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天神編

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 私と彼はそのまま地下鉄天神駅のホームへと降りていく。そこは帰路に就く老若男女であふれていた。

 相変わらず周りの視線がちらちらと、彼と私の両方に向く。
 うう、目立ちたくない……。
 背中を丸めていた私をしばらく見ていた篠崎さんが口を開く。

「なあ、菊井サン」
「はい」
「単刀直入に言う。あんたは巫女の素質があって、更に霊力がだだもれだ」
「だだもれ……」
「その霊力を抑えねえと、あんたは延々とあやかしに絡まれ続けるぞ」
「え」
「俺のところで働かないか?」
「え、ええ?」
「転職活動中なんだろ? まあ、見てみてくれ」

 彼は私にタブレットの画面を見せる。そこには求人票が一面に表示されていた。
 私はそれを上から下まで読み込んでいくうちに、色々と変な冷や汗が出てきた。

 みたことのない給与。みたことの無い福利厚生。
 正真正銘の、ドホワイト。

「……あの……いろいろ間違えてません?」
「何が」
「私の経歴で……その、あまりにホワイトというか……というか、私の経歴は見なくていいんですか?」
「履歴書入社してからでいいわ」
「雑ですね!?」

 あまりにうまい話すぎて困る。
 唐突に頭の片隅に、夕方の猫又占い師の姿が浮かぶ。
 ――もしかして、私は騙されているのかもしれない?!

「転職活動してるっつーことは引継ぎの準備くらいやってんだろ? 来週からでも来れるか」
「え、えええ早すぎです」
「菊井さん、真面目な話だ」

 彼はずい、と顔を近づける。金の瞳孔が細くなる。

「さっきも言ったが、あんたは全身に生肉巻いてサファリパークでボックスステップ踏んでるような状態なんだ。あんたのためにも天神福岡の治安のためにも、頼むからとにかく霊力をなんとかさせてくれ」
「え……ええと」
「霊力もなんとかしてやるし、職もなんとかしてやる。願ったり叶ったりだろ?」
「でも、でも、私はもっと、普通の人生を送りたいというか……」

 普通じゃない占い師に、普通じゃない狐さん、カワウソの大将。
 しかも霊力がどうのとか、突然言われても、困る。

「辞めにくいってんなら、俺が世話になってる弁護士もいるが」
「す、すみません!!」

 私は思い切り頭を下げる。

「あの、本当にお心遣い嬉しいのですが、あの、やめときます! ……私は、ただの普通の女なので!」
「あ、おい」

 そうだ。私は普通に就職したいんだ。普通に、普通になりたいの――
 私は駆け出して地下鉄に飛び乗った。

「駆け込み乗車はおやめください」

 大変迷惑そうな車掌さんの声。
 私はぺこぺこと頭を下げる。篠崎さんはぽかんとした姿で、ホームに置いていかれていた。
 見えなくなってようやく、私はほっと溜息をつく。

「申し訳ないけど……私は普通の就職をしたいから……」
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