選ぶべきではないと思いました。

 彼女は自身の遺言が果たされないと知ったときも、また笑いました。最後まで物語の英雄のような人だったのですよ彼女は。

「正直すぎか?うーん、じゃあ、ここの子供達を代わりに守って?」

「……それも、出来かねます。私はダンジョンのモンスターですから、ナディナレズレを頻繁に離れることはできませんので」

「そっかそっか。じゃあ、リュウを守ってあげて。それで、たまにビールでも供えに来てよ」

 その言葉を最後に彼女は息絶えました。力を失った彼女は、内臓の筋肉すら弛んだのか、手刀からスルスルと落ちていったことを憶えています。

 それから私は、ダンジョンコアを奪うことになり……彼女の遺言を守ることを誓いました。

 それがいきさつです。そして彼女の思いを背負った私は帰ってすぐに褒美としてAランクになり、ユニークモンスターではありませんが死体を繋げる能力を得ました。顔もトラナさんを直接見たからでしょうか。そっくりになりましたしね。

 私はその能力を使って、彼女に酒を捧げるために彼女の脚を自身に接ぎ、毎日ビールを捧げることになりました。

 ……彼女の脚にはデニーバジ女神の加護もついてきましたので、ビールには困りませんでしたし。

 それからリュウジョウ様が狂っていったのは百年後くらいでしたかね。ダンジョンが大きくなると彼を殺そうとするハンターが大量に出現しまして……子供なんかもいましたのでね、そうして殺人を繰り返すうちに狂ってしまったというわけです。

 ま、これがリュウジョウ様とトラナ・スプーンベンダー、そして私ジャクリーンのお話でした。
 
 XXX

「とまあ、ここまでは物語の体を保てていますよね?ありがちな悲劇。ボタンの掛け違いです。ここで話が終わっていればね」

 ジャクリーンさんはやれやれと首を左右に振った。別に俺は神父でもないし、その告白に対して何も言うべきことはない。だが、友人として励ますことはできる。

「ジャクリーンさんの境遇は分かりましたけど、こうして今その運命からも解放されたわけでしょう?」

「これまではリュウジョウ様の話ですよ。これからが私の話です」

 俺はこのときほど弱ったジャクリーンさんの姿を今まで見たことなかった。彼女がコアに触れるとコアルームが蠢き、モダンなタイルにデスクが配置された姿へと変わった。

「トラナさんを殺した後の私には色々なものがありましたよ。決意、遺された志。けれど、女を殺したことをリュウジョウ様に打ち明けなかった私には、次々とダンジョンマスター殺害の指令が下るようになりました」

 次はコアルームが、ドレスルームのように華やかなものとなった。

「もちろんトラナさんほどの善人ばかりではありませんでしたが、殺したダンジョンマスター達の思いを継ぎたいとは考えておりました。けれど、それは到底不可能なものばかりでしたね。正義に反する願い、矛盾する願いなんかも沢山ありましたから。そもそもリュウジョウ様の死者を蘇らせるという願いも本来は到底許されないものです」

 彼女はコアを操作して、万華鏡のようにそのコアルームの形を操作する。全て、彼女が今まで踏破してきたダンジョンのものなのだろう。

「それに、トラナさんの身体を接いでから、ますます私の意識は混濁していきました。どうにも彼女に意識が引っ張られているような気がするのです。弱者を見たら庇いたくなるような庇護欲……下半身に脳はありませんので気のせいかと思うのですが、正義感が下半身からこみ上げてくる気がしたのです。なのに私の仕事は殺しです」

「そこで耐えきれなくなった私は、状況を打開するためにリュウジョウ様を犠牲にする決意をしたのですが……そんななかウィトさん、貴方に出会ったんです」

 彼女はのそのそと首を上げ、俺の方を見た。

 もう戦闘はしていないというのに、彼女は言葉を発するうちにだんだんと弱っていき、存在が薄らいでいくようだった。下半身ばかりでなく、上半身まで老いているような気さえした。

「今まで殺しをしたことがないというダンジョンマスターは、初めてでしたよ。そのときはもう殺しについてあまり深く考えなかったのですが……皆さんと過ごして、パーティをしているうちに気づきましたとも。殺しの螺旋の存在に」

「殺しの螺旋?」

 俺の相槌に、ジャクリーンさんはコクリと頷いた。

「不思議だったんです。どうして貴方がこの世界の理に背くようなことをしても死んでいないのか。どうしてトラナはリュウジョウがターゲットと定めた地域にたまたま住んでいたのか。どうして私がそれに巻き込まれなければならなかったのか」

 彼女はどうして、どうしてと繰り返すうちに、ようやく少し怒りを見せてくれたが、それもすぐに消えてしまった。

「その答えは、マルガリータさんが森の乗っ取りを始めたときに確信しました。それはトラナさんが初めに悪人を殺したときに、その罪が運命として周囲に伝染してしまったからなのだと。私が来たせいで、あのダンジョンは突然殺し合いのさなかに身を置くこととなってしまったのですから。」

「……それはジャクリーンさんのせいじゃないよ。だいたい、ジャクリーンさんが人を殺したのは命令のせいでしょ」

「私もそう思っていましたとも、けれど、正義のために殺人をしたトラナも、贖罪のために殺人をしたリュウジョウも、自衛のために殺人をした私も、結局周囲に死の理由を振りまいてしまうものなのです。ザメリ・クイックドイルの件もそうです。私が貴方に近づかなければきっとこうはなっていなかった」

「……」

「私はこの螺旋を終わらせるべきだと思っていました。そしてナナヤ女神と貴方の会話を聞いて、その方法をようやく知ることができたのです。この螺旋を断ち切ることのできるためには、殺しの螺旋を外れたものが、世界を支配することなのだと」

 ここに来て初めて、彼女の表情には喜色が浮かんでいた。

「ウィトさん。今だかつて世界を統べる存在はエティナにはいませんでした。神ですらまだなのです。多くの人がその覇道に挑戦し、失敗してきました。その理由は、世界を統べるのに必要なことは、正義でも、人望でも、慈愛でもなく、人を殺していないことだったからです。何故か神や英雄、王って生き物には、それが難しいようなのですから」
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