こちら、あやかし移住就職サービスです。ー福岡天神四〇〇年・お狐社長と私の恋ー

まえばる蒔乃

文字の大きさ
上 下
103 / 145
太宰府・二日市編

2

しおりを挟む
 ーーその後数年に渡り、紫野は呪いを放つ悪狐として暴れ回る事となった。

 柳川で別れて以降、紫野はずっとずっと、桜のことを待ち侘び続けた。
 愛する巫女と再会して、夫婦になれるものだと思っていた。

 しかし巫女は姫城督の頃から敬愛する誾千代姫を庇って殉死し、その魂を輪廻の輪に投げた。
 狐は荒れた。
 荒れに荒れ、終いには姉狐により徹底的に打ちのめされ、積み重ねた600年の功徳を失った、一本尾の妖狐と成り果ててしまった。

「紫野ちゃん。私はあなたを殺せない。無理矢理『彼方』に連れて行くこともできない」

 霊力をあげて尾を増やした姉狐は、悲しげな顔をして踏みつけにした弟を見下ろした。

「私は、やる事があるから暫く『此方』に居るわ。落ち着いた時に、一緒に『彼方』に行きましょう」
「……ッ」

 人の姿も保てなくなった紫野は、踏みつけられ霊力で封印され、とある森の一角に置き去りにされた。
 己の名も、苦しみの根源も見失うほどに荒れ狂った傷ついた雄狐。
 それから数十年経過したある日、雄狐は気まぐれな霊犬に話しかけられた。

「おや、お前はまだ生きていたのか。根性だけは見上げたものよ」

 花魁のように着飾った美貌の霊犬は、黒柴犬の霊犬だった。
 細い頸から下をしどけなく開いた襟からは、大きな白鳥のごとき翼を広げている。

 ーー羽犬姫はいぬひめ
 筑前より南方、筑後に古くより住まうあやかしの姫は、ボロきれになった雄狐に息を吹きかける。
 ぱきりと結界が音を立てて壊れ、雄の霊狐は人の姿を取り戻した。

「色男が勿体無いの、船小屋の霊泉にでも浸かって早く綺麗になされよ」
「……何故助けた」

 翼を持つ雌の霊犬は、赤い唇でにっこり笑う。

「気分さ」
「気分……だと?」
「そう、気分。人間に恋して壊れた雄狐って、ちょっとした御伽噺のようで愛いではないか」

 ほほほ、と赤い唇で笑う。
 羽犬姫は酔狂なあやかしとして名が知れていた。かの豊臣秀吉が九州平定で進軍した折、珍しいものと極上の女を好む彼に気に入られ、こっそりと彼の九州屋敷の側室として寵愛されたという。
 子供に恵まれない豊臣秀吉の側室に、古来のあやかしの秘術を吹き込んだのも彼女という噂さえある。
 事実、秀吉が肥前に名護屋城を築き都より側室たちを連れて初めて、唯一の子供豊臣秀頼は誕生した。

 そんな酔狂な女に、紫野は酔狂で助けられたというわけだ。

「雄狐よ。此方に生きるのが嫌ならとっとと『彼方』に行けば良いではないか。姉君もお前と共に行きたがっているのだろう?」
「……俺は……」
「拗ねた子供みたいな顔をしてどうする。そりゃあ尻尾も一本に戻ってしまうわけだ」

 霊犬はあきれた様子を見せながらも、目元に慈愛をにじませ、紫野をを優しく、そして厳しく諭した。

「『此方』にしがみつきたいのなら、順応せよ。人間の世界に慣れよ。これからどんどん世は変わっていく。此方で思い人ともう一度会いたいのなら。待ちたいのなら」
「……待つ、だと? あいつはもう!」
「ほほ、愚かな狐よ。考えもせず、此方にしがみついておったのか」

 羽犬姫は優しく微笑んだ。

「人間は生まれ変わる。それを待てるのは、妾たちあやかしの喜びではなくて?」

 霊犬はこの土地が筑紫の名を受ける前より存在する、旧い旧い土地神であった。
 彼女は時代の流れに呑まれて消えることを良しとせず、太閤秀吉に寵愛を受け今も『此方』に生きていた。
 その言葉は、霊狐にとってとても重みがあるものだった。

「ああ、それとも……姿形が変わって仕舞えば、お前にとって恋はもう終いか。全く白状よの、雄という奴は」
「そんなこと! 俺はどんな姿だろうと、桜を」

 弾かれるように反論した紫野に、羽犬姫は優しく微笑んだ。ぱたぱたと愛らしい巻き尻尾を揺らす。

「それでこそ御伽噺として上等さね、愛らしく愚かな雄狐よ。覚悟があるのなら、妾が少々、手を貸してやろう」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...