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五十三話 感動の対面?

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「ちょっとその剣、貸してくれませんか?」
「……何に使うつもりだ」

 一歩距離を取るルーファス陛下に詰め寄る。ちょっとでいい、少しでいい。ほんのわずかの間でいい。それだけですべて終わる。
 誰かが罪を被ることなく、誰かが傷つくことなく、終わることができる。

「本当にちょっと、ほんのちょっとでいいんです。大丈夫です。瞬きをする間もなく終わらせてみせますから」
「それを俺が許すはずがないだろう。二度と殺せと言うなと言ったのを覚えていないのか」
「覚えていますけど、殺せとは言っていませんよ。私がちょっと使うだけなので、自分の手でやるだけなので、ルーファス陛下の手を煩わせたりはしませんから安心してください」
「だから……そういうことを言うなという意味だ!」

 ぴりぴりと耳をつんざく怒声に、瞬きを繰り返す。
 殺せ殺せと言われるのが面倒だから嫌になったのだとばかり思っていた。ならつまり、どういうことだ。
 首を傾げる私に、ルーファス陛下はうんざりだと言わんばかりに片手で自らの顔を覆った。

「どうしてそう、お前は死にたがる……。母のためであることは理解しているが、誰がそれをお前に望んだ。母がお前に死ねと、そう言ったのか」
「いえ、そういうわけではないですけど……いなければ、と言われたことはありますよ。でも生まれてきたことは変えられないので、なら死ぬしかないかな……と」

 あなたさえいなければ。
 あの人と幸せになれたのに。
 繰り返されたお母さまの声は、今も覚えている。お母さまの流した涙も、お母さまの漏らした呻き声も、お母さまの苦しむ顔も、すべてすべて、私の中にある。
 そのすべてが、私に死ねと言ってくる。死ねば喜ぶのだと教えてくれている。

「だから、死ねば笑ってくれるって、そう思っただけです」
「はっきりとそう言われたわけではないのだろう。ならばお前が死んで誰が笑う。誰が喜ぶ。悲しむかもしれないと、どうして思わない!」

 怒鳴りながら顔をしかめるルーファス陛下に、頭が追いつかない。どうしてこの人が苦しそうな顔をしているのかもわからない。
 だってお母さまは私のことを恨んでいた。悲しむなんて、思うはずがない。喜んでくれるはずだってずっと思っていた。
 ああ、だけどあのひとは、私がお母さまのもとに行っても喜ばないと、そう言っていたっけ。

 混乱する中で、ルーファス陛下のものでも、私のものでもない笑い声が響いた。

「……少なくとも、私は喜ぶだろうな。忌々しい娘が目の前から消えるのだから、嬉しくないはずがない。母のためではなく、父のために死んでみたらどうだ」

 王様にとって私は汚点であり、王妃様の間に滴った毒。それがいなくなれば、たしかに清々するだろう。
 玉座に頬をつき、余興を見るような眼差しをこちらに向ける王様に、私よりも早くルーファス陛下が鞘から剣を抜いた。

「ならば貴様が死んでみるか」
「いやいやいや! 駄目ですよ!」

 どうしてそう簡単に剣を抜くのか。私が望んだときはまったく抜く気配すら見せなかったのに。
 必死に止める私に、ルーファス陛下が胡乱な目を向ける。

「何故止める。あのような王、いなくなるほうが国のためだろう」
「それは……え、ええと」

 あのひとは、神を殺せる剣を扱えるのは唯人だけだと言っていた。それ以外が剣を使えば、神の怒りを買うと言っていた。
 だけど本当に、そうだろうか。唯人は始祖を持つ人を崇めている。崇める存在を殺すことを、神様は許すだろうか。崇められる存在である神様が。
 怒るほどではなくても、気に障るぐらいはするんじゃないだろうか。

 宝石を守った青年は欲深い王様を倒したあと、どうなった。めでたしめでたしで終わってはいない。
 青年は王になり、他国を攻め、息子に殺された。
 宝石を守るために得た剣で、必要もないのに他の王を殺した。それは、狂ったと言えるのではないか。

