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54話 ナディナレズレの巨塔 その2
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「何なんだあいつらは!」
リュウジョウ様は怒りに声を荒げながら水晶を眺めていました。水晶にはきっと快進撃を続ける四人の姿が移っているのでしょう。
今までだって滅茶苦茶な加護を持ったハンターが攻めてきたことは何度もあります。けれどヘーゼルさんのユニークスキルは利便性という点においてそれら加護の次元を超えているように私には思えました。……身勝手な神様達に与えられた能力ではないからなのでしょうか。
何より防御性能も高いのがこちらにとって最悪ですね。ダンジョンマスターが格上を倒す手口である豊富な罠が、ほとんど通用しないのですから。彼女から能力を聞き出したときは、何だそりゃと思ったものです。
リュウジョウ様は見た目こそ20代ですが実年齢は300歳近いはずで、そんな老獪な彼にすら良い策が見つからないということは、このダンジョンは絶体絶命に近いということです。
……といっても、リュウジョウ様のピンチは私にとってのチャンスです。ここまでは私の見立てが間違っていなかったことに、一先ず安堵ですね。
しかしそんな時、リュウジョウ様が改まって私の方を見ました。私は咄嗟に隷属するものの態度を取ります。車椅子ながらも頭を垂れ、ただ指示を待つ新兵のようにです。
私が最も警戒していたことは、このタイミングで罠に変換をするために私がDPに分解されることですから。
その可能性を減らすために、私は私自身のモンスターとしての価値を高めようと神から加護まで貰っているので、単純なDPの損得勘定では分解されないとは思うのですが……。
けれど、そんな私にかけられたのは思いもよらない言葉でした。
「……このダンジョンはもう終わりだろう。俺が今から契約魔法によってお前を解放する。お前はこれから脱出して、あいつを復活させるための活動を引き継げ」
契約から解放する……ですって?
────それは完全に意識の外にあった言葉でした。それほどまでに私にとって都合がよかったものですから。
(……というか、そんなことするわけないじゃないですか)
一体全体何の得があって自由になった私が彼の愛した女を復活させる作業をしなければいけないのか。脳内がお花畑で私のことを信じ切っているのか、もしくは私が完全な下僕だと思えてしまうほど狂ってしまったのでしょうか。
しかし、私は一考した後、その提案を断ることにしました。
「リュウジョウ様の身が危険なのでは?」
────渡りに船の提案といっても、ここで安易に乗ってしまえば信用ならない奴だと思われ、消される可能性だってあります。どうせ何もしなくても私は勝つのですから、危ない橋を渡る必要ないと考えたのです。
「もう解除している。お前は今から入り口まで転送をして、見つからないように逃げ出せ」
「……は?」
気づけばリュウジョウ様から流れてきていた魔力が感じられなくなっていました。それは、私が今まで必死に裏をかいてきたのはなんだったんだと思えるほどの即断でした。
「それでお前の研究が成功して、アイツ……トラナが蘇るようなことがあれば伝えておけ。「今更遅いだろうが、気づかないフリをしていてすまなかった」と」
……この伝言はわざわざ伝えられなくたっていいですね。彼が何に思い悩んでいるのか、何のためにトラナ・スプーンベンダーを復活させようとしているのかなんかは、200年ほど前には何度も聞いていました。
彼は自分にそれを言い聞かせるうちに、これほどまでに狂っていったのですから。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。貴方の反省はごもっともですが、申し訳ございませんが、その伝言を承ることはできません」
XXX
ゴンッ。ジャクリーンはリュウジョウの頭を、可愛らしくグーと握った拳で殴打した。いくら人間に似ているといっても、モンスターである彼女の拳は鉄器よりも硬い。リュウジョウは簡単に頭から血を流してうずくまった。
「ガハッ!何をする!」
「『召喚。ダンジョンコア』」
すると次に、まるで決まっていたことであるかのようにジャクリーンはもう一つのダンジョンコアを召喚した。
