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天神編
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「しばらくは現代の人の世を学ぶことから始めるが、おいおい篠崎社長の元で世話になりたい」
「あら」
「営業はほぼ俺一人でやっていたが、こいつ思ったより使えそうだからな。荒事も得意そうだし」
「てっきり占い師でそのまま勤めると思ったんですが」
「合わねえな」
篠崎さんはばっさりと切る。
「話を聞くのは上手いが、現代社会に寄り添ったアドバイスが全くだ。あと占いも知らない」
「占い知らなかったんですか!?」
でもまあ確かに、話を聞いていて明らかに猫としてのアドバイスをされていたような気がする。人間向けっぽい内容は全てどこかで聞いてきた丸暗記のセールストークだったし。
「霊力を奪うためだけにやっていたことだから仕方ない。今では反省してる」
「夜さんなら大丈夫ですよ。私も転職頑張るので、一緒に頑張りましょう」
「ところで」
「はい?」
「楓殿、撫でたいのか?」
しゅるしゅると私の腕に尻尾が絡まってくる。どういった仕組みなのか、ネクタイを締めたのどの奥からごろごろと音が聞こえてきた。
「えっ!? あの、でも……!」
「撫でて欲しい。楓殿の手、気持ちいいから」
目を細めた夜さんは私に頭を差し出してくる。人間の、しかも美男子の姿でだ。
「えええ……」
「あとちょっと舐めさせてほしい」
「!?」
「楓殿は、美味しいから……ちょっとだけ」
上目遣いに見上げてくる、その瞳が妖しく輝いている。私はぞくりとした
篠崎さんが契約を結ばないと危ないといった意味がわかった。気がする。
「な? 猫に理性なんざあるわけねえだろ」
「あはは……」
夜さんはそのまま猫の姿になり、私の膝に乗ってきた。まあ猫の姿ならいいやと、膝でごろごろとあやす。
「ところで」
千早駅が見えてきたところで踏切の渋滞に入り、車のスピードが緩やかになる。そのタイミングで篠崎さんは私を見やった。
「どうする? あんたはこのままうちに就職していいだろ?」
「……辞めさせてくれたのは、もしかして篠崎さんですか?」
言葉では返事をせず、ぺろりと舌を出す。成人男性がそれをやっても魅力的に見えるのだからずるい。
「辞めさせといて私の意向を聞くって、それはないですよ」
「や、一応聞いとかねえとな」
「さっき篠崎社長、ベンゴシに釘さされてた」
「えっ」
「さっき電話をかけていたのは、ベンゴシというあやかしだ」
膝の上で猫の姿であくびしながら夜さんがいう。チッと、篠崎さんが舌打ちする。
「いうなバカ」
「にゃあ」
猫だからわからない、そう言いたげな白々しさで私の膝で丸くなる夜さん。毒づきながらも顔が笑っている篠崎さん。なんだかあまりにも和やかな光景で、私はつい笑ってしまった。
疲れていた肩が軽くなる。
こうして、仲良さそうにしている夜さんと篠崎さんの関係を見ていると、あやかし皆がこんな風に、素直に過ごせる世界を作りたいと思う。『此方』では普通として扱われない存在が、普通に過ごせるお手伝いをしたい。
私は自分の手のひらを見た。
会社では私なりに、たくさん資料を作って、たくさん仕事をして、たくさん貢献してきたつもりだ。
感謝もされなかったし、毎日怒鳴られてばかりで。
でも、それが普通だと思っていたから。普通だから、我慢しなきゃと思っていた。
けれど。こうして私の能力を認めて、私を求めてくれる人がいる。
私は――そういう場所に転職したかったんじゃないの?
