上 下
93 / 145
太宰府・二日市編

2

しおりを挟む
 元の俺の主人、桜は霊力に振り回されて生きて、そして死んだ女だ。
 強大な霊力で巫女として拾われ、霊力で600年の霊狐と使役関係になり。そして別れ。
 彼女は巫女として姫城督ぎんちよひめを守って命を散らした。

 霊力がなければ、巫女として拾われず、筑紫野の霊狐なんかと出会うこともなかった。
 霊力がなければ、普通の女として生きられた。
 霊力がなければ、呪いで命を散らすこともなかった。
 ーー天正年間。
 普通ではない桜は、普通の生き方を選べない時代だった。

 けれど生まれ変わったこの時代ならば彼女も生き方も幸福の形も選べる。
 霊力の使いこなし方を学び、彼女が「普通」に生きられるのならば、それが楓にとって最も幸福なのではないか?

 それに。
 にとって、自分は赤の他人だ。
 俺にとって桜と楓は連綿と繋がる一つの魂だとしても、人間である楓にとって、桜と楓はノットイコールだ。
 全く身に覚えのない前世を持ち出して、好きだと云うのが見当違いなことくらいーー人里に暮らして千年あまり、俺はとっくに理解している。

 何度生まれ変わっても結局、俺は懲りずにあの変な女に惹かれている。
 だからこそ不安になる。

 楓に今回の人生でも、あやかしと霊力に振り回され続ける人生を歩ませるのか?

 俺は自分の選択をズルズルと引き伸ばしていた。
 甚大な霊力を持て余した彼女と、再び番になって共に生きるべきか。
 もう普通の人生を得ている彼女ならば、霊力の問題を解決したらそっと「普通」の世界に帰すべきか。

「言える訳ねえだろうが。前世からお前が好きだった、なんて」

 自分でも情けなくなるほど、ひとりごちた声音は弱かった。

 いっそ元主人はお前だよ、と言ってやる方が親切なのだろうか。
 けれど、俺の気持ちを知った楓がどう思うか。元主人を重ねている男に唇を奪われた事実にショックを受けやしないか。
 もしくは許してくれたとしてもーー彼女がまた、「普通」の人生を捨てる事になったら?

 井戸の底で死んだぜんせを思い出す。

 俺の知らない場所で、全てを引き受けて、どんなに苦しんで、一人で昏い水底で死んでいったのだろうか。
 人間として規格外な力を持つ人間が、あやかしに入れ込みすぎると、死を招く。
 知っているのに。愛しい女を守れなかった自分が、今世もまた、守れなかった女と一緒にいていいのか。

「よかねえよな、……やっぱり……」

 信号が変わる。ハンドルを握りなおす。
 まずは、あの商売敵から楓を取り返すのが先だ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

下宿屋 東風荘 6

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*°☆.。.:*・°☆*:.. 楽しい旅行のあと、陰陽師を名乗る男から奇襲を受けた下宿屋 東風荘。 それぞれの社のお狐達が守ってくれる中、幼馴染航平もお狐様の養子となり、新たに新学期を迎えるが______ 雪翔に平穏な日々はいつ訪れるのか…… ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ
キャラ文芸
  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼       第伍話 連載中    【持病悪化のため休載】   ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ モダンガールを目指して上京した椎葉桜子が勤めだした仕事先は、奇妙な探偵社。 浮世離れした美貌の探偵・犬神零と、式神を使う生意気な居候・ハルアキと共に、不可解な事件の解決に奔走する。 ◤ 大正 × 妖 × ミステリー ◢ 大正ロマン溢れる帝都・東京の裏通りを舞台に、冒険活劇が幕を開ける! 【シリーズ詳細】 第壱話――扉(書籍・レンタルに収録) 第弐話――鴉揚羽(書籍・レンタルに収録) 第参話――九十九ノ段(完結・公開中) 第肆話――壺(完結・公開中) 第伍話――箪笥(連載準備中) 番外編・百合御殿ノ三姉妹(完結・別ページにて公開中) ※各話とも、単独でお楽しみ頂ける内容となっております。 【第4回 キャラ文芸大賞】 旧タイトル『犬神心霊探偵社 第壱話【扉】』が、奨励賞に選ばれました。 【備考(第壱話――扉)】 初稿  2010年 ブログ及びHPにて別名義で掲載 改稿① 2015年 小説家になろうにて別名義で掲載 改稿② 2020年 ノベルデイズ、ノベルアップ+にて掲載  ※以上、現在は公開しておりません。 改稿③ 2021年 第4回 キャラ文芸大賞 奨励賞に選出 改稿④ 2021年 改稿⑤ 2022年 書籍化

母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋
キャラ文芸
 14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。    完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

処理中です...