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糸島編
たった一つしか思いつかなかった冴えたやり方。
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それから私と篠崎さんは雫紅さんをいくつかの職場見学に連れ行ったが、どの職場でも決定打に欠ける結果となった。
彼女の技能が問題と言うわけではない。
むしろ70歳以上、人間とあまり接してこなかったあやかしとしては驚くほど機械操作に慣れていて、PCも一般事務レベルなら難なくこなせた。
現代社会に順応できている雫紅さんは、あやかし向け求人は正直いくらでも選べるスペックなのだ。
けれど、肝心の彼女の心に「決定打」と言うものがなかった。
「一人暮らししやすくて……街に出やすくて、お金が稼げたら、私にできる事ならなんでもいいです」
どこでもいいし、なんでもいい。ーーだからこそ、最も良い選択を一つおすすめするのが難しい。
それに私は、彼女が本当になんでもいいと思っているふうには、とても見えなかったのだ。
私たちは「きらめき通り」沿いの会社を訪問したのち、そのまま天神見物がてら福岡天神駅まで向かった。
地下街のカレー屋さんに興味がある様子だったので、お昼は彼女の要望に合わせてカレーランチにした。カレー専門店のチェーン店なので、個性的でとても美味しい。お米も細長くて、スープカレーっぽくて美味しい。
食後、雫紅さんがちょっと席を立つ。
彼女を待つ間、篠崎さんが私に話しかけてきた。
「楓」
「はい」
「何か気になってるみたいだな」
「篠崎さんが意外と辛いカレー苦手ってことですか?」
「ちげーよ。彼女についてだ」
「ん……まあ……、素直に甘口頼めない篠崎さんの変な強がりってなんだろうなーって事も、雫紅さんの気持ちも両方気になってますが」
篠崎さんはカレーの辛味が苦手らしく、お店の中辛のカレーでも耳がぺったりと寝ている。耳も尻尾もカレーみたいな色をしているのに、カレーが苦手とは。
「話してみろ」
「篠崎さんのことですか?」
「それ以上言うならご馳走してやらねえぞ」
「言います言います、彼女のことですね」
私は慌てて、雫紅さんの気になっていることを口にした。
「ええと。彼女は多分、今日見学したどこの会社でもうまくやれるとは思うんですが……ただ、どんなお仕事選んだとしても、スムーズに行くことってまずないと思うんです」
「ほう」
篠崎さんの目が軽く驚いたような目になる。
「へ、変なこといっちゃいました?」
「いい、続けろ」
「はい」
私は頷いて続ける。
「だって慣れない新生活に、なるって訳じゃないですか。だからきっと、これから仕事がしんどくなるときもあるんです。……その時もし挫折しちゃっても、普通の人なら、また頑張ろう!って思えるかもしれません。けれど雫紅さんは、70年も同じ海で、同じ場所で同じ顔ぶれと一緒に暮らしてきた人で」
篠崎さんは2杯目の水を飲みながら、私の話を静かに聞いてくれている。
「仕事で挫折しちゃった時、やっぱり自分はだめだ、って思っちゃうかもしれないので……なるべく、そういう時でも「頑張ろう」って励めるような、お仕事をご紹介するのがいいよねって思うんです。例えば、お仕事内容そのものがグッと来るじゃなくても、こだわりにぴったりな所がいいな、というか……」
たくさん語りすぎたと気づいて、私はハッと我にかえる。
「すみません。なんだか沢山語りすぎちゃいました」
気恥ずかしくなった私に、篠崎さんは横に首を振る。
「言えって言ったのは俺だろ。気にすんな。400年の狐の俺より、楓の方が彼女に感覚は近いし、いろいろ考えることはいい事さ」
「近い、んですか?」
「70だろ? まだ人間でもおかしくないくらいの年齢だからなあ」
「そんなものなんですね……」
彼は笑って3杯目の水を飲んでいる。お腹タプタプにならないのかな。
「ま、とにかくやってみろ。困ったらフォローは俺がやるから」
「ありがとうございます。……あれ、そういえば、雫紅さん遅いなあ」
もしかしたら何かあったのかもしれない。
私は立ち上がる。
「篠崎さん、私ちょっと様子見てきます」
「ああ」
篠崎さんに見送られ、私はお店を出てトイレや化粧直しのパウダールームまであちこち見てみた。
けれど、雫紅さんの姿は見当たらない。
「どうしよう……迷子にさせちゃったかな」
もしかしたら別の階に行ったのかもしれない。そう思って私は地下から出て人混みを見渡す。
「雫紅さーん、雫紅さん……」
焦りながらあちこちキョロキョロ回ったその時。
天神駅の大画面前を見上げ、呆然と立ちすくんだ女性が目に留まる。
