114 / 145
柳川・立花山編
2
しおりを挟む
「桜……前世……?」
「そう。強靭な霊力を見出されて立花家に仕え、私と紫野ちゃんを使役した巫女」
情報が多すぎて、私は頭が真っ白になっていた。
旬ちゃんと篠崎さんは姉弟。そして二人のかつての主人は「桜」という巫女。
篠崎さんの主人ーー篠崎さんが四〇〇年も胸に紋様を刻んで大切にしてきた、好きだった人。
それは前世の私、桜なのだ。
「桜……馬鹿な女よ。紫野ちゃんが将来を約束していたのに、あやかしの呪術をまともに浴びて死んでしまった女」
旬ちゃんは篠崎さんに良く似た美貌で眉を歪めて笑う。唇の赤さが目立つ笑顔だった。
「楓ちゃん、よく聞いて。弟は楓ちゃんを桜の代わりとして見ているのよ。同じ魂のあなたに、過去の女を重ねているだけ。……そんな雄に告白したって、詮無いことと思わない?」
私の頬を撫でる旬ちゃんは、どこか篠崎さんとよく似た匂いがする。甘いような、香水のようなーー嗅覚ではなく感覚で感じるような、蕩けるような匂い。
ふと視線を落とせば、旬ちゃんのデコルテが光っている。ワンピースの襟元から覗いた胸元で紋様が光っている。篠崎さんとお揃いだ。
呆然とする私に、旬ちゃんは堰を切ったように話を続ける。
「私は楓ちゃんと紫野が出会ったのも、そして紫野が楓ちゃんを雇用するという名目で契約を結んで囲っているのも知っていた。陰ながら、どうなるのか様子をずっと見ていたの。けれどもう駄目ね。楓ちゃんは、私の弟を救えない」
「……っ」
私は言葉を発そうとして、口が開かないことに気づく。
指一本動かせない。ただ頬を撫でられて、おくれ毛を指先でくすぐられるのを感じるしかない。
「ねえ楓ちゃん。あなたは結局、桜の代わりでしかないの」
九本の尻尾がそれぞれ別の意志を持つようにぞわぞわと蠢く。
「楓ちゃんも幸せになれないわ。だって紫野ちゃんは、あなたに桜を重ねてるだけだもの」
親友は狐だった。そして悩みの種だった篠崎さんのご主人は、前世の私だった。
前世って何? 情報量が多すぎる。私はどんな顔をすればいいの……?
「楓ちゃん。私は貴方に前世みたいに悲惨な目に遭わず、「普通」の人生を送って欲しいのよ」
旬ちゃんの言葉に、私はハッとする。
私が「普通」に生きなくちゃと思うきっかけは、生きてきた中で何度もあった。
学校で浮いた時をはじめとして、人生で色々「変な」自分を自覚してしまった時に何度も。
この間もまさに、友達との飲み会で「普通」を意識した。
ーーもしかして。
旬ちゃんが、親友の顔をしてーー私に「普通」を勧めてくれていたのは、そういうことだったの?
