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十七話 皇帝

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 ルーファスの母は、自分の息子を王にしたいとは考えていなかった。そもそも、王の妻になろうとすら考えていなかった。
 だが国をより良いものにしようとは考えていた。

「エイシュケルはとても綺麗な国なのよ。それなのに戦争の舞台にするつもりだなんて……」

 彼女は元は踊り子で、各地を回っていた。だがアドフィルで開かれた宴でルーファスの父に見初められ、妻となった。
 それは父が皇帝となる前――アドフィル王を殺すよりも前のことだった。

「攻めるだけじゃなくて、綺麗なものを取り込めるようになったらいいのにね」

 幼いルーファスに語る彼女は、そう言いながらもどこか諦めているように見えた。

 当時のルーファスは数いる王子の一人にすぎなかった。
 母は中々子宝に恵まれず、ルーファスができたのも父が皇帝となってから――数いる妃の一人となってからだった。

 周囲の国を攻め入る皇帝にとっては子供の一人でしかなく、皇帝のそばで働く者たちにとってもその程度でしかなかった。
 だが代わりに、いくばくかの自由が与えられた。その自由の中で、母は何度かルーファスを他国に送った。
 母の言う綺麗な国――エイシュケルにも足を踏み入れたこともある。だが滞在期間はどれも短く、すぐにアドフィルにと帰らされた。

 そうしているうちにエイシュケルとの戦が本格化し、時を経るうちに激化していった。
 どうにか一部の領地を奪うことには成功したが、受けた被害は甚大だった。

「忌々しい」

 そう吐き捨てた皇帝は、ルーファスにとある任務を任せることにした。
 命じられたのは、エイシュケルの城にに忍び込んでの暗殺。一度行ったことがあるのだから、多少は勝手がわかるだろうという理由で。

 やるべきことは単純だが、難しい。
 エイシュケルとの戦争によって受けた被害の大半は毒によるもので、ルーファスが命じられたのはその毒の製作者を殺すことだったからだ。
 戦争の功労者ともなれば手厚く警護されていることだろう。

 失敗するとしか思えない命令に、ルーファスはすぐに応じることができなかった。

 だがそんな彼に皇帝は、逃亡すれば母の命はなく、失敗しても母の命はないと冷たく言い放った。
 母は皇帝の最初の妻で、短くない時間をを共に過ごしてきた相手だ。だがそれでも、皇帝にとっては妃の一人に過ぎなかったのだろう。

 だが成功すれば、ルーファスの命はない。
 母と自身、二つの命を秤にかけ――ルーファスは再度、エイシュケルの土を踏んだ。


 だが結局、ルーファスは命じられたことをなせないままアドフィルに帰り――待っていたのは、踊るための足を切り落とされ、歌うための喉を焼かれ、吊るされた母の姿だった。

「かわいそうな王子様」

 見上げるしかできなかったルーファスに囁いたのは、父の側仕えである女性。

「憎いでしょう。苦しいでしょう。辛いでしょう。ああ、だけど、安心して。その思いを抱き続けることはないもの。だってあなたもすぐに、死んでしまうでしょうから。かわいそうなかわいそうな王子様。だけどあなたが望むのなら、あなたの恨みを晴らすために手を貸してあげるわ」

 それはまさしく、悪魔の囁きだった。
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