大きな帽子とメガネにマスク。雫紅さんだ。
「ああ、雫紅さん、そこにいたんですねーー」
彼女に駆け寄ろうとして、私は彼女の表情にハッとする。
彼女の技能が問題と言うわけではない。
むしろ70歳以上、人間とあまり接してこなかったあやかしとしては驚くほど機械操作に慣れていて、PCも一般事務レベルなら難なくこなせた。
現代社会に順応できている雫紅さんは、あやかし向け求人は正直いくらでも選べるスペックなのだ。
けれど、肝心の彼女の心に「決定打」と言うものがなかった。
「一人暮らししやすくて……街に出やすくて、お金が稼げたら、私にできる事ならなんでもいいです」
どこでもいいし、なんでもいい。ーーだからこそ、最も良い選択を一つおすすめするのが難しい。
それに私は、彼女が本当になんでもいいと思っているふうには、とても見えなかったのだ。
私たちは「きらめき通り」沿いの会社を訪問したのち、そのまま天神見物がてら福岡天神駅まで向かった。
地下街のカレー屋さんに興味がある様子だったので、お昼は彼女の要望に合わせてカレーランチにした。カレー専門店のチェーン店なので、個性的でとても美味しい。お米も細長くて、スープカレーっぽくて美味しい。
食後、雫紅さんがちょっと席を立つ。
彼女を待つ間、篠崎さんが私に話しかけてきた。
「楓」
「はい」
「何か気になってるみたいだな」
「篠崎さんが意外と辛いカレー苦手ってことですか?」
「ちげーよ。彼女についてだ」
「ん……まあ……、素直に甘口頼めない篠崎さんの変な強がりってなんだろうなーって事も、雫紅さんの気持ちも両方気になってますが」
篠崎さんはカレーの辛味が苦手らしく、お店の中辛のカレーでも耳がぺったりと寝ている。耳も尻尾もカレーみたいな色をしているのに、カレーが苦手とは。
「話してみろ」
「篠崎さんのことですか?」
「それ以上言うならご馳走してやらねえぞ」
「言います言います、彼女のことですね」
私は慌てて、雫紅さんの気になっていることを口にした。
「ええと。彼女は多分、今日見学したどこの会社でもうまくやれるとは思うんですが……ただ、どんなお仕事選んだとしても、スムーズに行くことってまずないと思うんです」
「ほう」
篠崎さんの目が軽く驚いたような目になる。
「へ、変なこといっちゃいました?」
「いい、続けろ」
「はい」
私は頷いて続ける。
「だって慣れない新生活に、なるって訳じゃないですか。だからきっと、これから仕事がしんどくなるときもあるんです。……その時もし挫折しちゃっても、普通の人なら、また頑張ろう!って思えるかもしれません。けれど雫紅さんは、70年も同じ海で、同じ場所で同じ顔ぶれと一緒に暮らしてきた人で」
篠崎さんは2杯目の水を飲みながら、私の話を静かに聞いてくれている。
「仕事で挫折しちゃった時、やっぱり自分はだめだ、って思っちゃうかもしれないので……なるべく、そういう時でも「頑張ろう」って励めるような、お仕事をご紹介するのがいいよねって思うんです。例えば、お仕事内容そのものがグッと来るじゃなくても、こだわりにぴったりな所がいいな、というか……」
たくさん語りすぎたと気づいて、私はハッと我にかえる。
「すみません。なんだか沢山語りすぎちゃいました」
気恥ずかしくなった私に、篠崎さんは横に首を振る。
「言えって言ったのは俺だろ。気にすんな。400年の狐の俺より、楓の方が彼女に感覚は近いし、いろいろ考えることはいい事さ」
「近い、んですか?」
「70だろ? まだ人間でもおかしくないくらいの年齢だからなあ」
「そんなものなんですね……」
彼は笑って3杯目の水を飲んでいる。お腹タプタプにならないのかな。
「ま、とにかくやってみろ。困ったらフォローは俺がやるから」
「ありがとうございます。……あれ、そういえば、雫紅さん遅いなあ」
もしかしたら何かあったのかもしれない。
私は立ち上がる。
「篠崎さん、私ちょっと様子見てきます」
「ああ」
篠崎さんに見送られ、私はお店を出てトイレや化粧直しのパウダールームまであちこち見てみた。
けれど、雫紅さんの姿は見当たらない。
「どうしよう……迷子にさせちゃったかな」
もしかしたら別の階に行ったのかもしれない。そう思って私は地下から出て人混みを見渡す。
「雫紅さーん、雫紅さん……」
焦りながらあちこちキョロキョロ回ったその時。
天神駅の大画面前を見上げ、呆然と立ちすくんだ女性が目に留まる。
大きな帽子とメガネにマスク。雫紅さんだ。
「ああ、雫紅さん、そこにいたんですねーー」
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