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最終話 今日も明日もその先も

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 なりふり構っていられなかったのか輝くような銀髪は所々絡まり、ずっと泣いていたのだろう目が赤くなっている。
 悲壮感溢れる姿に、ルーファス陛下の眉間に皺が寄った。

「どうして、どうしてそんな子を……! 私が見初めてあげたのよ。光栄に思いなさいよ!」

 歯噛みし、苦しそうにルーファス陛下を見るお姫様の顔には、明らかな恋慕の情が見られる。
 こっそり見ただけだとお姫様は言っていた。それなのに、ここまでの情を抱けるものなのだろうか。
 父親を失ったことよりも、ルーファス陛下が自身を見てくれていないことを嘆いているとしか思えないお姫様に、私は胡乱な目をルーファス陛下に向けた。

「彼女に何をしたんですか」
「何もしていない。話はしたが、どうしてアドフィルに来たのか……目的と方法を聞いていただけだ」
「それだけであそこまで想えるものなんですか?」
「俺が知るか」

 面倒だと言わんばかりにため息をつき、ルーファス陛下が剣の柄に手を置く。
 自分の父親を殺した剣に、お姫様がぴくりと震え、悲しそうに眉尻を下げた。

「今ならまだ許してあげると言っているのに。私がここまで言ってあげているのよ。たかが唯人相手に。それなのにどうしてわからないの」
「唯人だろうと選ぶ権利はある。お前らは忘れがちだがな」

 ちらりとルーファス陛下の視線が横に逸れ、その先にいたヴィルヘルムさんが苦笑を浮かべた。
 ヴィルヘルムさんも何かしらルーファス陛下に押しつけたことがあるのだろうか。
 それが思いなのか物なのかはわからないけど、苦労人だと思っていたヴィルヘルムさんにも押しの強い部分があるのかもしれない。
 胃薬の調合は必要ないかもと、頭の中にある今後作成する薬リストから胃薬の項目を消す。

「それなら私を選べばいいでしょう。それとも、その子がいるから私の手を取れないの? 一度妃として迎えたことに責任を感じているのなら、気にすることないわ。どうせ元々いるのかいないのかよくわからない子だったもの。また小屋にでも住まわせておけばいいわ。アドフィルに置いておきたいなら、適当な家でも与えておけばいいじゃない。それだけで満足するわよ」

 城や王妃という場所や立場に対して思うところはない。別になくても困らないだろう。 
 最低限、雨風を凌げれば文句はないので、あながち間違っていない。欲を言えば、調合器具や薬や材料を収納する場所があると嬉しい。

「……聞くに堪えんな」

 小さな呟きと、鞘から抜き放たれる剣。日の光を受けた剣の腹が輝き、雲一つない空に雷鳴が轟いた。

 あまりにも場違いな音に疑問を抱くより先に、眩い光に視界が覆われる。温かい何かに包まれ、轟音が耳をつんざく。
 目も耳もちかちかくらくらとして、何が起きたのか理解できない。

「――」

 近くで声が聞こえるような気がするけど、よく聞こえない。光に射抜かれた目が徐々に回復し、うすぼんやりとだけど色や形が戻ってくる。
 青々と茂る草はそのままに、お姫様だけが地面にうずくまっている。

「だ――じょ――か」

 近くから聞こえる声に顔を上げると、ルーファス陛下が私を見下ろしていた。温かい何かはルーファス陛下の腕だったようだ。

「ライラ」

 遅れて、聴力も取り戻せたようだ。はっきりと聞こえた名前に、ルーファス陛下に頷いて返す。大丈夫かとか、そんなことを言っていたような気がしたから。

「な、何が……なんで……」

 お姫様が手をついて立ち上がろうとして、べちゃりと地面に体を落とす。長い銀髪も綺麗なドレスも土で汚れているけど、構っていられないのだろう。
 何度も何度も立ち上がろうとして、失敗している。