その時。
「尽紫。いい加減にしろ」
聴きなれた声が届き、私の体がふわ、と自由になる。
反射的に振り返れば、スーツ姿の篠崎さんが肩で息をして立っていた。
狐色の髪は汗でぐっしょりに濡れ、青ざめて色を失った頬に張り付いている。
ぎゅっと握りしめた拳が震えている。ーー尋常ではない様子だった。
「よく頑張ってここまで来れたわね、紫野ちゃん」
尽紫と呼ばれた旬ちゃんは、瞳を光らせ唇で弧を描いた。
「そう。強靭な霊力を見出されて立花家に仕え、私と紫野ちゃんを使役した巫女」
情報が多すぎて、私は頭が真っ白になっていた。
旬ちゃんと篠崎さんは姉弟。そして二人のかつての主人は「桜」という巫女。
篠崎さんの主人ーー篠崎さんが四〇〇年も胸に紋様を刻んで大切にしてきた、好きだった人。
それは前世の私、桜なのだ。
「桜……馬鹿な女よ。紫野ちゃんが将来を約束していたのに、あやかしの呪術をまともに浴びて死んでしまった女」
旬ちゃんは篠崎さんに良く似た美貌で眉を歪めて笑う。唇の赤さが目立つ笑顔だった。
「楓ちゃん、よく聞いて。弟は楓ちゃんを桜の代わりとして見ているのよ。同じ魂のあなたに、過去の女を重ねているだけ。……そんな雄に告白したって、詮無いことと思わない?」
私の頬を撫でる旬ちゃんは、どこか篠崎さんとよく似た匂いがする。甘いような、香水のようなーー嗅覚ではなく感覚で感じるような、蕩けるような匂い。
ふと視線を落とせば、旬ちゃんのデコルテが光っている。ワンピースの襟元から覗いた胸元で紋様が光っている。篠崎さんとお揃いだ。
呆然とする私に、旬ちゃんは堰を切ったように話を続ける。
「私は楓ちゃんと紫野が出会ったのも、そして紫野が楓ちゃんを雇用するという名目で契約を結んで囲っているのも知っていた。陰ながら、どうなるのか様子をずっと見ていたの。けれどもう駄目ね。楓ちゃんは、私の弟を救えない」
「……っ」
私は言葉を発そうとして、口が開かないことに気づく。
指一本動かせない。ただ頬を撫でられて、おくれ毛を指先でくすぐられるのを感じるしかない。
「ねえ楓ちゃん。あなたは結局、桜の代わりでしかないの」
九本の尻尾がそれぞれ別の意志を持つようにぞわぞわと蠢く。
「楓ちゃんも幸せになれないわ。だって紫野ちゃんは、あなたに桜を重ねてるだけだもの」
親友は狐だった。そして悩みの種だった篠崎さんのご主人は、前世の私だった。
前世って何? 情報量が多すぎる。私はどんな顔をすればいいの……?
「楓ちゃん。私は貴方に前世みたいに悲惨な目に遭わず、「普通」の人生を送って欲しいのよ」
旬ちゃんの言葉に、私はハッとする。
私が「普通」に生きなくちゃと思うきっかけは、生きてきた中で何度もあった。
学校で浮いた時をはじめとして、人生で色々「変な」自分を自覚してしまった時に何度も。
この間もまさに、友達との飲み会で「普通」を意識した。
ーーもしかして。
旬ちゃんが、親友の顔をしてーー私に「普通」を勧めてくれていたのは、そういうことだったの?
その時。
「尽紫。いい加減にしろ」
聴きなれた声が届き、私の体がふわ、と自由になる。
反射的に振り返れば、スーツ姿の篠崎さんが肩で息をして立っていた。
狐色の髪は汗でぐっしょりに濡れ、青ざめて色を失った頬に張り付いている。
ぎゅっと握りしめた拳が震えている。ーー尋常ではない様子だった。
「よく頑張ってここまで来れたわね、紫野ちゃん」
尽紫と呼ばれた旬ちゃんは、瞳を光らせ唇で弧を描いた。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
女化町の現代異類婚姻譚
東雲佑
キャラ文芸
新天地で一人暮らしをはじめた僕は、自分はキツネだと主張する女子高生と出会う。
女子高生――夕声を介して、僕は多くの化生やあやかしたちと顔なじみになっていく。
女に化けると書いて『おなばけ』。
狐嫁の伝承が息づく現実の町を舞台にしたご当地小説。
挿絵 海原壮
執筆協力 茨城県龍ケ崎市
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜
櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。
そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。
あたしの……大事な場所。
お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。
あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。
ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。
あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。
それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。
関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。
あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。
毎日一話投稿します。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―
木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。
……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。
小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。
お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。
第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる