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糸島編
私たちの、そういう『契約』。
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その後、糸島から会社に戻った私は見学の準備を進めていた。
私が会社に戻った時には羽犬塚さんはすでに帰宅していて、夜さんは猫の集会に行って直帰らしい。帰るってどこ。私の部屋!?
「楓は元々営業やってたわけじゃないんだよな?」
「なっ、わっ、私、何か変なことやってます?」
「いちいちビクつくなよ」
篠崎さんは尖った犬歯を見せて笑う。彼は報告書を書く私の隣の空いたデスクに座り、自分の連絡や仕事をしながら私のチェックをしてくれていた。
こうして上司がついて仕事をチェックされるのが人生で初めてで、あと篠崎さんの匂いがいい匂いで、色々と落ち着かない。
「営業職じゃなかった割には、物怖じせずにサクッと話をまとめてきたから驚いたんだ。今回の件を楓に任せたのは、清音さんの御用聞きで終わるかと思っていたからな」
「そうだったのですね……」
確かに入社してすぐの営業未経験の私がいきなり、紹介案件を持ってくると期待されるのは重い。
「余計なことしちゃいましたか?」
「そんなことはねえよ。何かありゃあ俺が世話してやっから、安心しな」
「……はい。篠崎さんのマニュアルがお上手だから、少しでも早く覚えられるように頑張ります」
こういう時、この人が本当にただの「普通の」上司だったらどんなによかっただろう、と思ってしまう。
ここで言う「普通」は、別に人間の男性だったらよかったのに、と言う意味ではない。
もっと別の意味だ。
私が保存をクリックしたところで、篠崎さんが薄く唇を笑ませる気配がする。ああ、唇。
「明日は俺も同行する。口出しはしないから、まあ好きにやってみな」
「……ありがとうございます」
私のディスプレイを見ている篠崎さんの、整った横顔をちらりと見やる。
肩を滑る長めの髪といい匂い、ふわっとした狐耳。綺麗で、可愛い。唇は見れない。
私、この人にキスされちゃったんだよな……。ここで……。
「どうした?」
「ヒッ!!!!!!!!!!」
「ヒッじゃねえよ。終わった途端にぼーっとしやがって」
「あ、ああ、あの……いやなんでもないです」
「……」
私の表情に何か察したのか、彼は急に会得したような顔をする。
目を眇め、私を探るような悪戯な目線を向けてくる。
「楓」
「は、はい」
「欲しいのか?」
「え」
「しょうがねえな」
篠崎さんはふわ、と尻尾を私へと向けてくる。
「撫でたいんだろ? 撫でろ」
「……………撫でたそうな顔に見えました?」
「違うのか?」
「いえ、違いません、違いません。失礼します」
もふもふとした毛並みに、私は両手10本の指を開いて、わさぁ……と指の根本まで埋める。
「っ……」
篠崎さんが息を詰める。私はその手触りに目を見開いて感嘆した。
「う、うわあ……柴犬の尻尾に似てるけど、大きさが数倍以上だから触り心地が段違い……うわあ………これは……」
「……」
毛並みに逆らうように撫であげたり、乱れた毛並みを整えるように上から下に撫でたり、あまりの手触りに思わず私は時を忘れて夢中になっていた。時折ひく、と痙攣するように甘く反応するのがいじらしい。
「……う……」
ガタ、と音がする。気づけば篠崎さんが机にしがみつくようにもたれていた。
ふうふうと肩で息をしながら、私を振り返って睨み下ろした。
「……そろそろ気が済んだか……」
「あ、ありがとうございました! 最高でした!!」
「そりゃあ……よかったな……」
篠崎さんは尻尾をしゅるりと私の手から引き戻すと、慰めるように自分で撫で撫でと毛並みを整える。私はスッキリした気持ちになった。最高の手触りだ。
「あれ、篠崎さん顔赤いですか?」
「露出狂女に……辱められた………」
何かぶつぶつと言っている言葉はよく聞こえない。
篠崎さんが耳をへにゃっと伏せてよろよろと離れ、サッシを下ろし始めたので、私も片付けに取り掛かった。
私が会社に戻った時には羽犬塚さんはすでに帰宅していて、夜さんは猫の集会に行って直帰らしい。帰るってどこ。私の部屋!?