普通じゃないけれど……ううん。
「篠崎さん」
「ん?」
「この仕事、普通じゃないから嫌だって思ってましたけど、この仕事も普通ですよね」
私は自分の中で確かめるように言う。
「困っている誰かに、生きていくための仕事を見つけたり。得意なことを一緒に探したり。それで誰かが幸せになるなら、そのお手伝いをできるなら、それって素敵な『普通』ですよね……」
「ごく普通の、ごくごく当たり前の仕事さ。あやかしに『普通』を与えるのが、何がおかしい」
踏切が開き、車の流れが動き始める。
ビルの合間から、ぎらりと輝く夕日が目を焼いた。
「――私やります。夜さんに向いてることを力説した私が、自分のできる事や向いてることから目をそらすのって、なんだか違うと思うので」
「あら」
「営業はほぼ俺一人でやっていたが、こいつ思ったより使えそうだからな。荒事も得意そうだし」
「てっきり占い師でそのまま勤めると思ったんですが」
「合わねえな」
篠崎さんはばっさりと切る。
「話を聞くのは上手いが、現代社会に寄り添ったアドバイスが全くだ。あと占いも知らない」
「占い知らなかったんですか!?」
でもまあ確かに、話を聞いていて明らかに猫としてのアドバイスをされていたような気がする。人間向けっぽい内容は全てどこかで聞いてきた丸暗記のセールストークだったし。
「霊力を奪うためだけにやっていたことだから仕方ない。今では反省してる」
「夜さんなら大丈夫ですよ。私も転職頑張るので、一緒に頑張りましょう」
「ところで」
「はい?」
「楓殿、撫でたいのか?」
しゅるしゅると私の腕に尻尾が絡まってくる。どういった仕組みなのか、ネクタイを締めたのどの奥からごろごろと音が聞こえてきた。
「えっ!? あの、でも……!」
「撫でて欲しい。楓殿の手、気持ちいいから」
目を細めた夜さんは私に頭を差し出してくる。人間の、しかも美男子の姿でだ。
「えええ……」
「あとちょっと舐めさせてほしい」
「!?」
「楓殿は、美味しいから……ちょっとだけ」
上目遣いに見上げてくる、その瞳が妖しく輝いている。私はぞくりとした
篠崎さんが契約を結ばないと危ないといった意味がわかった。気がする。
「な? 猫に理性なんざあるわけねえだろ」
「あはは……」
夜さんはそのまま猫の姿になり、私の膝に乗ってきた。まあ猫の姿ならいいやと、膝でごろごろとあやす。
「ところで」
千早駅が見えてきたところで踏切の渋滞に入り、車のスピードが緩やかになる。そのタイミングで篠崎さんは私を見やった。
「どうする? あんたはこのままうちに就職していいだろ?」
「……辞めさせてくれたのは、もしかして篠崎さんですか?」
言葉では返事をせず、ぺろりと舌を出す。成人男性がそれをやっても魅力的に見えるのだからずるい。
「辞めさせといて私の意向を聞くって、それはないですよ」
「や、一応聞いとかねえとな」
「さっき篠崎社長、ベンゴシに釘さされてた」
「えっ」
「さっき電話をかけていたのは、ベンゴシというあやかしだ」
膝の上で猫の姿であくびしながら夜さんがいう。チッと、篠崎さんが舌打ちする。
「いうなバカ」
「にゃあ」
猫だからわからない、そう言いたげな白々しさで私の膝で丸くなる夜さん。毒づきながらも顔が笑っている篠崎さん。なんだかあまりにも和やかな光景で、私はつい笑ってしまった。
疲れていた肩が軽くなる。
こうして、仲良さそうにしている夜さんと篠崎さんの関係を見ていると、あやかし皆がこんな風に、素直に過ごせる世界を作りたいと思う。『此方』では普通として扱われない存在が、普通に過ごせるお手伝いをしたい。
私は自分の手のひらを見た。
会社では私なりに、たくさん資料を作って、たくさん仕事をして、たくさん貢献してきたつもりだ。
感謝もされなかったし、毎日怒鳴られてばかりで。
でも、それが普通だと思っていたから。普通だから、我慢しなきゃと思っていた。
けれど。こうして私の能力を認めて、私を求めてくれる人がいる。
私は――そういう場所に転職したかったんじゃないの?
普通じゃないけれど……ううん。
「篠崎さん」
「ん?」
「この仕事、普通じゃないから嫌だって思ってましたけど、この仕事も普通ですよね」
私は自分の中で確かめるように言う。
「困っている誰かに、生きていくための仕事を見つけたり。得意なことを一緒に探したり。それで誰かが幸せになるなら、そのお手伝いをできるなら、それって素敵な『普通』ですよね……」
「ごく普通の、ごくごく当たり前の仕事さ。あやかしに『普通』を与えるのが、何がおかしい」
踏切が開き、車の流れが動き始める。
ビルの合間から、ぎらりと輝く夕日が目を焼いた。
「――私やります。夜さんに向いてることを力説した私が、自分のできる事や向いてることから目をそらすのって、なんだか違うと思うので」
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