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中洲編

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 夜空の向こうから、お爺さんの声が聞こえる。そして力強い羽ばたきの音。

「来たか」

 篠崎さんがつぶやく。
 見上げると頭上から、猛禽の大きな翼を生やしたスーツ姿の男性が舞い降りてきた。
 ワイシャツの背中から飛び出すのは、全身を覆うほどの大きさの猛禽の翼。
 さらさらの銀髪に金色の丸眼鏡、袖にアームバンドをつけた事務職然とした美男子だ。

 彼の右腕には、真っ白な蛇が絡み付いている。
 お爺さんの声は、どうやら蛇が発しているようだ。

「あ、ああ……」

 主任が青ざめている。
 美青年は震える主任が目に入っていないような淡々とした調子で、私の方にペコリと頭を下げた。
 
「菊井さんですね。お初にお目にかかります。私、法務相談を生業としております福田六郎ふくだろくろうです。こんばんは」
「こんばんは、初めまして……菊井楓と申します」

 視線に射抜かれた瞬間ビリビリとする。私でもはっきり解るーー彼は、強い存在だ。
 圧倒されてしまった私の隣で、篠崎さんが言葉を添える。

「彼が、楓の退職手続きをやってもらった法務担当の福田先生だ」
「あ! あの時、電話をしてくださった!」

 福田先生は頷く。

「北海道出身です。長らく小さき里の土地神コタンコロカムイをしておりましたが、守るべき村が無人となった折、炭鉱労働者の方と一緒に福岡に移住しました」
「それは遠い所から遥々……」

 大きな翼は梟の翼らしい。フクロウ?ーーああ、福田六郎とは、もしかして?
 神様も移住してくることがあるのかと思うとちょっと凄い。そりゃあビリビリ感じるはずだ。

 私が福田先生に気を取られていたところで、主任の泣きそうな声が聞こえてきた。

「神様、どうして……ここに……」
「我が社(やしろ)の巫女が福岡で暴れていると聞けば、儂も島から出ぬわけには参らんよ」

 主任は青ざめてぎゅっと拳を握る。その震える姿はまるで折檻を受ける幼い子供のようで、彼女がかつてどれだけ厳しく躾けられてきたのかを感じさせるものだった。

「霊力としても、志も、巫女としての才能は妹の方が上じゃったよ。今も善く儂に奉仕してくれている。だが妹も、島の外で大成したいと飛び出していった姉を応援しているぞ、今でも」
「そんなの……同情でしかありません」
「いい加減、劣等感の色眼鏡を外して、妹の本当の気持ちを汲んでやらんか。……少なくとも、今のお主のその姿は妹が望んだ『強い姉』ではないぞ」
「……」
「島を出たとはいえ、お主も可愛い我が巫女だ。中途半端で諦めて自暴自棄になるなど、許さんぞ」

 主任は座り込み、顔を覆って嗚咽を始めた。
 福田先生の腕から降りた白蛇さんは、主任の顔を覗き込むように近づいていく。
 二人は私たちに聞こえない言葉で、しばらくずっと語り合っていた。
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