「楓は元々営業やってたわけじゃないんだよな?」
「なっ、わっ、私、何か変なことやってます?」
「いちいちビクつくなよ」
篠崎さんは尖った犬歯を見せて笑う。彼は報告書を書く私の隣の空いたデスクに座り、自分の連絡や仕事をしながら私のチェックをしてくれていた。
こうして上司がついて仕事をチェックされるのが人生で初めてで、あと篠崎さんの匂いがいい匂いで、色々と落ち着かない。
「営業職じゃなかった割には、物怖じせずにサクッと話をまとめてきたから驚いたんだ。今回の件を楓に任せたのは、清音さんの御用聞きで終わるかと思っていたからな」
「そうだったのですね……」
確かに入社してすぐの営業未経験の私がいきなり、紹介案件を持ってくると期待されるのは重い。
「余計なことしちゃいましたか?」
「そんなことはねえよ。何かありゃあ俺が世話してやっから、安心しな」
「……はい。篠崎さんのマニュアルがお上手だから、少しでも早く覚えられるように頑張ります」
こういう時、この人が本当にただの「普通の」上司だったらどんなによかっただろう、と思ってしまう。
ここで言う「普通」は、別に人間の男性だったらよかったのに、と言う意味ではない。
もっと別の意味だ。
私が保存をクリックしたところで、篠崎さんが薄く唇を笑ませる気配がする。ああ、唇。
「明日は俺も同行する。口出しはしないから、まあ好きにやってみな」
「……ありがとうございます」
私のディスプレイを見ている篠崎さんの、整った横顔をちらりと見やる。
肩を滑る長めの髪といい匂い、ふわっとした狐耳。綺麗で、可愛い。唇は見れない。
私、この人にキスされちゃったんだよな……。ここで……。
「どうした?」
「ヒッ!!!!!!!!!!」
「ヒッじゃねえよ。終わった途端にぼーっとしやがって」
「あ、ああ、あの……いやなんでもないです」
「……」
私の表情に何か察したのか、彼は急に会得したような顔をする。
目を眇め、私を探るような悪戯な目線を向けてくる。
「楓」
「は、はい」
「欲しいのか?」
「え」
「しょうがねえな」
篠崎さんはふわ、と尻尾を私へと向けてくる。
「撫でたいんだろ? 撫でろ」
「……………撫でたそうな顔に見えました?」
「違うのか?」
「いえ、違いません、違いません。失礼します」
もふもふとした毛並みに、私は両手10本の指を開いて、わさぁ……と指の根本まで埋める。
「っ……」
篠崎さんが息を詰める。私はその手触りに目を見開いて感嘆した。
「う、うわあ……柴犬の尻尾に似てるけど、大きさが数倍以上だから触り心地が段違い……うわあ………これは……」
「……」
毛並みに逆らうように撫であげたり、乱れた毛並みを整えるように上から下に撫でたり、あまりの手触りに思わず私は時を忘れて夢中になっていた。時折ひく、と痙攣するように甘く反応するのがいじらしい。
「……う……」
ガタ、と音がする。気づけば篠崎さんが机にしがみつくようにもたれていた。
ふうふうと肩で息をしながら、私を振り返って睨み下ろした。
「……そろそろ気が済んだか……」
「あ、ありがとうございました! 最高でした!!」
「そりゃあ……よかったな……」
篠崎さんは尻尾をしゅるりと私の手から引き戻すと、慰めるように自分で撫で撫でと毛並みを整える。私はスッキリした気持ちになった。最高の手触りだ。
「あれ、篠崎さん顔赤いですか?」
「露出狂女に……辱められた………」
何かぶつぶつと言っている言葉はよく聞こえない。
篠崎さんが耳をへにゃっと伏せてよろよろと離れ、サッシを下ろし始めたので、私も片付けに取り掛かった。
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