それは彼女がダンジョン狩りとして今まで狩ってきた多くのダンジョンマスターの一人から奪い、脅して自らをダンジョンマスターとして契約させたコアだった。
「待て、何をしているんだ!」
リュウジョウの制止を無視して、ジャクリーンは『ナディナレズレの巨塔』の育ちきったコアを、自身が契約したダンジョンへと突っ込んだ。そして、ダンジョンコアを他のダンジョンコアに吸収されるということは、そのダンジョンの敗北を意味する。
それは確かに300年続いた『ナディナレズレの巨塔』の歴史が、幕を閉じた瞬間だった。けれどその塔はまだ、倒れていない。
彼女とて、ウィト達がコアルームに到達する前に契約から解放されるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。咄嗟にコアの融合を成功させたことに安堵したのか、深い息で胸を上下させた。
「これでこのダンジョンは私のものということです」
ウィト達がグラブスドレッド島のダンジョンを乗っ取ったように、コアを奪えばダンジョン跡地を新たなダンジョンに使用することができる。ジャクリーンはナディナレズレの巨塔を、そのまま自らのものとしたのだった。
「……裏切られることくらい覚悟していた。乗っ取ったっていい。だが、頼む。トラナを蘇らせることだけは忘れないでくれ。何千年かかったっていいんだ」
リュウジョウにとってはそれが全てだった。ダンジョンマスターとして敗北した彼はもはやただの一般人男性である。縋るように、恩を着せるようにその言葉を絞り出すことしかできなかった。
「はあ。乗っ取りってリュウジョウ様……。私が本当にダンジョンマスターなんて呪われた退屈な仕事をしたがっていると思っているんですか?」
ジャクリーンは今まで200年間じっと盗み見してきた通り、慣れた手付きでコアを操作した。リュウジョウはその動きだけで、彼女の裏切り計画が長年の歳月をかけて進められてきていたものであることを察した。
「教えておいてあげます。トラナさんを殺したものは私なんですよ」
「は?」
リュウジョウが呆気に取られている間にジャクリーンはダンジョンコアを操作して、自らの妹達……ナディナレズレの巨塔に生息するモンスター全員をDPへと変換した。……彼女達が何人いたってウィト達には勝てないことは事実である。
ジャクリーン・スプーンベンダーには自らが共に過ごしてきた同僚達を分解してでも、やらなければならないことがあったのだ。
「事情を知りたければ、契約を受け入れてください。リュウジョウ様。これから貴方にはダンジョンモンスターとしてあの侵入者達と戦ってもらいます」
リュウジョウ様は怒りに声を荒げながら水晶を眺めていました。水晶にはきっと快進撃を続ける四人の姿が移っているのでしょう。
今までだって滅茶苦茶な加護を持ったハンターが攻めてきたことは何度もあります。けれどヘーゼルさんのユニークスキルは利便性という点においてそれら加護の次元を超えているように私には思えました。……身勝手な神様達に与えられた能力ではないからなのでしょうか。
何より防御性能も高いのがこちらにとって最悪ですね。ダンジョンマスターが格上を倒す手口である豊富な罠が、ほとんど通用しないのですから。彼女から能力を聞き出したときは、何だそりゃと思ったものです。
リュウジョウ様は見た目こそ20代ですが実年齢は300歳近いはずで、そんな老獪な彼にすら良い策が見つからないということは、このダンジョンは絶体絶命に近いということです。
……といっても、リュウジョウ様のピンチは私にとってのチャンスです。ここまでは私の見立てが間違っていなかったことに、一先ず安堵ですね。
しかしそんな時、リュウジョウ様が改まって私の方を見ました。私は咄嗟に隷属するものの態度を取ります。車椅子ながらも頭を垂れ、ただ指示を待つ新兵のようにです。
私が最も警戒していたことは、このタイミングで罠に変換をするために私がDPに分解されることですから。
その可能性を減らすために、私は私自身のモンスターとしての価値を高めようと神から加護まで貰っているので、単純なDPの損得勘定では分解されないとは思うのですが……。
けれど、そんな私にかけられたのは思いもよらない言葉でした。
「……このダンジョンはもう終わりだろう。俺が今から契約魔法によってお前を解放する。お前はこれから脱出して、あいつを復活させるための活動を引き継げ」
契約から解放する……ですって?