「ど、うして……! 何があったの。なんで……!」

 混乱しているお姫様を見て、ルーファス陛下が小さく、私にだけ聞こえるような声で呟いた。

「これが神の怒りか」

 お姫様は知らない。王様を殺した剣がどういうものかを。
 だから、何が起きたのか、どうしてこうなっているのかわからず、何度も何度も失敗を繰り返す。

 はるか昔、妖精は神の怒りを買い、自由に飛ぶ羽を失った。
 そして今、お姫様の足は機能していない。ただの重りのようにくっついたまま、ぴくりとも動いていない。
 立ち上がれず崩れ落ちる姿はまるで、神様が頭が高いと言っているようだ。

「……ヴィルヘルムさんは」

 お姫様越しだったけど、ヴィルヘルムさんも剣を使っていた。大丈夫なのかと彼が立っていた場所を見ると、枯草色の髪の下で神妙な目でお姫様を見ていた。二本の足で立ったまま。

「どうやら、私は神の怒りを免れたようです」
「……ならば、それの処理はお前に一任する。エイシュケルをどうするかを含め、考えておけ」
「かしこまりました」

 恭しく礼をして、ヴィルヘルムさんは転がるお姫様の手を取ると、そのまま引きずって城のほうに戻ってしまった。
 残された私は、いまだルーファス陛下に抱きしめられているのが納得できず、ゆっくりと腕を外す。

「ルーファス陛下。……馴染みがないのもわかりますが、咄嗟の時には私を盾にする癖をつけたほうがいいと思います」
「……お前が傷つくのを黙って見ていろとでも言うつもりか」
「いやだから、そもそも傷つかないんですよ。生半可なことじゃ血すら流れません。それぐらい、この体は丈夫なんです」
「だが――」

 渋るルーファス陛下の胸に手を置く。伝わる鼓動を今は感じられているが、些細な事で途切れる。
 彼らの体はもろいし弱い。剣で刺されれば死ぬし、飛び降りても死ぬし、吊っても死ぬ。

「……生きてくれと言ったのはルーファス陛下じゃないですか。それなのに先に死なれたら困ります」
「ああ……そうだな」
「はい。せめて、私が悪魔を殺せるまで待っていてください」

 真剣に言うと、ルーファス陛下は一瞬だけど呆気に取られた顔になった。

「いや待て、どうしてそうなった」
「え、だって……ルーファス陛下、あのひとと何かお約束をしたんじゃないですか?」

 ヴィルヘルムさんはルーファス陛下に幸せな死は訪れない、生きている間は幸せでいてほしいと言っていた。それは、死んだ後が幸福ではないと知っていたからではないか。
 あのひとは代償に魂を求め、妖精の魂はいらないと言っていた。

 魂は神の御許に還るとは言っていたけど、それが死んですぐだとは言っていない。いずれ、としか言っていなかった。
 もしもあのひとが死んだ後の魂を得られるのなら、神様のところに行くのを遅らせることができるのなら。

 悪魔の手を借りて皇帝となった父親を殺し、英知の結晶である剣をルーファス陛下が手に入れられたのがあのひとのおかげだとしたら。

 その答えは、ぐっと押し黙るルーファス陛下の姿が物語っている。

「私にとっても、楽しい一日でした。死んだ後も幸せでいてほしいと思うぐらいには。だから、思ったんです。ルーファス陛下のために、あのひとを殺せる毒を作ろうって」

 純粋な妖精ですらない私に悪魔を殺せる毒を作れるのかはわからない。だけど何事も挑戦だ。

「だからどうしてお前たちはそう……語弊を招く言い方を……いや、これは語弊ではない、のか。俺が期待しすぎていただけなのか」

 うなだれながら呟くルーファス陛下。その姿はどことなく自己嫌悪に陥っているように見え、肩に手を置く。

「ルーファス陛下が死ぬまで頑張るつもりなので、ルーファス陛下も頑張って長生きしてくださいね」
「……ああ、そうだな。生きるのであれば……一歩前進しただけマシだと思うべきか」

 苦笑し下げていた頭を上げると、ルーファス陛下は当然のように私の手をひき、歩きはじめた。
 一度だけ振り向いて、お母さまのお墓に別れを告げる。次来るのは、お母さまを移動する時だと心に誓って。

 お母さまの愛する人のお墓を見つけて、お母さまが大切にしていた人を見つけて、あのひとを殺せる毒を作って、そしてそれも終わったら――。

 今日も明日もその先も、きっと私は生きているのだろう。
 私を大切だと言ってくれたこの人と一緒に。
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