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太宰府・二日市編

【篠崎視点】(六〇〇+四〇〇)=千年狐

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 夏の終わりの二日市、温泉街。
 俺は霊力で隠された道を出現させ、赤蜻蛉が飛び交う日暮れの旅館の駐車場に勢いよく社用車を停車した。
 楓を連れ去った元人間あやかしーー徐福じょふくは旅館の玄関に背を預け、煙管を片手に薄笑いを浮かべて待っていた。ふわふわと漂う香りは方士の術を纏わせたもので、嗅覚の鋭い俺は不快感に眉を顰めた。

「これはこれは、暑そうで大変そうだね筑紫野の霊狐。汗を流して行くのはどうだい?」
「五月蝿い。楓を返せ」
「焦らない、焦らない。ちゃぁんと返すさ」

 紫水晶のように輝く瞳を細め、感情の読めない顔で徐福は笑う。

「しかし君の可愛い細君まがいは、うちで今120分コースのマッサージの真っ最中さ。せっかくだからちゃんと最後まで施術させてやっていいだろう?」
「……」
「ここで座って待つ気かい? 営業妨害されるのも困るから、君にはちゃんとお茶を用意しているよ、まあ上りたまえ」

 徐福のペースで事が進むのは癪だが、俺は黙って後をついていく他はない。旅館に入った瞬間、ビリッと体が震える。

「……ッ」
「どうした? 狐避けはしていないはずだけど?」

 目を細めて首を傾げる徐福に、俺は内心舌打ちをした。
 飄々とした胡散臭い顔をしながらも、こいつは俺より千年以上生きる伝説的な方士だ。本質的な力の差が俺の体に影響を与えているのを気づいていながらとぼけやがる。
 ここから先は奴の結界内だ。気圧されるわけには行かない。

「哀れだねえ、本当は君も千年の力を持てたはずなのに」

 徐福は俺の様子に大袈裟に肩をすくめて見せると、温泉旅館の奥へと進む。
 旅館は遊郭建築じみた和華折衷に入り組んだ構造になっていて、どこまでついて歩いても構造がよくわからない構造だ。
 いくつもの階段を昇降し、長い廊下を何度も曲がった先ーー案内された中華仕様の応接間に入ると、襦裙姿の従業員が静々と中国茶を淹れ始めた。

 俺は籐椅子に座り、従業員の茶芸を眺めながら、目の前で悠々と腰を下ろした徐福へと尋ねる。

「緑茶ーー龍井茶ロンジンチャか?」
「いや、嬉野茶」
「佐賀産」
「佐賀の旅館だもの」
「どうしてその淹れ方をする……」
「はは、君も菊井サンと同じ反応をするか見てみたかったのよ」

 ひらひらと玉簾が風になびいて音を立てる中で、徐福は長い黒髪を肩に流し、篠崎を見た。

「ねえ。菊井サンはもう君の細君じゃないのに、どうして執着しているの? 細君じゃないから『契約』を結び直さないんだろう? 千年を捨てて恋に溺れた狐さん?」
「……あんたには関係ない話だ」
「おお怖い。そんな顔をしないでくれ」

 煙管を弄びながら徐福は大袈裟に笑う。

「もしかして彼女の自由意志を尊重したいのかい? 自由意志でもう一度、自分を愛してほしいと? 純愛ぶるつもりかい、狐風情が?」
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