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20話

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 ルーファウス殿下の言葉にはて、と目を瞬かせて、首を傾げる

「たんじょうび……?」
「なんだお前、誕生日を知らないのか」
「いえ、知っていますが……もうすぐ、なのですか?」

 十七歳が社交界に出てもいい年齢とされている。かろうじて子供だけのお茶会とかは許されているけど、規模の大きなものは参加できない。
 だけどその前に子供を祝うために宴を開きたいと思う人も当然いる。だから近しい親族や親しい友といった身だけの宴を開くのが一般的だ。
 とはいえ、学園に通っている間はたいていの家が自粛する。呼び戻してまで開くのもおかしな話だからだ。長期休暇中に誕生日がくる人はどうか知らないけど。

 だからといって、祝ってはいけないという決まりはない。たしか昨年は、サイラス様の生誕を祝ってプレゼントを持ち歩いている生徒が何人もいた。
 でもそれは夏の終わりかけで――今は春だ。じきに、と表現するのは少しおかしい。

「春に誕生日があるのは、ルーファウス殿下では?」

 春は春でルーファウス殿下の誕生日があり、その日の前後にはプレゼント持った人が何人も出没する。
 たいして彼らに興味がなかった私が知っているぐらいなのだから、みんな同じ認識を持っているはず。

「……違う。いつも夏に開いていたからそういうイメージを持たれただけで……サイラスは俺と同じ日に生まれた」

 同じ日に生まれた、同じ年の、同じ髪色をしたふたりの男児。比べられたことも何度かあったかもしれないし、比べてしまったこともあったかもしれない。
 王妃様の疑心暗鬼はそういったことの積み重ねによって、育まれたのだろう。
 もしも自分の子のほうが劣っていたら、相手のほうが優秀だったら、相手に野心があったら。考えれば考えるほど、自分の子と比べれば比べるほど、深みにはまっていく。

「――だが同じ日に王家と公爵家で宴を開くわけにはいかない。招待した者にどちらを選ぶか強いることになるし、それぞれの家族を招待することができなくなる。そういった考えのもと親族会議を開き、準備する時間も必要だからと夏にサイラスの宴を開くことになった」

 王家と公爵家の宴は規模が大きいものが多いらしい。私は実際に参加したことがないので、両親から聞いただけだが。
 だけど誕生日の宴は近しい者だけ呼ぶので、いつでも構わない――とまではいかなくても、多少時期がずれてもいいと思ったのだろう。
 そうしてサイラス様の誕生日は夏に祝われるらしいという話が人づてに伝わり、親から社交界の話を聞くだけの子供の間に勘違いが生まれた。要は、そういうことなのだと思う。

「とくに気にしている様子はないが……さすがに今年ぐらいは、当日に祝ってほしいと……いや、祝えてもらったほうがサイラスも喜ぶだろうと……」

 苦虫を噛み潰したような――今にも舌を噛み切りそうなしかめ面だ。
 よほどこの先の言葉を言いたくないのだろう。重い重い沈黙が落ちる。

「………なにしろ、今年はあいつが自ら選んだ……婚約者がいるからな」

 そうしてただひたすらぼんやりと空を眺めていたら、ようやく観念したかのように言葉が吐き出された。

「誕生日を祝ってもらえるかもと期待していたのに、何もなく、見当違いの日に祝われてようやく勘違いに気づき……しかたないと割り切りながらも喪失感を抱くかもしれない。そう考えたら、伝えておくべきだろうと……本当に、しかたなく、お前を呼び出した」

 想像力がたくましい。あとたぶん、サイラス様は私に祝われなくてもたいして気にしないと思う。
 でもそれは祝われなかった場合の話で、祝ったらそれはそれで喜んでくれるだろう。人の好意を無碍にするような人ではない、と思う。

「ご厚意ありがとうございます。殿下もサイラス様の誕生日を祝われるのですか?」
「当たり前だろう」

 至極当然のように返ってきた。本当にこの人はサイラス様が大好きなのだろう。それ自体はとてもいいことだと思うけど、その反面、少しだけ恐ろしく思う。
 もしもサイラス様との婚約を解消したら、ルーファウス殿下は私のことをどう考えるだろう。
 想像力豊かな彼のことだ。私から振ったという話が出回れば、傷つき悲しむサイラス様を想像して、私に代償を求めてくるかもしれない。
 これは、解消する方法を慎重に選ばないと。私の貴族生命どころか生命そのものが終わりかねない。
 次にサイラス様に会ったときにでも、今後の流れと円満な婚約解消について話し合わなければ。

「俺はあいつが読みたいと言っていた古書を贈るつもりだ。もしも何か贈るのなら、被らないようにしろ」
「かしこまりました」

 公爵家のサイラス様が読みたいと思ってもそうそう手に入らないものなら、間違いなく私が入手することは不可能だ。
 いやそもそも、祝うとして、私は彼に何を贈ればいいのだろう。サイラス様なら、欲すればなんでも手に入れることができそうだ。
 私に用意できる範囲で、なおかつ彼が喜ぶものなんてあるのだろうか。

「……殿下、もしよろしければ、サイラス様に何を贈ればよいのかご助言いただけませんか。サイラス様を喜ばせたいと私も思っているのですが、私の用意できるもので彼を喜ばせられるのかわからないのです」

 悶々と悩んでいてもしかたないので、目の前にいるサイラス様に詳しい人に助言を求めることにした。
 サイラス様を喜ばせたいと思っているのだから、下手なことは言わないはず。

「……なんだろうと、邪険にするような奴ではない」
「それは存じております」

 そこらに転がっている小石でも、ありがとうと微笑んで受け取ってくれるだろう。そのあとで捨てるとは思うけど。
 だけど一応は婚約者という間柄で、好条件を提示してくれた相手だ。演技ではなく、心から喜んでもらいたい。
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