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29話
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ルーファウス殿下の呼び出しは、前と同じく机のなかに入れられている手紙によってだった。
前と違うのは、場所の指定がされていたこと。前にルーファウス殿下と話した場所に来いと書かれたそれに従い到着すると、なぜかお悩み相談がはじまった。
「困ったこと、とはなんでしょう」
眉間に皺を寄せた不機嫌顔。普通の人がそんな顔をしていたら、何かあったのだろうと思うことができるが、ルーファウス殿下は私に対してはいつもこうなので、普段と違うところが見当たらない。
だからどんな困ったことが起きたのか、その困り具合はどれぐらいなのか。まったくといっていいほど測ることができない。
「……母上が、お前に会ってみたいと」
「お、王妃殿下が、ですか?」
それはたしかに、盛大なほどに、困ったことだ。思わず顔がひきつりそうになる。
いずれは侯爵夫人になり、王妃殿下と顔を合わせることもあるだろうとは思っていた。だけど今の私はただの子爵令嬢で、遠目からでしか王妃殿下を見たことがない。
それなのにどうしてそんな私に会いたいと思ったのか――原因はひとつしかない。
「サイラスが選んだ女性がどんなものか、見たいそうだ」
気軽く見世物扱いしないでいただきたい。そう声を大にして言いたかったけど、言えるはずもなく。
ひえええと身震いすることしかできなかった。
「……母上はだいぶ、目が肥えている。お前がそのままの姿で会えば、まず間違いなく小言の十や二十は言われるだろう」
「そこまで見苦しくはないと思うのですが……」
「お前は自分を絶世の美姫だとでも思っているのか」
そうは言っていない。
「そうではありません。見苦しくないていどの見た目はしているとは思っているので、十も二十も難癖付けられるほどでは……いえまさか、絶世の美姫でなければそれだけの小言を言われるということですか?」
「……どうにも、母上とサイラスは折り合いが悪くてな。サイラスが選んだ相手となれば、喜々としてあら捜しをするだろう」
意外や意外。ルーファウス殿下は王妃様とサイラス様の仲の悪さを承知していやようだ。いや、仲が悪いとは少し違うのかもしれないけれど。
王妃様が危惧していることにまで考えが至っているのかはわからないが、それでもあまりよろしくない仲だとは理解しているようで、ルーファウス殿下の顔が難しいものになっている。
「侘びしい恰好をしていれば嫌みを言われるだろう。だからといって最高級品で固めれば金遣いが荒いだのなんだの言ってくるかもしれん。となればさほど高級なものではなく、それでいて洗練されており、清楚な印象を与えつつも随所に女性らしさを感じさせる装いでなければ小言の数は減らせないだろう」
「それはまた、なんとも……」
もはや言葉が思いつかない。さすがはルーファウス殿下の親とでも言うべきか、無理難題がすごい。
「だがお前にそれをすぐに用意しろというのが難しいことはわかっている。服や飾り、靴に手袋まで……お前が身に着けるもの一式を俺が用意してやるから、お前が普段使っている仕立屋を教えろ。そしてお前は当日まで、肌に傷ひとつ作るな。もしも顔に傷でも作ってみろ。治るまで顔を包帯で覆ってやる」
「は、はい。わかりました」
その勢いと剣幕に思わず頷いてしまう。そして仕立屋を教えて、傷を作らないという誓約書に署名して――いやさすがにやりすぎではないか。
「あの、こちらの誓約書は必要ですか?」
「……とりあえず勢いに任せて作ってみたから出しただけだ」
やはりいらなかったようだ。署名しかけていた誓約書をルーファウス殿下に突っ返して、話はこれで終わりですか、と問いかける。
王妃様との謁見となると、サイラス様とよく話し合い、対策を練らなければならない。時間が惜しい。
「あとひとつ言っておく。母上は個人的にお前に会いたいと言っていた。だから……このことは俺と母上しか知らないことだ。サイラスだろうと誰だろうと、他言しないように」
