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太宰府・二日市編
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「しの、ですか?」
私は先日からスナックで聞いた名前を思い出す。あの時も篠崎さんは「しの」と呼ばれていた。
「ああそうか、今は篠崎か」
殿は笑う。
「しの、って……弊社の篠崎の事なんですね、やっぱり」
「ああ。彼奴は、過去を知る物には中々会ってくれなんだ。だが無理もなかろう」
「昔からのお知り合いとは……会わないんですね……篠崎は」
その時。涼やかな殿の眼差しが静かに、私をみて細くなる。
「主。もしや、好いておるのだな? 紫野のことを」
「っ……え、えっと、その」
「ふふ、まあ良い。……今は楓殿がいるのならば、紫野も安泰だろう」
しどろもどろになる私に殿は優しい顔をして微笑み、窓の外にちらと目を向けた。
「妻が来たようだ」
「奥様、ですか?」
「ああ。今日は暑いから出て来ずとも良いと言ったのに。待ちきれなかったか」
私も窓外を見下ろしてみる。
殿の視線の先には、喫茶店へとゆっくり近づいてくるレースの日傘があった。顔はよく見えない。殿の隣で部下さんが私に言う。
「殿と奥方はこの後でぇとのお約束なんですよ」
「あらデート。素敵ですね」
私と部下さんは顔を見合わせてふふふと微笑む。
話は既に終わっていたので、私たちは立ち上がり店を後にした。
「では、また。紫野に宜しく伝えてくれ」
「菊井殿! では寺では宜しく頼みますね!」
「はい! 本日はご足労いただきありがとうございました!」
私が挨拶をすると、殿と部下さんは日傘をさした奥様と一緒に去っていった。殿と奥様は後ろ姿だけでもうっとりする程、仲睦まじく見えた。
「篠崎さんの昔の、お知り合いかあ……」
私は見送りながら一人、ぽつりと呟く。
篠崎さんの古いお知り合い。400年前のお知り合いも、いることにはいるのだ。私にとって400年前なんて、ご先祖様が何をしていたのか、わからないくらいの昔なのに。
なんだか不思議な感じだと思っていた、その時。
「楓ちゃん」
懐かしい声が私の背中に掛けられる。
はっと振り返ると、そこには幼馴染の友達が白いワンピースで佇んでいた。
「旬ちゃん!」
長い黒髪を靡かせ、旬ちゃんは私に向かってにっこりと、笑った。
私は先日からスナックで聞いた名前を思い出す。あの時も篠崎さんは「しの」と呼ばれていた。
「ああそうか、今は篠崎か」
殿は笑う。
「しの、って……弊社の篠崎の事なんですね、やっぱり」
「ああ。彼奴は、過去を知る物には中々会ってくれなんだ。だが無理もなかろう」
「昔からのお知り合いとは……会わないんですね……篠崎は」
その時。涼やかな殿の眼差しが静かに、私をみて細くなる。
「主。もしや、好いておるのだな? 紫野のことを」
「っ……え、えっと、その」
「ふふ、まあ良い。……今は楓殿がいるのならば、紫野も安泰だろう」
しどろもどろになる私に殿は優しい顔をして微笑み、窓の外にちらと目を向けた。
「妻が来たようだ」
「奥様、ですか?」
「ああ。今日は暑いから出て来ずとも良いと言ったのに。待ちきれなかったか」
私も窓外を見下ろしてみる。
殿の視線の先には、喫茶店へとゆっくり近づいてくるレースの日傘があった。顔はよく見えない。殿の隣で部下さんが私に言う。
「殿と奥方はこの後でぇとのお約束なんですよ」
「あらデート。素敵ですね」
私と部下さんは顔を見合わせてふふふと微笑む。
話は既に終わっていたので、私たちは立ち上がり店を後にした。
「では、また。紫野に宜しく伝えてくれ」
「菊井殿! では寺では宜しく頼みますね!」
「はい! 本日はご足労いただきありがとうございました!」
私が挨拶をすると、殿と部下さんは日傘をさした奥様と一緒に去っていった。殿と奥様は後ろ姿だけでもうっとりする程、仲睦まじく見えた。
「篠崎さんの昔の、お知り合いかあ……」
私は見送りながら一人、ぽつりと呟く。
篠崎さんの古いお知り合い。400年前のお知り合いも、いることにはいるのだ。私にとって400年前なんて、ご先祖様が何をしていたのか、わからないくらいの昔なのに。
なんだか不思議な感じだと思っていた、その時。
「楓ちゃん」
懐かしい声が私の背中に掛けられる。
はっと振り返ると、そこには幼馴染の友達が白いワンピースで佇んでいた。
「旬ちゃん!」
長い黒髪を靡かせ、旬ちゃんは私に向かってにっこりと、笑った。
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