98 / 145
太宰府・二日市編
【篠崎視点】(六〇〇+四〇〇)=千年狐
しおりを挟む
夏の終わりの二日市、温泉街。
俺は霊力で隠された道を出現させ、赤蜻蛉が飛び交う日暮れの旅館の駐車場に勢いよく社用車を停車した。
楓を連れ去った元人間ーー徐福は旅館の玄関に背を預け、煙管を片手に薄笑いを浮かべて待っていた。ふわふわと漂う香りは方士の術を纏わせたもので、嗅覚の鋭い俺は不快感に眉を顰めた。
「これはこれは、暑そうで大変そうだね筑紫野の霊狐。汗を流して行くのはどうだい?」
「五月蝿い。楓を返せ」
「焦らない、焦らない。ちゃぁんと返すさ」
紫水晶のように輝く瞳を細め、感情の読めない顔で徐福は笑う。
「しかし君の可愛い細君まがいは、うちで今120分コースのマッサージの真っ最中さ。せっかくだからちゃんと最後まで施術させてやっていいだろう?」
「……」
「ここで座って待つ気かい? 営業妨害されるのも困るから、君にはちゃんとお茶を用意しているよ、まあ上りたまえ」
徐福のペースで事が進むのは癪だが、俺は黙って後をついていく他はない。旅館に入った瞬間、ビリッと体が震える。
「……ッ」
「どうした? 狐避けはしていないはずだけど?」
目を細めて首を傾げる徐福に、俺は内心舌打ちをした。
飄々とした胡散臭い顔をしながらも、こいつは俺より千年以上生きる伝説的な方士だ。本質的な力の差が俺の体に影響を与えているのを気づいていながらとぼけやがる。
ここから先は奴の結界内だ。気圧されるわけには行かない。
「哀れだねえ、本当は君も千年の力を持てたはずなのに」
徐福は俺の様子に大袈裟に肩をすくめて見せると、温泉旅館の奥へと進む。
旅館は遊郭建築じみた和華折衷に入り組んだ構造になっていて、どこまでついて歩いても構造がよくわからない構造だ。
いくつもの階段を昇降し、長い廊下を何度も曲がった先ーー案内された中華仕様の応接間に入ると、襦裙姿の従業員が静々と中国茶を淹れ始めた。
俺は籐椅子に座り、従業員の茶芸を眺めながら、目の前で悠々と腰を下ろした徐福へと尋ねる。
「緑茶ーー龍井茶か?」
「いや、嬉野茶」
「佐賀産」
「佐賀の旅館だもの」
「どうしてその淹れ方をする……」
「はは、君も菊井サンと同じ反応をするか見てみたかったのよ」
ひらひらと玉簾が風になびいて音を立てる中で、徐福は長い黒髪を肩に流し、篠崎を見た。
「ねえ。菊井サンはもう君の細君じゃないのに、どうして執着しているの? 細君じゃないから『契約』を結び直さないんだろう? 千年を捨てて恋に溺れた狐さん?」
「……あんたには関係ない話だ」
「おお怖い。そんな顔をしないでくれ」
煙管を弄びながら徐福は大袈裟に笑う。
「もしかして彼女の自由意志を尊重したいのかい? 自由意志でもう一度、自分を愛してほしいと? 純愛ぶるつもりかい、狐風情が?」
俺は霊力で隠された道を出現させ、赤蜻蛉が飛び交う日暮れの旅館の駐車場に勢いよく社用車を停車した。
楓を連れ去った元人間ーー徐福は旅館の玄関に背を預け、煙管を片手に薄笑いを浮かべて待っていた。ふわふわと漂う香りは方士の術を纏わせたもので、嗅覚の鋭い俺は不快感に眉を顰めた。
「これはこれは、暑そうで大変そうだね筑紫野の霊狐。汗を流して行くのはどうだい?」
「五月蝿い。楓を返せ」
「焦らない、焦らない。ちゃぁんと返すさ」
紫水晶のように輝く瞳を細め、感情の読めない顔で徐福は笑う。
「しかし君の可愛い細君まがいは、うちで今120分コースのマッサージの真っ最中さ。せっかくだからちゃんと最後まで施術させてやっていいだろう?」
「……」
「ここで座って待つ気かい? 営業妨害されるのも困るから、君にはちゃんとお茶を用意しているよ、まあ上りたまえ」
徐福のペースで事が進むのは癪だが、俺は黙って後をついていく他はない。旅館に入った瞬間、ビリッと体が震える。
「……ッ」
「どうした? 狐避けはしていないはずだけど?」
目を細めて首を傾げる徐福に、俺は内心舌打ちをした。
飄々とした胡散臭い顔をしながらも、こいつは俺より千年以上生きる伝説的な方士だ。本質的な力の差が俺の体に影響を与えているのを気づいていながらとぼけやがる。
ここから先は奴の結界内だ。気圧されるわけには行かない。
「哀れだねえ、本当は君も千年の力を持てたはずなのに」
徐福は俺の様子に大袈裟に肩をすくめて見せると、温泉旅館の奥へと進む。
旅館は遊郭建築じみた和華折衷に入り組んだ構造になっていて、どこまでついて歩いても構造がよくわからない構造だ。
いくつもの階段を昇降し、長い廊下を何度も曲がった先ーー案内された中華仕様の応接間に入ると、襦裙姿の従業員が静々と中国茶を淹れ始めた。
俺は籐椅子に座り、従業員の茶芸を眺めながら、目の前で悠々と腰を下ろした徐福へと尋ねる。
「緑茶ーー龍井茶か?」
「いや、嬉野茶」
「佐賀産」
「佐賀の旅館だもの」
「どうしてその淹れ方をする……」
「はは、君も菊井サンと同じ反応をするか見てみたかったのよ」
ひらひらと玉簾が風になびいて音を立てる中で、徐福は長い黒髪を肩に流し、篠崎を見た。
「ねえ。菊井サンはもう君の細君じゃないのに、どうして執着しているの? 細君じゃないから『契約』を結び直さないんだろう? 千年を捨てて恋に溺れた狐さん?」
「……あんたには関係ない話だ」
「おお怖い。そんな顔をしないでくれ」
煙管を弄びながら徐福は大袈裟に笑う。
「もしかして彼女の自由意志を尊重したいのかい? 自由意志でもう一度、自分を愛してほしいと? 純愛ぶるつもりかい、狐風情が?」
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
下宿屋 東風荘 6
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*°☆.。.:*・°☆*:..
楽しい旅行のあと、陰陽師を名乗る男から奇襲を受けた下宿屋 東風荘。
それぞれの社のお狐達が守ってくれる中、幼馴染航平もお狐様の養子となり、新たに新学期を迎えるが______
雪翔に平穏な日々はいつ訪れるのか……
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆
表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚
山岸マロニィ
キャラ文芸
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
第伍話 連載中
【持病悪化のため休載】
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。
浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。
◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢
大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける!
【シリーズ詳細】
第壱話――扉(書籍・レンタルに収録)
第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録)
第参話――九十九ノ段(完結・公開中)
第肆話――壺(完結・公開中)
第伍話――箪笥(連載準備中)
番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中)
※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。
【第4回 キャラ文芸大賞】
旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。
【備考(第壱話――扉)】
初稿 2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載
改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載
改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載
※以上、現在は公開しておりません。
改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出
改稿④ 2021年
改稿⑤ 2022年 書籍化
母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―
吉野屋
キャラ文芸
14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。
完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽
偽月
キャラ文芸
「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」
大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。
八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。
人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。
火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。
八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。
火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。
蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる