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35話
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苦虫をかみつぶしたようなとても嫌そうな顔をしていたルーファウス殿下だったが、私の必死な内心が伝わったのだろう。ものすごく渋々といった様子で、私と王妃様の庭園巡りに付き合ってくれることになった。
「見かけない花、というのはこれか?」
ルーファウス殿下の足がぴたりと止まり、白い花弁を六枚つけた花を指し示す。低木に咲く花は小さく、ほかの大きな花を咲かせたなかでは地味に映る。
王妃様の母国の一部地域で栽培されているもので、花弁を乾燥させ湯に浸すと味わい深いお茶になるらしい。
名前はイレイス。この花で作られたお茶を愛用した貴婦人の名前を取ったとか、この花をはじめて栽培しはじめた女性の名前だとか言われている。ほかにも、愛する女性の名前をつけたのだというロマンチックなものまである。
由来が不明なぐらい昔からあるが、栽培が難しく、あまり普及していない。それを気候も土質も違うここで栽培しているのだから、庭師の腕前がうかがえる。
「ええ、お恥ずかしながら初めて見るので……ぜひともご紹介いただけたらと思ったのです」
「これはイレイスというのよ。このあたりではあまり見ないものだもの。知らないのもしかたないわ」
「まあ、こちらがそうなのですね。お名前だけはうかがったことがあります。こうして見られるだなんて……」
感心し、感極まったとばかりに花に目をやる。
「一度味わってみたいと思っていたのですが、栽培が難しいと聞いて断念したのです。それがこれほど見事な花を咲かせているだなんて……王妃殿下の育て方がよろしいのでしょうか。もしよろしければ、栽培方法を教えてはいただけませんか?」
実際に手入れしているのは庭師だが、管理は王妃殿下が行っていることになっている。なにしろここは、王妃殿下の庭園だ。
だから褒めるべきは庭師ではなく、王妃殿下なのである。
「とても手間がかかるから難しいかもしれないけれど、そのうち方法を記して送るわ」
慎ましくお願いする私に気を良くしてくれたのか、王妃様の口元が少しだけほころんだ。
わざわざ栽培しているということは、きっとこの花で作られたお茶は王妃様のお気に入りなのだろう。
我が国では葉を用いた茶が主流なのだが、王妃様の母国は豆を挽いたものもあれば、この花のように花弁を使うお茶もある。
ならば、私が使用人に預けたお茶も気に入ってくれるはずだ。黄色い花弁をいくつも持つ花で作られたお茶は、気分を落ち着けてくれる効果があるらしい。
他国から取り寄せたお茶だが、入手自体は困難ではない。気に入ってくれれば愛用して――そのまま気分を落ち着かせ続けていてほしい。
「ありがとうございます。王妃殿下のように上手に咲かせられるかはわかりませんが、ご好意に応えられるように頑張ります」
慎ましく、それでいて華やぐような――自分で意識していて意味がわからないと思ってしまう笑顔を頑張って作り上げる。
そのあとも庭園を案内してもらい、さいごにもう一度お茶を楽しんでようやく、解放された。
「見かけない花、というのはこれか?」
ルーファウス殿下の足がぴたりと止まり、白い花弁を六枚つけた花を指し示す。低木に咲く花は小さく、ほかの大きな花を咲かせたなかでは地味に映る。
王妃様の母国の一部地域で栽培されているもので、花弁を乾燥させ湯に浸すと味わい深いお茶になるらしい。
名前はイレイス。この花で作られたお茶を愛用した貴婦人の名前を取ったとか、この花をはじめて栽培しはじめた女性の名前だとか言われている。ほかにも、愛する女性の名前をつけたのだというロマンチックなものまである。
由来が不明なぐらい昔からあるが、栽培が難しく、あまり普及していない。それを気候も土質も違うここで栽培しているのだから、庭師の腕前がうかがえる。
「ええ、お恥ずかしながら初めて見るので……ぜひともご紹介いただけたらと思ったのです」
「これはイレイスというのよ。このあたりではあまり見ないものだもの。知らないのもしかたないわ」
「まあ、こちらがそうなのですね。お名前だけはうかがったことがあります。こうして見られるだなんて……」
感心し、感極まったとばかりに花に目をやる。
「一度味わってみたいと思っていたのですが、栽培が難しいと聞いて断念したのです。それがこれほど見事な花を咲かせているだなんて……王妃殿下の育て方がよろしいのでしょうか。もしよろしければ、栽培方法を教えてはいただけませんか?」
実際に手入れしているのは庭師だが、管理は王妃殿下が行っていることになっている。なにしろここは、王妃殿下の庭園だ。
だから褒めるべきは庭師ではなく、王妃殿下なのである。
「とても手間がかかるから難しいかもしれないけれど、そのうち方法を記して送るわ」
慎ましくお願いする私に気を良くしてくれたのか、王妃様の口元が少しだけほころんだ。
わざわざ栽培しているということは、きっとこの花で作られたお茶は王妃様のお気に入りなのだろう。
我が国では葉を用いた茶が主流なのだが、王妃様の母国は豆を挽いたものもあれば、この花のように花弁を使うお茶もある。
ならば、私が使用人に預けたお茶も気に入ってくれるはずだ。黄色い花弁をいくつも持つ花で作られたお茶は、気分を落ち着けてくれる効果があるらしい。
他国から取り寄せたお茶だが、入手自体は困難ではない。気に入ってくれれば愛用して――そのまま気分を落ち着かせ続けていてほしい。
「ありがとうございます。王妃殿下のように上手に咲かせられるかはわかりませんが、ご好意に応えられるように頑張ります」
慎ましく、それでいて華やぐような――自分で意識していて意味がわからないと思ってしまう笑顔を頑張って作り上げる。
そのあとも庭園を案内してもらい、さいごにもう一度お茶を楽しんでようやく、解放された。
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