 良心の呵責によるものなのか、主君を殺したからなのかはわからない。だけどもしも、始祖を持つ者を殺した先に待つのが狂気ならば――ルーファス陛下に王様を殺させるわけにはいかない。

「だ、だって! 私が殺したいからです!」

 呆けた顔をするルーファス陛下に、思わずごまかすように笑って返す。
 口を衝いて出てきただけだったけど、ある意味これは妙案なのではないだろうか。
 殺したいと、埋められる前に思ったのは間違いない。ただそうすることができなかっただけで。
 だけど目の前に殺す手段があり、殺した先で神の怒りがあるのなら、私も死ねるし万々歳だ。

「だから、ルーファス陛下自ら殺すことはありません。私がやりますから」
「……駄目だ。お前に使うのだろうと、あの王に使うのだろうと、この剣を渡すつもりはない」
「頑固な人ですね!」
「頑固なのはお前のほうだろう。いい加減、諦めろ」

 剣に手を伸ばすが、するりと避けられる。そんなことを何回か繰り返していると、王様が呆れたように玉座を指で叩いた。

「用が終わったのなら、アルテシラを返してもらおうか」
「それならば――もうすぐ到着するはずだ」

 ルーファス陛下の声に呼応するかのように、厳かな扉が開かれる。
 ヴィルヘルムさんが扉を抜け、そのあとでお姫様が姿を見せた。首に鎖が巻かれた姿で。

「アルテシラ……!?」

 王様の余裕綽々といった顔が崩れ、絶対に動くものかと言わんばかりに座っていた体が立ち上がる。
 怒りに満ちた眼差しが、私とルーファス陛下。それから鎖を持つヴィルヘルムさんに向けられた。

「お待たせいたしました。遅くなり申し訳ございません」

 だけど王様の怒りなんて気にしていないのか、ヴィルヘルムさんはのんびりとした様子でルーファス陛下に話しかけている。
 そんな態度が気に食わなかったのだろう。王様は顔をしかめ、ヴィルヘルムさんを睨みつけた。

「貴様ら、アルテシラに不当な扱いをしてただで済むと思っているのか」
「我々の王妃様に不当な扱いをしたのはそちらではありませんか。敵対するつもりであれば、捕虜がどのような扱いをされても文句は言えないかと。無傷で返してほしいのでしたら、それ相応の態度を見せるべきだったのではないでしょうか」
「アルテシラを連れ出しておきながら、減らず口を」
「勝手に来られて困っていたのはこちらですよ。不法入国、王妃の拉致、罪人との共謀。彼女だけでもこれほどの罪があるのですから……敵対する国に帰して法の裁きを待つ必要はないと判断するところを、こうして連れてきて差し上げただけ感謝していただきたいところです」

 はいどうぞ、と言いながらヴィルヘルムさんがお姫様を投げ捨てる。文字通り、抱えてぽいっと。
 床に転がるお姫様に王様が駆け寄り、優しく彼女の体を抱き起こした。労わるその姿に、本当にこの人にとって私はもちろん、お母さまも価値がなかったのだと思い知らされる。

「お、お父様、私、私……違うの、こんなつもりではなかったの」
「いい。みなまで言うな。こうして私のもとに帰ってきたのだから、それでいい」

 涙を流すお姫様と優しい眼差しを向ける王様。感動的な場面に、どんな顔をしていいのかわからない。涙すればいいのか、笑えばいいのか。
 だけどそんなのんきな考えは、王様の「だが」という低い声に遮られた。

「貴様らを許すつもりはない」

 そう言って、懐から小瓶を取り出した。青い液体の入った、小さな瓶。それが王様の手を離れ床に落ち、砕ける。
 つんとした匂いが鼻につく。喉がからからに乾いたような渇きを覚える。
 色、匂い、渇き。王様が取り出したそれは、私の作った毒だ。
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