────それは完全に意識の外にあった言葉でした。それほどまでに私にとって都合がよかったものですから。
(……というか、そんなことするわけないじゃないですか)
一体全体何の得があって自由になった私が彼の愛した女を復活させる作業をしなければいけないのか。脳内がお花畑で私のことを信じ切っているのか、もしくは私が完全な下僕だと思えてしまうほど狂ってしまったのでしょうか。
しかし、私は一考した後、その提案を断ることにしました。
「リュウジョウ様の身が危険なのでは?」
────渡りに船の提案といっても、ここで安易に乗ってしまえば信用ならない奴だと思われ、消される可能性だってあります。どうせ何もしなくても私は勝つのですから、危ない橋を渡る必要ないと考えたのです。
「もう解除している。お前は今から入り口まで転送をして、見つからないように逃げ出せ」
「……は?」
気づけばリュウジョウ様から流れてきていた魔力が感じられなくなっていました。それは、私が今まで必死に裏をかいてきたのはなんだったんだと思えるほどの即断でした。
「それでお前の研究が成功して、アイツ……トラナが蘇るようなことがあれば伝えておけ。「今更遅いだろうが、気づかないフリをしていてすまなかった」と」
……この伝言はわざわざ伝えられなくたっていいですね。彼が何に思い悩んでいるのか、何のためにトラナ・スプーンベンダーを復活させようとしているのかなんかは、200年ほど前には何度も聞いていました。
彼は自分にそれを言い聞かせるうちに、これほどまでに狂っていったのですから。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。貴方の反省はごもっともですが、申し訳ございませんが、その伝言を承ることはできません」
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ゴンッ。ジャクリーンはリュウジョウの頭を、可愛らしくグーと握った拳で殴打した。いくら人間に似ているといっても、モンスターである彼女の拳は鉄器よりも硬い。リュウジョウは簡単に頭から血を流してうずくまった。
「ガハッ!何をする!」
「『召喚。ダンジョンコア』」
すると次に、まるで決まっていたことであるかのようにジャクリーンはもう一つのダンジョンコアを召喚した。
それは彼女がダンジョン狩りとして今まで狩ってきた多くのダンジョンマスターの一人から奪い、脅して自らをダンジョンマスターとして契約させたコアだった。
「待て、何をしているんだ!」
リュウジョウの制止を無視して、ジャクリーンは『ナディナレズレの巨塔』の育ちきったコアを、自身が契約したダンジョンへと突っ込んだ。そして、ダンジョンコアを他のダンジョンコアに吸収されるということは、そのダンジョンの敗北を意味する。
それは確かに300年続いた『ナディナレズレの巨塔』の歴史が、幕を閉じた瞬間だった。けれどその塔はまだ、倒れていない。
彼女とて、ウィト達がコアルームに到達する前に契約から解放されるなどとは夢にも思っていなかったのだろう。咄嗟にコアの融合を成功させたことに安堵したのか、深い息で胸を上下させた。
「これでこのダンジョンは私のものということです」
ウィト達がグラブスドレッド島のダンジョンを乗っ取ったように、コアを奪えばダンジョン跡地を新たなダンジョンに使用することができる。ジャクリーンはナディナレズレの巨塔を、そのまま自らのものとしたのだった。
「……裏切られることくらい覚悟していた。乗っ取ったっていい。だが、頼む。トラナを蘇らせることだけは忘れないでくれ。何千年かかったっていいんだ」
リュウジョウにとってはそれが全てだった。ダンジョンマスターとして敗北した彼はもはやただの一般人男性である。縋るように、恩を着せるようにその言葉を絞り出すことしかできなかった。
「はあ。乗っ取りってリュウジョウ様……。私が本当にダンジョンマスターなんて呪われた退屈な仕事をしたがっていると思っているんですか?」
ジャクリーンは今まで200年間じっと盗み見してきた通り、慣れた手付きでコアを操作した。リュウジョウはその動きだけで、彼女の裏切り計画が長年の歳月をかけて進められてきていたものであることを察した。
「教えておいてあげます。トラナさんを殺したものは私なんですよ」
「は?」
リュウジョウが呆気に取られている間にジャクリーンはダンジョンコアを操作して、自らの妹達……ナディナレズレの巨塔に生息するモンスター全員をDPへと変換した。……彼女達が何人いたってウィト達には勝てないことは事実である。
ジャクリーン・スプーンベンダーには自らが共に過ごしてきた同僚達を分解してでも、やらなければならないことがあったのだ。
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