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1.完璧な淑女である妹
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アニエス・ミュラトールは誰もが知る社交の花だ。
セルヴィン国の伯爵令嬢であり、王立魔術学院を首席で卒業した才女。
波打つ髪は輝くような金色で、見る者を魅了する翡翠の瞳。美貌に見合う優雅な所作に、人並み以上の魔力を持ち合わせている、完全無欠な淑女。
それが、クラリス・ミュラトール――私とはまったく似ていない双子の妹である。
今、その完璧な妹は私の婚約者の横で、悲しげに睫毛を震わせていた。
「君には大変申し訳なく思っている」
心苦しそうに顔を歪める私の婚約者。
彼がそっと包みこむように妹の肩を抱いても、私の心は揺れ動かない。
アニエスはこの国に知らない人はいないぐらいの有名人だ。完璧な美貌、完璧な所作、完璧な才能。
しかもそれだけでなく、才能を鼻にかけない慎ましい性格の持ち主とも知られている。
完璧で性格もよいとなれば、魅了されない者はいない。
私の婚約者も例外ではなかった。
「お姉様、本当にごめんなさい……クロード様は悪くないの。私が……」
ちらりと翡翠色の瞳が、私の婚約者であるクロードをうかがい見る。それに対し、クロードが慎ましい笑みを浮かべた。
互いを思いやる二人を前に、私は何を見せられているのかわからなくなる。
「もちろん、君の将来は約束する。たとえ何があろうと、ミュラトール家は君を支援すると約束しよう」
セルヴィン国は男子相続が原則だ。直系親族に男子がいない場合は、一番近い血縁から後継者が選ばれる。
現ミュラトール家には二人しか娘がおらず、自分の死後余計な諍いが起きないようにと、私のお父様は兄の息子、つまり私の従兄を後継者として世話することに決めた。
生前から後継者として育てておけば、急死しても混乱することはないと判断したのだろう。
そしてついで、とでも言うべきか。それともこちらが本命と考えるべきか。
クロードが跡を継いでから愛する妻や娘が追い出されないように、私をクロードの婚約者に選んだ。
妻の母親を無下にはしないだろうし、妻の妹をぞんざいに扱うこともないと、そう考えたわけだ。
アニエスではなく私だったのは、ただの気まぐれか、アニエスのほうが嫁の貰い手があると考えたかのどちらかだ。
どうしても私ではないといけない理由はない。だからきっと、お父様は婚約者の入れ替えに反対しないだろう。
妻の妹が妻の姉に変わるだけだから。
「……きっと、お姉様にはもっとふさわしい人がいると思うから、だから……」
ぎゅっと目を固く瞑り、体を震わせるアニエス。その様子を、クロードが痛ましげに見ている。
「私のことはなじっても叩いても構わない。どうか、お姉様の気がすむように……」
平手だろうと張り手だろうと暴言だろうと、何が飛んできても構わない。そんな悲壮感漂わせるアニエスに、今さら何も思わない。
ただ、またか、と思うだけだ。
セルヴィン国の伯爵令嬢であり、王立魔術学院を首席で卒業した才女。
波打つ髪は輝くような金色で、見る者を魅了する翡翠の瞳。美貌に見合う優雅な所作に、人並み以上の魔力を持ち合わせている、完全無欠な淑女。
それが、クラリス・ミュラトール――私とはまったく似ていない双子の妹である。
今、その完璧な妹は私の婚約者の横で、悲しげに睫毛を震わせていた。
「君には大変申し訳なく思っている」
心苦しそうに顔を歪める私の婚約者。
彼がそっと包みこむように妹の肩を抱いても、私の心は揺れ動かない。
アニエスはこの国に知らない人はいないぐらいの有名人だ。完璧な美貌、完璧な所作、完璧な才能。
しかもそれだけでなく、才能を鼻にかけない慎ましい性格の持ち主とも知られている。
完璧で性格もよいとなれば、魅了されない者はいない。
私の婚約者も例外ではなかった。
「お姉様、本当にごめんなさい……クロード様は悪くないの。私が……」
ちらりと翡翠色の瞳が、私の婚約者であるクロードをうかがい見る。それに対し、クロードが慎ましい笑みを浮かべた。
互いを思いやる二人を前に、私は何を見せられているのかわからなくなる。
「もちろん、君の将来は約束する。たとえ何があろうと、ミュラトール家は君を支援すると約束しよう」
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現ミュラトール家には二人しか娘がおらず、自分の死後余計な諍いが起きないようにと、私のお父様は兄の息子、つまり私の従兄を後継者として世話することに決めた。
生前から後継者として育てておけば、急死しても混乱することはないと判断したのだろう。
そしてついで、とでも言うべきか。それともこちらが本命と考えるべきか。
クロードが跡を継いでから愛する妻や娘が追い出されないように、私をクロードの婚約者に選んだ。
妻の母親を無下にはしないだろうし、妻の妹をぞんざいに扱うこともないと、そう考えたわけだ。
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どうしても私ではないといけない理由はない。だからきっと、お父様は婚約者の入れ替えに反対しないだろう。
妻の妹が妻の姉に変わるだけだから。
「……きっと、お姉様にはもっとふさわしい人がいると思うから、だから……」
ぎゅっと目を固く瞑り、体を震わせるアニエス。その様子を、クロードが痛ましげに見ている。
「私のことはなじっても叩いても構わない。どうか、お姉様の気がすむように……」
平手だろうと張り手だろうと暴言だろうと、何が飛んできても構わない。そんな悲壮感漂わせるアニエスに、今さら何も思わない。
ただ、またか、と思うだけだ。
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