すぐにでもサイラス様のもとに向かおうとした私に、ルーファウス殿下がきっちりと釘を刺してきた。
前と違うのは、場所の指定がされていたこと。前にルーファウス殿下と話した場所に来いと書かれたそれに従い到着すると、なぜかお悩み相談がはじまった。
「困ったこと、とはなんでしょう」
眉間に皺を寄せた不機嫌顔。普通の人がそんな顔をしていたら、何かあったのだろうと思うことができるが、ルーファウス殿下は私に対してはいつもこうなので、普段と違うところが見当たらない。
だからどんな困ったことが起きたのか、その困り具合はどれぐらいなのか。まったくといっていいほど測ることができない。
「……母上が、お前に会ってみたいと」
「お、王妃殿下が、ですか?」
それはたしかに、盛大なほどに、困ったことだ。思わず顔がひきつりそうになる。
いずれは侯爵夫人になり、王妃殿下と顔を合わせることもあるだろうとは思っていた。だけど今の私はただの子爵令嬢で、遠目からでしか王妃殿下を見たことがない。
それなのにどうしてそんな私に会いたいと思ったのか――原因はひとつしかない。
「サイラスが選んだ女性がどんなものか、見たいそうだ」
気軽く見世物扱いしないでいただきたい。そう声を大にして言いたかったけど、言えるはずもなく。
ひえええと身震いすることしかできなかった。
「……母上はだいぶ、目が肥えている。お前がそのままの姿で会えば、まず間違いなく小言の十や二十は言われるだろう」
「そこまで見苦しくはないと思うのですが……」
「お前は自分を絶世の美姫だとでも思っているのか」
そうは言っていない。
「そうではありません。見苦しくないていどの見た目はしているとは思っているので、十も二十も難癖付けられるほどでは……いえまさか、絶世の美姫でなければそれだけの小言を言われるということですか?」
「……どうにも、母上とサイラスは折り合いが悪くてな。サイラスが選んだ相手となれば、喜々としてあら捜しをするだろう」
意外や意外。ルーファウス殿下は王妃様とサイラス様の仲の悪さを承知していやようだ。いや、仲が悪いとは少し違うのかもしれないけれど。
王妃様が危惧していることにまで考えが至っているのかはわからないが、それでもあまりよろしくない仲だとは理解しているようで、ルーファウス殿下の顔が難しいものになっている。
「侘びしい恰好をしていれば嫌みを言われるだろう。だからといって最高級品で固めれば金遣いが荒いだのなんだの言ってくるかもしれん。となればさほど高級なものではなく、それでいて洗練されており、清楚な印象を与えつつも随所に女性らしさを感じさせる装いでなければ小言の数は減らせないだろう」
「それはまた、なんとも……」
もはや言葉が思いつかない。さすがはルーファウス殿下の親とでも言うべきか、無理難題がすごい。
「だがお前にそれをすぐに用意しろというのが難しいことはわかっている。服や飾り、靴に手袋まで……お前が身に着けるもの一式を俺が用意してやるから、お前が普段使っている仕立屋を教えろ。そしてお前は当日まで、肌に傷ひとつ作るな。もしも顔に傷でも作ってみろ。治るまで顔を包帯で覆ってやる」
「は、はい。わかりました」
その勢いと剣幕に思わず頷いてしまう。そして仕立屋を教えて、傷を作らないという誓約書に署名して――いやさすがにやりすぎではないか。
「あの、こちらの誓約書は必要ですか?」
「……とりあえず勢いに任せて作ってみたから出しただけだ」
やはりいらなかったようだ。署名しかけていた誓約書をルーファウス殿下に突っ返して、話はこれで終わりですか、と問いかける。
王妃様との謁見となると、サイラス様とよく話し合い、対策を練らなければならない。時間が惜しい。
「あとひとつ言っておく。母上は個人的にお前に会いたいと言っていた。だから……このことは俺と母上しか知らないことだ。サイラスだろうと誰だろうと、他言しないように」
すぐにでもサイラス様のもとに向かおうとした私に、ルーファウス殿下がきっちりと釘を刺してきた。
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