上 下
29 / 37

29話

しおりを挟む
 ルーファウス殿下の呼び出しは、前と同じく机のなかに入れられている手紙によってだった。
 前と違うのは、場所の指定がされていたこと。前にルーファウス殿下と話した場所に来いと書かれたそれに従い到着すると、なぜかお悩み相談がはじまった。

「困ったこと、とはなんでしょう」

 眉間に皺を寄せた不機嫌顔。普通の人がそんな顔をしていたら、何かあったのだろうと思うことができるが、ルーファウス殿下は私に対してはいつもこうなので、普段と違うところが見当たらない。
 だからどんな困ったことが起きたのか、その困り具合はどれぐらいなのか。まったくといっていいほど測ることができない。

「……母上が、お前に会ってみたいと」
「お、王妃殿下が、ですか?」

 それはたしかに、盛大なほどに、困ったことだ。思わず顔がひきつりそうになる。
 いずれは侯爵夫人になり、王妃殿下と顔を合わせることもあるだろうとは思っていた。だけど今の私はただの子爵令嬢で、遠目からでしか王妃殿下を見たことがない。
 それなのにどうしてそんな私に会いたいと思ったのか――原因はひとつしかない。

「サイラスが選んだ女性がどんなものか、見たいそうだ」

 気軽く見世物扱いしないでいただきたい。そう声を大にして言いたかったけど、言えるはずもなく。
 ひえええと身震いすることしかできなかった。

「……母上はだいぶ、目が肥えている。お前がそのままの姿で会えば、まず間違いなく小言の十や二十は言われるだろう」
「そこまで見苦しくはないと思うのですが……」
「お前は自分を絶世の美姫だとでも思っているのか」

 そうは言っていない。

「そうではありません。見苦しくないていどの見た目はしているとは思っているので、十も二十も難癖付けられるほどでは……いえまさか、絶世の美姫でなければそれだけの小言を言われるということですか?」
「……どうにも、母上とサイラスは折り合いが悪くてな。サイラスが選んだ相手となれば、喜々としてあら捜しをするだろう」

 意外や意外。ルーファウス殿下は王妃様とサイラス様の仲の悪さを承知していやようだ。いや、仲が悪いとは少し違うのかもしれないけれど。
 王妃様が危惧していることにまで考えが至っているのかはわからないが、それでもあまりよろしくない仲だとは理解しているようで、ルーファウス殿下の顔が難しいものになっている。

「侘びしい恰好をしていれば嫌みを言われるだろう。だからといって最高級品で固めれば金遣いが荒いだのなんだの言ってくるかもしれん。となればさほど高級なものではなく、それでいて洗練されており、清楚な印象を与えつつも随所に女性らしさを感じさせる装いでなければ小言の数は減らせないだろう」
「それはまた、なんとも……」

 もはや言葉が思いつかない。さすがはルーファウス殿下の親とでも言うべきか、無理難題がすごい。

「だがお前にそれをすぐに用意しろというのが難しいことはわかっている。服や飾り、靴に手袋まで……お前が身に着けるもの一式を俺が用意してやるから、お前が普段使っている仕立屋を教えろ。そしてお前は当日まで、肌に傷ひとつ作るな。もしも顔に傷でも作ってみろ。治るまで顔を包帯で覆ってやる」
「は、はい。わかりました」

 その勢いと剣幕に思わず頷いてしまう。そして仕立屋を教えて、傷を作らないという誓約書に署名して――いやさすがにやりすぎではないか。

「あの、こちらの誓約書は必要ですか?」
「……とりあえず勢いに任せて作ってみたから出しただけだ」

 やはりいらなかったようだ。署名しかけていた誓約書をルーファウス殿下に突っ返して、話はこれで終わりですか、と問いかける。
 王妃様との謁見となると、サイラス様とよく話し合い、対策を練らなければならない。時間が惜しい。

「あとひとつ言っておく。母上は個人的にお前に会いたいと言っていた。だから……このことは俺と母上しか知らないことだ。サイラスだろうと誰だろうと、他言しないように」

 すぐにでもサイラス様のもとに向かおうとした私に、ルーファウス殿下がきっちりと釘を刺してきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

処理中です...