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太宰府・二日市編

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 いつもの篠崎さんなら、「そりゃ好きに決まってんだろ」と言うだろう。けれど咄嗟に彼は言葉が出ない。私になんと返事をすればいいのか悩んでいる。
 私ははっきりと悟ったーーこの人は、元のご主人を愛しているんだ。

「篠崎さん」
「なんだ」
「大切な人がいらっしゃるのに……私が「だだもれ霊力」だったせいで、キスさせちゃってたんですね」
「……は?」

 私の言葉に篠崎さんは目を瞠る。
 狼狽した様子を隠せていない。その所作全てが私の想像が正しいことを示している。

「いや、楓、あの。……待て」
「篠崎さんは、本当は心に誓った方がいるのに、私はなんてことを……」
「待て。俺のことはともかく、待て。キスに関しちゃあ、俺よりお前の方がダメージがでかいんじゃないのか? なあ」

 私は首を横に振る。

「私のことなんて、どうでもいいんです。自分がファーストキスだった事ばかり気にしちゃって、篠崎さんの気持ちを汲む余裕なくて……全然考えられてなかったのが、申し訳なくて」

 篠崎さんはファーストキスだった私に、ちゃんとフォローをしてくれていた。
 けれど本当にフォローされるべきだったのは篠崎さんだったんだ。
 篠崎さんは本当にキスをしたい相手は、別にいるのだから。

「すみません。……申し訳なさすぎて泣けてきたので、ちょっとコンビニ行ってきます。すぐ、戻ります」
「あ、おい」

 平静を装えると思っていたけれど、やっぱりだめだ。
 私は笑顔を作り、逃げるように駅前のトイレへと駆け込む。個室に入った途端涙が溢れた。限界だった。

「う……」

 篠崎さんは天神の平和と私のために、私とキスをして霊力を吸って世話してくれている。
 彼の優しさに勝手に惹かれて、勝手に好きになっている自分の迷惑さにほとほと嫌になる。

「馬鹿だなあ、私。……これ以上、篠崎さんに迷惑かけたくないのに」

 後から後から溢れ出す涙を拭う私を、頭の中で何人もの「私」が責める。

 冷静な私が「自己憐憫で泣くなんてみっともない」と呆れている。
 社会人の私が「昼間から泣いて迷惑かけるなんて最低」と侮蔑している。
 良心のある私が「一番泣きたいのは篠崎さんじゃないの?」と困惑してる。

 わかってる。
 私が自分勝手に恋をして、好きになっちゃって。迷惑かけてるのは自覚してるってば。
 1分間だけ、気持ちの切り替えをするだけの時間を頂戴。
 

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